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『破れ奉行』(やぶれぶぎょう)は、1977年4月5日から12月27日まで、毎週火曜午後9時からテレビ朝日系列で放送された全39話のテレビ時代劇。本作と同じく萬屋錦之介主演の『破れ傘刀舟悪人狩り』『破れ新九郎』とあわせて「破れシリーズ」と呼ばれる[1]こともある。
概要
舞台は江戸時代、正徳期。老中・稲葉越中守(藤井貢)の要請で深川奉行に就任した速水右近(萬屋錦之介)の活躍を描く。
全39話のうち3分の1近くに当たる11話分、特に第1話や最終話など主要なエピソードの多くは、後に小説家・隆慶一郎として世に知られることとなる池田一朗が脚本を執筆している。なお、彼の脚本執筆と萬屋錦之介主演、奉行の立場にある人物が自ら悪党を一網打尽に成敗するという要素は日本テレビ系列で1975年に放映された『長崎犯科帳』とも少なからぬ共通項がある。
放送期間は約9カ月間であるが、作中第16話から第36話の間に1年が経過している描写があり、右近の深川奉行着任から離任までの期間は概ね2年程度と思われる。
あらすじ
江戸城から見て隅田川を越えた東側一帯に当たる本所・深川の街は、万治2(1659)年の両国橋開通を機に江戸の下町として急速に発展したが、「江戸御府外地」と呼ばれ南北町奉行所の支配地ではなかった。街には諸国から多くの出稼ぎ人たちが集まり賑わいを見せたが、町奉行の力が及ばぬのをいいことに悪党や兇状持ち(前科者)も流入しさまざまな犯罪の巣窟となり、さながら“江戸番外地”の様相を呈していた。幕府は町奉行所に代わるものとして「深川奉行所」を設置し治安維持に努めるも、少人数の同心だけで彼ら悪人たちを一掃することは到底できなかった。
老中・稲葉越中守によって任地の陸奥国より江戸へ呼び戻された速水右近は、その稲葉を通じて将軍より“葵の御紋”付きの将軍家拝領刀を下賜され、深川奉行に就任する。これは「殺し千両、押し込み五百、抜け荷三百、盗人百両[注釈 1]」「江戸の掃き溜め」と右近が形容する程の無法地帯と化した深川において、法の網を潜り抜ける猛悪を「拝領刀を汚す者」、すなわち将軍家の権威を汚す者として許さず斬り捨て断罪できるだけの強力な権限と使命が将軍から直々に与えられたことを暗示している。
毎回冒頭、深川で抜け荷、殺人、謀略などの事件が起き、右近の指揮下で捜査が始まる。しかし、程なく諸悪の根源が将軍家および大奥内部、各地の大名家、幕府要職者といった筋と親密な関係にあるなど、深川奉行の権限では手出しができない立場の人物であることが判明する。彼らに忖度した幕府上層部からの政治的圧力も加わる中、血気にはやる奉行所の同心たちを抑えつつ密かに捜査を進めてゆくが、その間にも関係者や目撃者の口封じといった悪事がさらに進められ、新たな犠牲者が発生してしまう。
犯罪の確証が固まると右近は稲葉の元へ報告に出向く。しかし、老中たる稲葉をもってしても表立って処罰できないような立場の人物が相手であり、直接的な指示や承認はできない。そこでまずは「ならんならん」と右近を制し、断罪できない“大人の事情”を吐露する。その後に右近が反論し、互いに肚の内を隠しながらのやりとりを経て、最終的には稲葉が「わしは知らん」「この件は忘れろ」など断罪を容認する間接的示唆に至るまでの掛け合い[注釈 2]が見所の一つとなっている。また、この場面では最後に右近から「○○様は近頃心の臓(心臓)が悪く、いつ頓死するか分からぬ状態とか」「近頃、○○様のお屋敷の周りで疫病が流行っているとか」などと標的の人物が近々“急死”することを示唆したり、逆に稲葉があからさまに「わしはむしろ、問答無用で叩き斬った方が……おっと口が滑った、老中職ともあろうものが」「(標的が)急病で出仕できずとなれば天下は丸く収まる、それで良い」などと踏み込んだ発言をしたり、標的の居場所を教えるなどして断罪を積極的に後押しすることもある。
