国道43号(こくどう43ごう)は、大阪府大阪市西成区から兵庫県神戸市灘区に至る一般国道である。
概要
大阪 - 神戸間の交通インフラの一翼を担う道路で、国道2号、阪急神戸本線、阪神本線、JR西日本東海道本線などと並走する。大阪市西淀川区出来島2丁目以西は全区間阪神高速3号神戸線が真上を通り、阪神高速17号西大阪線の全区間はこの国道43号と並行に経路をとる。尼崎 - 西宮間は往時の中国街道(中国路、浜街道)と、西宮 - 神戸間は西国浜街道および明治・大正時代の国道[注釈 1]とほぼ重なる区間をとっている。
かつて高度経済成長期に増え続けた自動車交通量が深刻な大気汚染を引き起こし、西淀川公害訴訟では自動車排気ガスの健康被害が初めて認められた。これを受けて、速度規制、逆位相による防音措置、多数のオービス設置などの処置が施された。
西淀川公害訴訟の結果に加え、1995年(平成7年)の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の被災・復興も兼ねて国道43号は広域防災帯に位置づけられ、両側車線数削減を実施し用地買収がなされている。このため、開通当時は片側5車線だったが、その後緑地帯の追加措置で片側4車線となり、震災後は阪神高速湾岸線へ交通移動も考慮し片側3車線となっている。さらに歩道を挟んで外側に、緑地が確保されている場所もある。また、西淀川公害訴訟の原告団は、時間帯を区切る形での罰則付きでの大型車規制を盛り込んだルールの制定を求めていたが、同訴訟の和解内容に盛り込まれていなかったことや、原告の高齢化などの事情で断念し、「環境レーン」を設ける形で、罰則無しでの規制を実施し、通行禁止を事実上断念することになった[2]。
路線データ
一般国道の路線を指定する政令[3][注釈 2]に基づく起終点および重要な経過地は次のとおり。
歴史
大正時代まで、大阪 - 神戸間の交通は中国街道に頼ってきたが、車のすれ違いもままならない狭い道であったことから、のちに国道2号となる「阪神国道」(第一阪神国道)が整備され、1927年(昭和2年)に開通した。しかし、周辺市街地や阪神工業地帯の発展により、昭和10年代には阪神国道も増え続ける交通量に対応できなくなってくると、これに代わる道路建設を求める世論の声が高まってゆく。戦後の1946年(昭和21年)から、のちに「第二阪神国道」とよばれる道路の用地取得が始められた。戦前より市街地として発展してきた阪神間に、新たに広大な道路用地が確保できたのは、戦時疎開の名目で周辺住民や商店を追い出していたためだともいわれている。阪神国道(国道2号)の交通渋滞を緩和するために、この大阪市西成区より神戸市灘区に至る道路がはじめて国道に指定されたのは1953年(昭和28年)5月の二級国道の第一次路線指定のときで、「二級国道173号大阪神戸線」として指定を受けている。それがのちに、国道としての重要性が評価されて、1958年(昭和33年)9月の一級国道路線の第二次指定により二級国道3路線が一級国道に追加された中の路線の一つとして「一級国道43号」への昇格を果たし、同時に「二級国道173号大阪神戸線」は廃止された。その後、1965年(昭和40年)4月の道路法改正に伴い、一級国道・二級国道が廃止統合されて「一般国道43号」となる。
1970年(昭和45年)、大阪万博開催を機に片側5車線の道路が完成。増大し続ける交通量に対応するように、さらに1970年代に国道43号上に高架構造で阪神高速道路公団の管理する自動車専用道路「阪神高速3号神戸線」が建設され、1981年(昭和56年)に全線供用された。急激に増えた自動車やトラックの交通量は、沿道住人には耐えがたいほどの騒音と振動と、排気ガスがもたらした喘息などの公害病も引き起こし、ついには沿道住民は国と阪神高速道路公団に対して、国道43号線道路公害訴訟をおこした。数度に及んだ訴訟は最高裁まで争われ、裁判では国道43号及び阪神高速道路が沿道住民に与える苦痛は受忍限度を超える違法的なものと認定され、その対策が打たれることとなった。
1976年(昭和51年)5月1日、西宮市本町地内に速度違反自動取締装置が設置された。その後、1年の間に交通事故の減少などの効果が認められたため、全国に普及する契機となった[9]。
