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北海道札幌市の行政区の「白石区」とは異なります。 |
白石市(しろいしし)は、宮城県南部の市。
蔵王連峰のふもとに位置する。江戸時代に白石城の城下町として繁栄を築き上げ、それに伴う名所や旧跡が点在する。1954年(昭和29年)市制施行。
地理
宮城県の南部に位置し、宮城県内の市としては最南端にあたる。宮城県の県庁所在地である仙台市と、福島県の福島市共におよそ45キロメートル圏内に位置する。その中間地としての土地柄、同県仙台エリアとの関係はもちろん福島県側とも経済や文化など様々な面で密接な関係にある。市域の西南から北東に向けて白石川が流れる。
気候
白石(1991年 - 2020年)の気候
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月 |
1月 |
2月 |
3月 |
4月 |
5月 |
6月 |
7月 |
8月 |
9月 |
10月 |
11月 |
12月 |
年
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最高気温記録 °C (°F)
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16.3 (61.3)
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20.6 (69.1)
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23.4 (74.1)
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30.1 (86.2)
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34.1 (93.4)
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34.6 (94.3)
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36.9 (98.4)
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36.7 (98.1)
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35.2 (95.4)
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31.4 (88.5)
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25.8 (78.4)
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19.5 (67.1)
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36.9 (98.4)
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平均最高気温 °C (°F)
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5.2 (41.4)
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6.2 (43.2)
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9.9 (49.8)
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16.0 (60.8)
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21.0 (69.8)
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23.6 (74.5)
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26.8 (80.2)
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28.3 (82.9)
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24.8 (76.6)
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19.7 (67.5)
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14.0 (57.2)
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8.1 (46.6)
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17.0 (62.6)
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日平均気温 °C (°F)
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1.2 (34.2)
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1.7 (35.1)
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4.7 (40.5)
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10.2 (50.4)
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15.5 (59.9)
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19.0 (66.2)
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22.5 (72.5)
|
23.7 (74.7)
|
20.1 (68.2)
|
14.5 (58.1)
|
8.6 (47.5)
|
3.6 (38.5)
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12.1 (53.8)
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平均最低気温 °C (°F)
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−2.7 (27.1)
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−2.6 (27.3)
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−0.3 (31.5)
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4.6 (40.3)
|
10.5 (50.9)
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15.0 (59)
|
19.1 (66.4)
|
20.2 (68.4)
|
16.2 (61.2)
|
9.9 (49.8)
|
3.6 (38.5)
|
−0.7 (30.7)
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7.7 (45.9)
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最低気温記録 °C (°F)
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−11.2 (11.8)
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−11.6 (11.1)
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−8.0 (17.6)
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−5.0 (23)
|
1.7 (35.1)
|
6.3 (43.3)
|
10.4 (50.7)
|
11.2 (52.2)
|
6.0 (42.8)
|
−0.8 (30.6)
|
−5.2 (22.6)
|
−11.6 (11.1)
|
−11.6 (11.1)
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降水量 mm (inch)
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50.8 (2)
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36.6 (1.441)