いずれにせよ、このやり取りの後、右近は頭巾と下がパンタロンっぽい袴、長上着、拝領刀を身に着け銛を片手に鯨船に乗りこみ、単身[注釈 3]で諸悪の根源である人物の屋敷に夜襲を仕掛ける(第10話、第23話では鯨船ごと屋敷に突入させ破壊に及んだ[注釈 4])。まずは最初の一太刀を襲ってきた悪人の部下に浴びせてから、彼らの前で頭巾の口元部分を取り正体を明かす。ここで悪人の中の幕府関係者が、自らの身分・地位が深川奉行より遙かに上位であることを誇示するなどで虚勢を張ったりもするが、すぐさま拝領刀を抜き葵の御紋を「頭が高い!」と彼らにかざし「天に代わって破れ奉行、てめえらぁ斬る![注釈 5]」と叫び、大立ち回りが繰り広げられ悪党を一網打尽に斬り捨てる。また、出陣時に持っていた銛も奇襲や立ち回り中に敵を刺すために使う事が多い。全員を斬り捨てたところで懐から和紙の束を取り出し拝領刀に付いた血を拭い、天に向かって放り投げたその紙がひらひらと舞い落ちてきたところで刀を納めるが定型である。上述のように右近が悪人の“急死”を稲葉に示唆していた場合、立ち回りの落着後に「○○は心臓発作による頓死と発表された」など、表向きには別の形でその死が処理された旨を示すナレーションが入ることもある。
シリーズ終盤になると右近自身や深川奉行所、時に稲葉も悪人からの標的にされるなど、戦いは苛烈さを増してゆく。また最終話近く(第38話)では事情を知らない堅物の新任目付が、深川界隈で幕府重職やその家来・出入り商人などがわずか一年弱の間に百人以上も謎の不審死を遂げている事態を問題視。職務怠慢として右近を解任するよう稲葉に談判し、さらに「鯨船に乗ってやってくる正体不明の大量殺人鬼(つまり右近)」を自ら突き止めようと一波乱起こすという、勧善懲悪のチャンバラ時代劇シリーズにおけるお約束が往々に抱える矛盾点そのものを題材としたストーリーも作られている。
最終回(第39話)では遂に成敗の対象が現職の老中と若年寄にまで及び、稲葉も「これ以上は庇い切れん」と右近に対し、深川の治安維持は今後江戸町奉行所の管轄となり深川奉行所が廃止されることと、上方・堺奉行所への異動を言い渡す(左遷ではなく出世)。堺へはおとよが同行し、おきたも遅れて堺へ向かうこととなる。また、右近の出立直前に皆川久蔵と多門伝九郎、さらには兵六や権助までもが同心や岡引を辞め同行すると宣言。困惑する右近に対し、堺奉行所には同心職の「空き」が人数分あることを事前に調べていると久蔵が告げると「おめぇ達、はめやがったな俺を!」と苦笑して大団円となる。
キャスト
深川奉行所
- 速水右近:萬屋錦之介
- 稲葉越中守の命で深川奉行に赴任。冷静沈着ながら、江戸っ子口調で下々の者とも気さくに付き合い人望も厚い。居合を中心に各流派の剣術を取り入れ、独特の剣術に高めている剣の達人でもある。幕閣をも舌を巻く数々の破天荒な発想で事態を解決へと導く。遊び好きで、内縁関係である おきた の料理旅館「難波屋」に、時あるごとに入り浸り、酒を飲んでいることが多く、乳母である おとよ によく叱られている。子供の頃から、気持ちが落ち着くと(深川奉行である現在では、何らかの事件が落着すると)、串団子(御手洗団子)を食べる癖がある。
- 石川新兵衛:藤原釜足(第16話まで[注釈 6])
- 筆頭同心[注釈 7]。年の功をもって奉行所の面々を束ねるが、自身に当たり障りのない事を信条としており積極的には働かず、奉行所内では専ら紙縒作りの内職に勤しんでいる。だが、その後は紀州藩邸へ踏み込まんとする右近に「必要なら同心一同で藩邸に切り込む覚悟」と進言する(第6話)など、正義感に目覚めた様子も見られる。息子は同じ深川奉行所同心の石川隼人。第16話では隼人からの忠告を適当にあしらった結果、彼が事件に巻き込まれ殺害されてしまったことを悔いて同心を辞し出家。遍路の旅に出るが、後に隼人の命日のため一時深川に帰ってきた際(第36話)、折からの騒動を察して自ら老中稲葉の影武者を買って出た。役目を見事に果たした後、右近から同心への復職を打診されるもこれを固辞。再び遍路へと旅立った。
- 本田敬三郎:千昌夫
- 同心。一定の常識がある半面、欲の皮が突っ張りぎみで小遣い稼ぎのつもりが相手の罠にかかり十手を奪われ進退が問われたり(第2話)、手を抜きがちなのんびり屋でもある。奉行所内では手酌で酒を飲んでいることが多い。第17話以降、直情径行な多門が同僚に加わってからは何かと対立する。第26話を最後に出演はなくなり、以降は他の登場人物の台詞で存在が語られるのみだった(最終回はライブフィルムで登場[注釈 8])。
- 石川隼人:島英津夫(第16話まで)
- 同心。新兵衛の息子に当たるが、父親と違って若さゆえか正義感は強く、右近の着任時には「親父の言うことなんか聞くな、思い通りにどんどんやれ!」と発破を掛けられる。第16話で新兵衛に反対されながらも、提灯職人の娘の お夏 と付き合い始めるが、とある事件に巻き込まれ、目付・岩下らの陰謀によって彼女ともども命を落とす。