阪神高速3号神戸線全線供用後の1982年(昭和57年)、片側5車線あった道路は4車線へ削減。1995年(平成7年)に発生した阪神淡路大震災では、国道43号上を走る高架の阪神高速道路が倒壊して大きな被害が出た。震災復興事業により国道43号を再整備したときには、車線数をさらに削減して片側3車線とし、もともと道路があった場所には更なる騒音防止を目的として防音壁の設置や街路樹の植樹が行われた。
年表
路線状況
神戸市灘区青木付近
かつて片側5車線あった道路は2車線削られて緑地帯になり、防音壁が設置されている(写真:上)。大型車は道路の中央よりを走る通行規制が敷かれている(写真:下)。
多くの区間で、速度規制40 km/h(一部区間で50 km/h)に制限速度は抑えられており、オービスが多数設置されている。沿道住民の生活環境に配慮して、振動や騒音の影響を少しでも抑制するために、兵庫県内では通常の交通ルールとは反対に、大型車両は一番右側の中央線寄りのレーンを走行する通行規制が敷かれている。
西淀川区出来島から港区安治川大橋までの5 kmほどの区間は連続立体交差となっている。大阪市内では、国道172号(みなと通)と交差する市岡元町3交差点を中心に、大正通と交差する泉尾交差点、中央大通と交差する弁天町駅前交差点で渋滞が頻発する[12]。
通称
- 兵庫県内では、「こくどう」と呼ばれる「第一阪神国道」(国道2号)の0.5 kmから1.5 kmほど南側に並行していることから、「第二阪神国道」→「にこく」と呼ばれる。しかし、近年では国道2号を「にこく」と略称することも多い。
- 国土交通省が機関紙として『よんさん』を発行し、この「よんさん」が「二国(にこく)」に代わる国道43号の通称になりつつある。
車線・最高速度
区間 |
車線 上下線=上り線+下り線 |
最高速度 |
備考
|
花園北交差点 - 南開交差点 |
6=3+3 |
50 km/h |
|
南開交差点 - 中開3北交差点 |
8=4+4 |
|
中開3北交差点 - 北津守ランプ前交差点 |
6=3+3 |
|
北津守ランプ前交差点 - 北津守出入口 |
40 km/h |
阪神高速17号西大阪線と並行
|
北津守出入口 - 大正東出入口 |
2=1+1
|
大正東出入口 - 泉尾交差点 |
4=2+2
|
泉尾交差点 - 泉尾商店街前交差点 |
6=3+3
|
泉尾商店街前交差点 - 大正西出入口 |
4=2+2
|
大正西出入口付近 |
2=1+1
|
大正西出入口付近 - 弁天町駅前交差点 |
4=2+2
|
弁天町駅前交差点 - 安治川大橋南詰 |
6=3+3
|
安治川大橋南詰 - 安治川出入口 |
4=2+2
|
安治川出入口 - 中島大橋交差点 |
8=4+4 |
本線・側道各4車線
|
中島大橋交差点 - 岩屋交差点 |
6=3+3 |
阪神高速3号神戸線と並行 旧10車線区間
|
※大阪府、兵庫県とも40 km/h区間には「環境対策」の補助標識が設置されている。兵庫県内では「市内全域」から交換されたが、速度自動監視機設置路線を示す四角い青色標識に40km/hのイラストを描いたものは「市内全域(高・中速車を塗り潰した跡がある)」のまま存置されている。
地理
甲子園球場やユニバーサル・スタジオ・ジャパンが道路沿線上にあり、関西地域を代表する大幹線道路となっている。
通過する自治体
交差する道路
※ 交差する場所の括弧書きは地名、それ以外は交差点名で表示
並行する都市高速道路
沿線
脚注
注釈
- ^ 阪神国道(現在の国道2号)の開通以前から存在していた国道。
- ^ 一般国道の路線を指定する政令の最終改正日である2004年3月19日の政令(平成16年3月19日政令第50号)に基づく表記。
- ^ a b c d e f g 2022年3月31日現在
出典
参考文献
関連項目
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、
国道43号に関連するカテゴリがあります。
|
---|
1 - 100 (1 - 57号は旧一級国道。59 - 100号は欠番) |
---|
|
|
101 - 200 (旧二級国道、109 - 111号は廃止・欠番) |
---|
|
|
201 - 300 (201 - 271号は旧二級国道、214 - 216号は廃止・欠番) |
---|
|
|
|
|
|
|
|