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71.0 (2.795)
|
96.0 (3.78)
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99.3 (3.909)
|
146.6 (5.772)
|
188.2 (7.409)
|
186.0 (7.323)
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197.0 (7.756)
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146.1 (5.752)
|
59.7 (2.35)
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50.2 (1.976)
|
1,327.2 (52.252)
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降雪量 cm (inch)
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43 (16.9)
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33 (13)
|
16 (6.3)
|
1 (0.4)
|
0 (0)
|
0 (0)
|
0 (0)
|
0 (0)
|
0 (0)
|
0 (0)
|
0 (0)
|
15 (5.9)
|
109 (42.9)
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平均降水日数 (≥1.0 mm)
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7.8
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6.5
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8.9
|
8.4
|
9.3
|
12.2
|
14.4
|
12.4
|
12.7
|
9.3
|
7.4
|
8.7
|
117.8
|
平均月間日照時間
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142.6
|
154.7
|
178.6
|
193.6
|
195.2
|
142.6
|
123.3
|
140.6
|
121.9
|
141.7
|
146.8
|
135.3
|
1,818.6
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出典1:Japan Meteorological Agency
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出典2:気象庁[2]
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人口
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5.75%減の35,272人であり、増減率は県下35市町村中22位。40行政区域中27位。
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白石市と全国の年齢別人口分布(2005年)
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白石市の年齢・男女別人口分布(2005年)
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■紫色 ― 白石市 ■緑色 ― 日本全国
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■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性
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白石市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年)
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40,886人
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1975年(昭和50年)
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40,862人
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1980年(昭和55年)
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41,275人
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1985年(昭和60年)
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42,262人
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1990年(平成2年)
|
42,030人
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1995年(平成7年)
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41,852人
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2000年(平成12年)
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40,793人
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2005年(平成17年)
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39,492人
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2010年(平成22年)
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37,422人
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2015年(平成27年)
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35,272人
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2020年(令和2年)
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32,758人
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総務省統計局 国勢調査より
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歴史
古代東山道、中世奥大道、近世には関東から奥羽(東北地方)へと続く奥州道中の宿駅が設けられた。白石からは、山中七ヶ宿街道から二井宿峠・金山峠越え、あるいは蔵王町宮を経て四方峠、笹谷峠越えの出羽道、角田・丸森を経て大沢峠越えの相馬道があり、古来、交通の要衝であった。
奈良時代養老5年に柴田郡から苅田郷・篤借郷を割いて、苅田郡として成立した。平安時代中期(10世紀前半)に成立した『和名類聚抄』によれば、苅田郡は篤借郷・苅田郷・坂田郷・三田郷の四郷に増えている。刈田郡家は白石市本郷遺跡・大畑遺跡に所在することが発掘調査によって明らかにされている。
平安時代末の11世紀に、藤原経清(亘理権大夫)の子で奥州藤原氏初代・藤原清衡と同母兄弟の刈田経元は後三年の役を清衡と共に戦い、戦後源義家から刈田・伊具の両郡を与えられ、刈田郡白石に土着して刈田氏を称した。経元の玄孫である第5代目当主の刈田秀信は文治5年(1189年)に源頼朝に従い、世代的に族父にあたる藤原泰衡討伐に従軍したが、戦死を遂げた。 刈田郡と伊達郡の境にある厚樫山が奥州藤原氏と源頼朝率いる鎌倉勢との最大の激戦地となった。秀信の弟である第6代当主・秀長から白石氏を称し、鎌倉時代から室町時代まで、刈田郡を統治していた。
室町時代後期(戦国時代)になると、白石は伊達氏の支配下に置かれた。伊達政宗は豊臣秀吉の停戦命令を無視して、会津地方の蘆名氏を攻め滅ぼし、さらに須賀川の二階堂氏をも攻め滅ぼした。こうした政宗の領土拡張で伊達成実と共に特に功績が大きかった白石宗実は、政宗の領土仕置によって白石を離れ宮森城(福島県安達郡岩代町)へと移った[注釈 1]。1590年(天正18年)、天下統一が成ると、秀吉は奥州仕置で蒲生氏郷を会津に入れ、白石は氏郷の領地となった。氏郷の死後には、その領地を上杉景勝が引き継ぎ、白石は上杉120万石の一部となった。秀吉の死後、政宗は徳川家康に協力し、会津征伐では上杉勢と戦った。政宗は白石城の戦いで上杉氏から白石城を奪い取り、白石に側近である亘理城主片倉景綱(小十郎)を入れた。こうして白石は仙台藩の一部となった。
