巨大なコディアックヒグマ
白い毛のエゾヒグマ。俗に「袈裟掛け」(けさがけ)という。
道路を渡るヒグマの仔(北海道 )
ヒマラヤヒグマ[ 3]
ヒグマ (羆 、緋熊 、樋熊 、学名:Ursus arctos [ 4] )は、クマ科 に属する哺乳類 である。ホッキョクグマ と並びクマ科では最大の体長を誇る。また、日本に生息する陸棲哺乳類(草食獣を含む)でも最大の種である。
学名Ursus arctos (ウルスス・アルクトス)のUrsus はラテン語 でクマ、arctos はギリシャ語 でクマを意味するἄρκτος をラテン化したものである。
分布
ヨーロッパ からアジア にかけてのユーラシア大陸 と北アメリカ大陸 に幅広く生息している。その生息地は温帯 からツンドラ気候 の地域(北極海 沿岸など)にまで及ぶ。現存するクマ属の中では最も広く分布する。
亜寒帯 ・冷温帯など寒地に生息するイメージが強いとされ実際にその傾向があるが、過去には地中海 沿岸やメキシコ湾 岸など南方の温暖な地域にまで及んでいて、人間による開発や乱獲 によって減少し、人口密度 の低い北方のみに生息するようになったとされる。個体群や亜種 の絶滅は過去150年間に集中し、アラスカ を除く北米大陸と西欧 で著しい。
日本列島 では後期更新世 まで、本州 にも生息していた[ 4] 。
分類
亜種
基亜種 はユーラシアヒグマ (英語版 ) (U. a. arctos )。ヨーロッパヒグマともいう。ヨーロッパから西シベリア にかけて生息するが、主要な生息域はロシア である。イギリス で絶滅 など、ロシア以外の多くの国では個体数が激減している。
他に、
など、計15程度の亜種がある。
絶滅した亜種としては、メキシコハイイログマ (U. a. nelsoni )、カリフォルニアハイイログマ (U. a. californicus )、19世紀のアフリカ大陸 北部の地中海沿いのアトラス山脈 周辺に生息したアトラスヒグマ (U. a. crowtheri )、20世紀初頭には最大級の体躯を誇っていたカムチャッカオオヒグマ (U. a. piscator )という亜種がいた。
エゾヒグマ
日本では、エゾヒグマが北海道のみに生息する。
2009年10月には国後島 で白い個体 の撮影に成功しており、同島に生息する推定300頭の1割が白色個体とみられ引き続き調査が行われている[ 5] 。2012年の夏には北海道西興部村 でもアルビノ と見られる個体が目撃されている[ 6] 。
雑種
ホッキョクグマ はヒグマの近縁種であり、生殖的隔離 が存在しない。通常北極圏ではヒグマは陸、ホッキョクグマは海と生息域 がことなり混血 の機会はないが、自然 環境 でも両者の混血 の発生事例が報告されており、地球温暖化 の影響が懸念されている。
形態
オスの成獣で体長2.0 - 2.8m で体重は250 - 500kg 程度に達する。メスは一回り小さく体長1.8 - 2.2mで体重は100-300kgほど。がっしりとした頑丈な体格を誇り、頭骨が大きく肩も瘤のように盛り上がっている。
個体群によって体毛の毛色に差異が見られる場合があり、たとえば千島列島 には部分的に白や銀に変色した体毛を持つ個体が散見され、ごく稀に北海道でもその様な事例がある[ 7] [ 8] 。この現象の厳密な原因は不明だが、各個体群が受け継いでいる染色体 の中の遺伝子座 が作用している可能性がある[ 8] 。また、千島列島 における白や銀の体毛を持つ個体は、通常の個体よりも狂暴性が低い傾向があるという意見も存在する[ 8] 。
ヒグマは栄養状態によって生じる個体差が顕著で、溯上するサケ・マス類 を豊富に食べられる環境にいるヒグマは大きい。中でも有名なのが、アラスカ沿岸のコディアック島 、南西部のカトマイ国立公園 と、極東ロシア のカムチャツカ半島 に生息するヒグマで、共に500キログラム以上の個体が記録されている。野生のヒグマで最大の記録はコディアック島で捕らえられた個体で1,134kg(2,500ポンド )以上[ 9] [要検証 – ノート ] 。エゾヒグマでも、1980年 に羽幌町 で射殺された体重450kgの通称「北海太郎」や、1982年 に古多糠の牧場で子牛3頭を襲った500kgの雄(6歳)、2007年 11月にえりも町 の猿留川 さけ・ます孵化場の箱罠にかかった推定年齢17歳・520kgのオスなど大型の個体もおり、近年大型化しているとの指摘もある。このます孵化場の箱罠では、300kgの個体も捕獲されている。三毛別羆事件 を引き起こした通称「袈裟懸け」は340kgであった[ 10] 。
生態
針葉樹林 を中心とした森林 地帯に生息する。