- 皆川久蔵:下塚誠
- 同心。エリート意識が強いためか何かにつけ「北町奉行所では……」と言い出し、前任地であった北町奉行所での仕事を引き合いに出す癖がある。そのためか、右近の赴任時には開口一番「愚痴る前に身体を張れ!」と一喝されることになったが、地味ながら実直かつ確実な仕事振りは皆からの信頼も厚い。
- 多門伝九郎:ジェリー藤尾(第17話から)
- 石川新兵衛の後任として北町奉行所から左遷同然に赴任してきた筆頭同心、年齢は33歳。正義感ゆえ血気にはやり、右近に諌められることも多い。「喧嘩に置いては免許皆伝」を自負する喧嘩自慢で無茶な行動が目立ち、赴任当初は往来の両国橋で左遷の怒りから罵声を浴びせ軽犯罪に及んだり、右近との初対面時に殴りかかるだけでなく刃まで向ける、単身で賭場に踏み込み袖の下を強要する、奉行所で黙秘を貫く悪人の下っ端に対して牢屋で半殺し状態にするなどやりたい放題であった。これらの行動は北町奉行所時代から問題視されており、皆川曰く「北町(奉行所)もひどいことをする」「悪人の方が可哀想」と漏らしたほど。のんびりペースの本田とはしばしば対立する。大福餅を一度に10個近く平らげるほどの甘物好き。
難波屋
- おきた:大谷直子
- 料理旅館「難波屋」の女主人で、右近とは内縁関係。右近からの依頼で多少の情報収集活動を行うほか、深川界隈を取り仕切る大親分・嶋屋宇兵衛の娘なので裏の世界とも接点があり、その伝手を使い右近のために土蔵破りや火薬職人・潜水夫といった特殊技能者を内密に手配することもある。右腕に蜘蛛の刺青がある(以前に父親の元で仕事をしていた男に惚れ、その男に刺青を彫ってもらった)。幼い頃に生き別れた双子の姉が居た(第34話)。
- 兵六:ポール牧・権助:関武志(ラッキー7)
- 深川奉行所に親しく出入りしていた下働き。第16話にて深川奉行所の同心4名が一気に半減した際、彼らを補完すべく右近から岡引を命じられた。ただし、2人で一人前ということで「十手」は一つしか与えられず、何かと揉めつつ取り合いながら仕事をしている。
- お絹:喜多岡照代
- 女中。おきたからは「お絹ちゃん」と呼ばれている。兵六・権助と親しい。
その他
- 向井将監:若林豪(第1話、第5~8話、第14~16話ほか)
- 幕府御船手組組頭。深川へやってきたばかりの右近が賊に襲われた際に助太刀し、以後昵懇の仲となる。凄腕の剣の使い手。右近とは違い堅物で融通が利かないが、互いに信頼しあっている。おきた目当てで難波屋には足繁く通っていたが、第1話で右近を難波屋に連れて行った為、すぐ右近に取られてしまった。登場当初のみ総髪で第5話以降は月代の武家髷になる。
- 稲葉越中守:藤井貢
- 右近を深川奉行に任命した老中。政治的理由で表立って処罰できない悪党を右近に斬らせ、内密に処理する。右近をはじめとする奉行所の面々は「稲葉のじいさん」と陰口を叩くこともあるが、強く信頼しており命がけで守る。画面に登場する時間こそ比較的少な目だが、破れ奉行の活動にはある意味欠かせない重要な人物である。
- おとよ:ミヤコ蝶々
- 右近の乳母。右近とは「ボン」「ばあや」と呼び合っている。独身の右近への食事や身の回りの世話をしており、右近も頭が上がらない。時折、街中で無関係の事件に巻き込まれる(偶々出会った子供と一緒に拉致されたりなど)こともあるが、持ち前の気丈さで乗り切る。難波屋に入り浸る右近や、だらしない奉行所の面々を口やかましく叱り付けたりするので周囲からは疎ましくも思われているが、時に鋭い発言や的確な行動を取ったり、皆に食事などを振る舞うなど、意外に頼りにされているところもある。
- 嶋屋宇兵衛:大友柳太朗(第5話から)
- 口入屋の主人だが、実は深川界隈を取り仕切る大親分で裏社会にも絶大な影響力を持つ。なかなかの大人物で右近も一目置く。おきたの父であり、「惚れた男ひとり、モノにできねえのか」と、おきたと右近との関係に気をもむ男親でもある。
歴史との関連
史実との関連性は基本的に希薄だが、実際の歴史に着想を得たと思われる事項が若干存在する。
