1996年の横浜ベイスターズ(1996ねんのよこはまベイスターズ)では、1996年の横浜ベイスターズの動向をまとめる。
この年の横浜ベイスターズは、大矢明彦監督の1年目のシーズンである。
概要
4月は15勝6敗の快進撃を見せて「春の珍事」とマスコミ間でにぎわったが、5月に7勝18敗で負け越して以降は失速。
最終的には、この年最下位の阪神がヤクルトに同一カード15連敗したこともあり、かろうじて最下位は免れ5位でシーズンを終えたが、セ・リーグ全5球団に対戦成績で負け越してしまった。
なお、優勝の巨人と3位の広島に12勝14敗とそれぞれ健闘したが、4位ヤクルトには9勝17敗と歯が立たなかった。
打撃陣では不動の4番グレン・ブラッグスがひざの故障で衰えたものの、ロバート・ローズや駒田徳広がそれなりの成績を収め打撃成績もチーム本塁打は85本と最低ながら、打率はリーグ3位、犠打は巨人をしのいでリーグ1位、盗塁はリーグ2位、三塁打はリーグ1位と上位陣と比べて大差はなかった。
一方、投手陣は先発転向の盛田幸妃が不振に陥ったが三浦大輔や斎藤隆がカバーし、リリーフでも佐々木主浩や五十嵐英樹などが健闘し、チーム奪三振は929個でリーグ2位、完投も25回でリーグ3位とまずまずだったが、チーム防御率は前年の4.37から4.67のリーグ最下位まで低下し、660失点は12球団最下位であった。
正捕手は谷繁元信(127試合出場)で固定され、前年101試合出場の秋元宏作は46試合出場、うち先発8試合に急減した。
チーム成績
レギュラーシーズン
※年数はNPB所属年数、年齡は開幕時
1996年セントラル・リーグ順位変動
順位
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4月終了時
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5月終了時
|
6月終了時
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7月終了時
|
8月終了時
|
9月終了時
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最終成績
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1位
|
横浜 |
--
|
中日 |
--
|
広島 |
--
|
広島 |
--
|
巨人 |
--
|
巨人 |
--
|
巨人 |
--
|
2位
|
中日 |
2.0
|
広島 |
0.0
|
中日 |
5.5
|
中日 |
4.0
|
広島 |
1.0
|
広島 |
2.5
|
中日 |
5.0
|
3位
|
広島 |
5.0
|
巨人 |
3.0
|
ヤクルト |
7.5
|
巨人 |
5.0
|
中日 |
4.5
|
中日 |
3.5
|
広島 |
6.0
|
4位
|
ヤクルト
|
ヤクルト |
4.5
|
巨人 |
11.0
|
ヤクルト |
5.5
|
ヤクルト |
9.5
|
ヤクルト |
12.5
|
ヤクルト |
16.0
|
5位
|
巨人 |
7.0
|
横浜 |
5.0
|
横浜 |
12.0
|
横浜 |
12.0
|
横浜 |
15.5
|
阪神 |
20.5
|
横浜 |
22.0
|
6位
|
阪神 |
8.0
|
阪神 |
11.5
|
阪神 |
18.0
|
阪神 |
15.5
|
阪神 |
17.5
|
横浜 |
21.0
|
阪神 |
23.0
|
オールスターゲーム1996
選手・スタッフ
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監督 | |
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一軍コーチ | |
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二軍監督・コーチ | |
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投手 | |
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捕手 | |
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内野手 | |
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外野手 | |
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[2]
表彰選手
ドラフト
出典
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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1953年開幕直前に松竹ロビンスと球団合併 |