戦後、家康は一国一城令を発令し日本全国の城を破却させた。しかし白石城は例外的に城として認められ、白石は明治維新までの260余年間、片倉氏の城下町として栄えた。戊辰戦争の際、仙台藩が奥羽越列藩同盟の盟主になると、白石城に列藩同盟公議府が置かれた。しかし、戊辰戦争の敗北により同盟政府は崩壊した。片倉家主従は、亘理伊達家主従や岩出山伊達家主従、角田石川家主従らと共に北海道へ移住し、片倉家主従は幌別郡(現在の登別市)および白石村(現在の札幌市白石区)・月寒村(現在の札幌市豊平区)を開拓した。札幌市には現在も「白石」の地名が残る。
戊辰戦争の敗北により、白石をはじめとする仙台藩南部の5郡は一時南部氏の所領となる。その後「白石県」「角田県」となった後、「宮城県」となる。
白石地震
1956年9月30日6時20分52.2秒に白石付近の北緯37度58.7分 東経140度36.6分 / 北緯37.9783度 東経140.6100度 / 37.9783; 140.6100、深さ11 kmにてM 6.0の地震があり、福島で最大震度4を観測した[3]。白石では震度5と推測され、死者1名、負傷者1名、建物被害17件、この他墓石の倒壊や崖崩れなどの被害が出た。震央付近で8 mm程度の沈降が発生した他、地震当日に18回の有感余震が発生している[4]。
行政
歴代町長
歴代市長
代
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氏名
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就任
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退任
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備考
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1
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麻生寛道
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1954年(昭和29年)5月12日
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1976年(昭和51年)9月27日
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町長より留任
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2
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3
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4
|
5
|
6
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7
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鈴木孝一郎
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1976年(昭和51年)11月14日
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1980年(昭和55年)11月13日
|
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8
|
関谷宗一
|
1980年(昭和55年)11月14日
|
1984年(昭和59年)11月13日
|
|
9
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川井貞一
|
1984年(昭和59年)11月14日
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2004年(平成16年)11月13日
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10
|
11
|
12
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13
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14
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風間康静
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2004年(平成16年)11月14日
|
2016年(平成28年)11月13日
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15
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16
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17
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山田裕一
|
2016年(平成28年)11月14日
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現職
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18
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19
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姉妹都市・友好都市
姉妹都市
友好都市
経済
藩政期から戦後の高度成長期において、仙南圏の経済・商業の中核を担ってきた白石市ではあったが、近年その中核性は柴田郡大河原町・柴田町の国道4号バイパス沿いに展開するロードサイド店舗を中心とする商圏に移行している。
白石市の中心市街地は仙南圏では唯一のアーケード商店街を保持しているが、市内の経済・商業の中核地域も国道4号白石バイパス沿いのロードサイドショップに移行しつつある。
法人
- 日本郵便の郵便局
- 白石郵便局(集配局)
- 白石南郵便局
- 越河郵便局
- 小原郵便局
- 越河駅前郵便局
- 白石駅前郵便局
- 斎川郵便局
- 白石大平郵便局
- 大鷹沢郵便局
- 北白川郵便局
- 簡易郵便局
- 白石東簡易郵便局
- 白石北簡易郵便局
- 鎌先簡易郵便局
- 赤井畑簡易郵便局
産業
第一次産業
農業については、平野部では米の栽培が主であるが、蔵王山麓では冷涼な気候を生かした高原野菜の栽培や酪農、斎川地区や越河地区、小原地区などでは柿やリンゴ、ナシ、モモ、わずかだがブルーベリーといった果樹栽培が行われている。
農業総産出額は490,000万円(2006年)[6]。
第二次産業
電子機械製造、食品加工業など中心に、主に東北自動車道白石インターチェンジ周辺や東北新幹線白石蔵王駅周辺に事業所が集積している。
製造品総出荷額は10,270,586万円(2009年)[7]。
- 市内にある主な事業所
第三次産業
東北本線白石駅周辺の中心市街地や国道4号白石バイパス沿線に商業地域が集積する。また鎌先温泉や小原温泉、蔵王山麓部では旅館・サービス業の集積も見られる。
教育
高等学校
中学校
小学校
- 白石市立白石第一小学校
- 白石市立白石第二小学校
- 白石市立越河小学校
- 白石市立大平小学校
- 白石市立大鷹沢小学校
- 白石市立白川小学校
- 白石市立福岡小学校
- 白石市立福岡小学校八宮分校(休校中)
- 白石市立福岡小学校長峰分校(休校中)
- 白石市立福岡小学校不忘分校(休校中)
- 白石市立福岡小学校病院分校
- 白石市立深谷小学校
- 白石市立深谷小学校三住分校(休校中)
- 白石市立小原小学校
- 白石市立白石南小中学校
特別支援学校
交通
鉄道
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
バス
道路
観光
名所
レジャー
祭事
名産
このうち白石温麺、白石和紙、白石葛の3品目を合わせて「白石三白(さんぱく)」と呼ぶ場合がある。
その他
作品
白石市が舞台となっている作品
著名な出身者
政治
経済
教育
芸能
スポーツ
ゆかりの著名人
その他
電信電話
- NTT東日本 宮城支店
- 市外局番は0224(白石MA)が用いられる。
- なお、隣接する大河原町などとは同じ市外局番であるが、MAが異なる(大河原MA)ため市外局番からダイヤルする必要がある。
脚注
注釈
- ^ こののち宗実の子・白石宗直は政宗から伊達の姓を賜り、登米伊達家の祖となる。
出典
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
白石市に関連するカテゴリがあります。
外部リンク