食性は雑食 だが、同じクマ科のツキノワグマ に比べると肉食の傾向が大きい。シカ やイノシシ 、ネズミ などの大小哺乳類、サケやマスなどの魚類 、果実などを主に食べる。トラ やオオカミ など、他の肉食獣 が殺した獲物を盗むことも近年の研究で明らかとなった。家畜はヒグマにとって格好の獲物ではあり襲撃も増加している[ 11] 。まれに人 を捕食することもあり、一度でも人を食べたヒグマは求めて人間を襲う傾向があり、極めて危険である[ 12] 。また自分が捕獲した獲物に対して強い執着心を示すため、ヒグマに奪われた物を取り返す行為は危険である。地上を走行する時の確認された最高時速は48kmである[ 13] [ 14] [ 15] 。
川を遡上するサケを待ち伏せして捕食することも有名である。ただし、ヒグマの栄養源のうちサケが占める割合は北米沿岸部の個体群では栄養源全体の30%以上であるのに対し、知床半島 に生息するヒグマでは栄養源全体の5%にすぎなくなっているとされ、遡上減による生態系への影響が懸念されている[ 16] 。
冬季には巣穴で冬眠 をする。冬眠中には脈拍、呼吸数が大幅に減少する。この間(通常2月)に出産するが、出産したばかりの子供の体は非常に小さい。冬眠しない個体もあり、人を襲う場合もある。
成獣にはトラ が天敵となる。シベリアでは生息域が重なるためトラとは敵対関係にある。
トラとヒグマが遭遇し対立した44の事例の内、これらの22例でヒグマが殺され、12例でトラが殺され、10例で互いに生き残り別れた[ 17] 。ロシアから中国の太平溝自然保護区にトラが入って来た時、この地域でのヒグマの出没頻度が著しく減少したという報告がある[ 18] 。
イノシシ 、ロバ 等の家畜、ワピチ 、ヘラジカ 、アメリカバイソン 等の中・大型の動物はヒグマの成獣を殺すことがあり、健康で成熟した大型種(ワピチの雄、ヘラジカ、アメリカバイソン)はヒグマの捕食対象になることは無い[ 19] [ 20] [ 21] [ 22] [ 23] [ 24] 。
人間との関わり
日本
アイヌ の祭壇「ヌサ」。熊の頭骨が祀られている。明治時代 後期。
ヒグマの出没に注意を喚起する看板(札幌市 )
『和漢三才図会 』に描かれたヒグマ(右頁)
ヒグマの毛皮 は古くから交易品であり、『日本書紀 』斉明 5年(659年 )条には、次のような記述が見られる。「来日した高句麗 使人がヒグマの皮一枚を綿 60斤 で売ろうとしたが、日本側の市司(いちのつかさ)は笑って相手にしなかった。その後、使人は、高麗画師子麻呂の家を訪ねるが、官から借りたヒグマの皮70枚を敷き詰められて接待を受けたため、高値で売ろうとした事を恥じ、不思議に思った」。7世紀 において、列島北方との交流をうかがわせるものであり、半島からの交易物による文化的優位性に対抗した話とみられる[ 25] 。
アイヌ は、ヒグマやエゾタヌキ など狩猟の対象となる生き物を、「カムイ が人間のために肉と毛皮を土産に持ち、この世に現れた姿」と解釈していた。その中でも特にヒグマをキムンカムイ (山の神)として崇め、猟で捕えた際は「自分を選んでたずねてきた」ことを感謝して祈りを捧げ、解体した後は頭骨にイナウ を飾り付けて祀った。さらに春先の穴熊狩りで小熊を捕獲した際は、コタン (村)に連れ帰って一年間大切に育てることで「人間界の素晴らしさ」を伝え、毎秋にはイオマンテ (熊送り )と呼ばれる祭を催し、ヒグマの仔を殺すことで天に返した。人間に大切にもてなされた熊の霊に天上界で「人間界の素晴らしさ」を広めてもらい、それによって更に多くのカムイが人間界へ「肉と毛皮の土産」を携えて訪問することを期待するのである。人間を傷つけたヒグマはウェンカムイ(悪い神)とみなされる。熊狩りの際に重傷を負わされた場合、そのヒグマの肉や毛皮を利用はするものの、頭骨を祀ることはしない。人間を食い殺したヒグマを捕えた場合は、その場で切り刻んで放置し、腐り果てる にまかせる。アイヌの伝承において、エゾタヌキはヒグマの巣の近くに巣を作るが、なぜか捕食されないことから、ユーカラ ではヒグマの世話役として描かれる[ 26] [ 27] [ 28] 。
現代ではヒグマはキタキツネ とともに、北海道観光 の象徴的なマスコット とされ、アイヌが儀礼用の道具に彫るものから木彫りの熊 まで幅広い商品がある。登別温泉 などにあるクマ牧場 のように観光用のヒグマ飼育施設まで存在する。そこではヒグマに芸を仕込んでいることもある。
