野田 朱美(のだ あけみ、1969年10月13日 - )は、東京都狛江市出身の元女子サッカー選手、解説者、サッカー指導者。
中学3年生だった1984年、当時日本最年少で日本女子選抜(後の日本女子代表)に選出された[2]。
日本女子サッカーリーグ(JLSL→L・リーグ)では読売サッカークラブ女子・ベレーザの中心選手としてリーグの4連覇に貢献、1990年にはリーグMVP、得点王の個人タイトルも獲得した[2]。 1995年から2年間は宝塚バニーズSCでプレーした[3]。
1995年6月7日、スウェーデンで開催されたFIFA女子ワールドカップ1次リーグの対ブラジル戦において2得点。女子W杯史上、日本の初得点および初勝利に貢献した[4]。
1996年、女子サッカーが初めてオリンピックの種目として採用されたアトランタオリンピックでは背番号10番を背負い主将として出場し、予選リーグのドイツ戦では一時は同点となるゴールを記録した[5][6]。
1996年に引退後はプロゴルファーを目指し、研修生を経てアメリカのフロリダで3年間のゴルフ留学をしたが断念した[7]。
2008年7月には日本サッカー協会(JFA)特任理事に就任[7]。2010年7月の役員改選において、綾部美知枝と入れ替わる形で理事に昇格した。
2010年11月、日テレ・ベレーザの監督に就任[8]。
2012年6月のJFA役員改選において理事を退き再び特任理事となった[9]。
2014年4月、日本サッカー協会の女子委員長に女性として初めて就任[9][10]。
2014年9月11日、女性では4人目となるJFA 公認S級コーチを取得した[11]。
2016年5月、伊賀フットボールクラブくノ一の監督に就任[12]。
2019年、ノジマステラ神奈川相模原の監督を務める。
2020年、群馬FCホワイトスターの監督兼ゼネラルマネージャーに就任した[13]。
2021年11月22日、バニーズ群馬FCホワイトスターの監督退任[14]、同年12月30日に2022年シーズンからオルカ鴨川FCの監督に就任することが発表された[15]。
2023年、なでしこ1部リーグにおいてオルカ鴨川FCを初優勝に導き、優勝監督賞を受賞した[16][17]。2023シーズン限りで監督を退任することが発表された[18]。
出典: [4] 1995年6月7日にスウェーデンで開催されたFIFA女子ワールドカップ 1次リーグ グループA 第2試合 ブラジル戦において、FWプレチーニャの前半7分の得点で1点リードされた前半13分に、DF大部由美からのパスを野田が頭で合わせてゴール、1対1の同点とした。これは女子W杯史上における日本の初得点である。さらに前半終了直前の45分、センターからのクリアボールに反応し、飛び出したGKに抱きつかれながら頭でゴールに押し込んで2点目を上げた。そのまま試合は2対1で終了し、野田は女子W杯史上における日本の初勝利に貢献した。
出典[19]
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