- 「深川奉行所」「深川奉行」という役所や役職は架空のものだが、本所および深川においては当該地区を管轄する(つまり、本作品における深川奉行と同様の役割を持った)役職として「本所奉行」が存在した時期があった。なお、本所奉行の設置は両国橋開通翌年の万治3(1660)年からで、正徳3(1713)年には江戸町奉行へ業務を移管する形で廃止されており、奉行職の設置から廃止に至る流れは本作品の設定と類似している。
- 若林豪演ずる船手頭・向井将監は実在の人物で、向井正綱の子孫である。「将監」とは世襲名(百官名)で、本作品にて登場したのは三代ないし四代目の将監に相当する。
- 老中・稲葉越中守は架空の人物であるが、同時期に老中・稲葉丹後守正通が実在している。
- 江戸期に活躍した浮世絵師の喜多川歌麿が「難波屋おきた」の肖像画を多数発表している。難波屋おきたは、本作品の設定時期とは異なるものの安永~寛政期に実在したとされ、浅草寺近くの茶屋で働く若い女性従業員だったという。
スタッフ
放映リスト(サブタイトルリスト)
脚注
注釈
- ^ 左記に列挙した金額を実行犯の調達と役人への賄賂に充てることで、犯罪行為の隠蔽が可能であるという意。
- ^ 実際には掛け合いが一旦落ち着いたところで右近が一方的に退席(または画面からフェイドアウト)し、半ば見切り発車的に断罪を決行することも多い。
- ^ 但し、鯨船は一人で操船できるものではないため町人風の身なりをした二名の漕ぎ手が同行している。漕ぎ手の素性について作中での言及は一切ないが、第1話で右近が将監に対して鯨船と漕ぎ手の提供を依頼していること、そして最終回の39話でも将監に漕ぎ手への謝辞を表していることから、彼が極秘に差配した人物である可能性が高い。
- ^ そのほか、第29話でも鯨船の突入シーンこそ登場しないが、悪人たちが屋敷の中で談笑する最中に部屋全体が大きく揺れ、彼らが表へ出て「なんだこの船は」との声を発した後に右近が現れ「川船奉行のくせに船を見て驚くな」と啖呵を切る場面があり、この時も鯨船ごと屋敷へ突入したものと推測される。
- ^ この台詞はあくまでも標準的なもので、初期は冒頭が「上様に代わって~」だった。また「天下の町民に代わって~」や、枕詞がなく「破れ奉行、速水右近~」となったり、さらには前置きすらなく拝領刀を誇示するやいなや「この葵の御紋が殺しの代紋よ」とだけ言い放ち成敗に入るなど、決め言葉は多彩なバリエーションが存在する。
- ^ ただし、後述のように奉行所の職を辞した後の一般人として終盤にも登場する。
- ^ 正確には、筆頭同心となったのは2話からである(1話では鬼頭伝九郎なる人物が筆頭同心だったが、悪事に手を染めていたことで右近に成敗された。その結果、年功序列によって新兵衛が筆頭同心に昇格した)。
- ^ 新たに撮影したものではなく、第24話での登場時映像を使い回したもの。
出典
関連項目
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1959年10月 - 1960年4月 (NETテレビ、15分枠) |
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1962年10月 - 1963年3月 (NETテレビ、30分枠) |
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1963年10月 - 1966年9月 (NETテレビ、30分枠) |
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1966年10月 - 1977年3月 (NETテレビ、1時間) |
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1977年4月 - 1983年4月 (テレビ朝日・第1期) |
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1985年4月 - 1987年2月 (テレビ朝日・第2期) |
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1991年10月 - 1993年3月 (朝日放送) |
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2022年10月 - (テレビ朝日・第3期) |
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