同時に、野生ヒグマによる人や農漁業への被害、鉄道線路への侵入や列車との衝突事故も深刻であり、2021年度の死傷者数は12月時点で12人と、北海道庁 が1962年度に集計を開始して以来の記録であった8人(1964年度)を上回り最悪となった[ 29] 。駆除の優先度も、エゾシカ などに比べて高い。その被害も農作物 への被害(夕張メロン など)から、家畜 、畜産 物、人的被害にまで及ぶ。明治 時代には北海道で多数の人間が襲撃されており、苫前三毛別羆事件 のように小規模な天災 に匹敵する死者(7人死亡、3人重傷)を出すことすらある。また近年になって増加傾向にあり、遭遇事故だけでも年々増加してきている[ 30] [ 31] [ 32] 。
世界遺産となった知床半島 において、観光客やカメラマン がヒグマを撮影しに多数訪れるようになり、ヒグマを至近距離から多人数で取り囲んだりするなどの行為が報告されるようになり、環境省 や学識経験者などは、いずれは人身事故が起こりかねないとして、こうした危険行為を慎むよう警告している[ 33] 。
日本に限ったことではないが、人間 が山中にごみ をポイ捨て したり、あまつさえ(攻撃性をあまり示さない)個体に餌を与えたりなどすることで、クマがヒトの食物の味を学習 し、人に興味を持ったり人里に出ようとする事案が後を絶たない。保護団体ではエアソフトガン 等で痛めつけてヒトの恐ろしさを学習させるなどして、山に帰るよう促しているが、それでも治らない個体は、自治体がハンター団体に依頼して殺処分される。そのような個体はいずれヒトを襲うようになる恐れがあるからである。北海道は道内のヒグマ生息数(平成24年度)を10,600頭±6,700頭と推定している[ 34] 。OSO18 と呼ばれる個体は2019年から数年にわたって放牧された牛を捕食している[ 35] 。「山で一番怖いもの」「山の主人」との意味で、北海道では野性のヒグマは「山親爺」とも呼ばれる[ 36] 。
2022年4月、北海道庁は新たにヒグマ対策室を新設[ 37] 。ヒグマによる被害や出没状況に応じて「警報」や「注意報」を発出、住民に注意を呼びかける制度を始めた[ 38] 。
北米
北米先住民 にとって、ヒグマをはじめとするクマ は畏敬と信仰の対象であった。プエブロ ・インディアンの焼き物や宝飾品、ズニ 族のフェティッシュ と呼ばれる動物をかたどったお守りには、クマのモチーフが好んで用いられる。
北米では、絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律 をはじめとする保護法の発効以来ヒグマの個体群数は回復の傾向にあるが、放牧業を営む畜農家との軋轢、拡大する住宅地、国立公園などでの観光客との接触、ハンターとの接触、交通事故など、人とヒグマとの共存は容易ではない。
ハイイログマ の個体群 は、アメリカ合衆国 では絶滅危惧特別個体群(Threatened Distinct Population Segment )、カナダでは絶滅危機特別個体群(Endangered Distinct Population Segment )に指定され、連邦法と州法 で保護されている。
ワシントン条約附属書I類[ 1]
ヒグマが登場する作品
映画
ドラマ
小説
エッセイ
漫画
その他
舞台公演『羆嵐(くまあらし)』倉本聰 脚本。1986年
書籍『慟哭の谷―The devil’s valley』木村盛武 著 共同文化社
脚注
注釈
^ 中華人民共和国、ブータン、メキシコ、モンゴルの個体群に限る。他地域の個体群はワシントン条約附属書II類。
出典
^ a b Appendices I, II and III
^ McLellan, B.N., Servheen, C. & Huber, D. (IUCN SSC Bear Specialist Group) (2008). "Ursus arctos " . IUCN Red List of Threatened Species. Version 2014.3 . International Union for Conservation of Nature . [リンク切れ ]
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参考文献
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S.ヘレロ 『ベア・アタックス - クマはなぜ人を襲うか』 嶋田みどり・大山卓悠訳、北海道大学出版会、2000年 ISBN 4-8329-7301-0 / ISBN 4-8329-7302-9
外部リンク
ウィキスピーシーズに
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