杉 義一(すぎ ぎいち、1927年6月7日 - 2017年3月20日[1])は、日本の元俳優[2][3]。京都府右京区太秦出身。本名は杉 義一(すぎ よしかず)。
俳優・杉狂児の長男として生まれる。明星学園在学中の1941年、児童劇団かもしか座が創立されると同時に入団する。帝国劇場で初舞台。1942年、NHKラジオ『潜水飛行機 とびうお号』にレギュラー出演。明星学園卒業後、日本大学文学部に入るが、1947年5月に中退。同年7月に創立した東横映画に父・狂児と共に入社。同年、東横映画第1回作品『こころ月の如く』が映画デビューとなる。
1967年、東横を退社してフリーとなり、1973年から1975年までは千葉真一のジャパン・アクション・クラブの代表を務めた。その後は東京宝映テレビ(現在の宝映テレビプロダクション)芸能部長に就任。その関係から「クイズ100人に聞きました」に三原順子チームの一人として出場したことがある。
2017年3月20日に死去[1]した。89歳没。
ほか東映テレビ作品を中心にゲスト出演有り