ヒュー・グラス がハイイログマに襲撃される様子。
熊害 (ゆうがい)は、クマ科 の哺乳類 による獣害 。一般的にはクマによる人間やその飼育動物、農産物 などに対する被害および交通機関との衝突など[ 1] を指す。
ヒトとの関係史
Paul WardとSuzanne Kynastonによって記されたWild Bears of the Worlds によると、人類とクマの関係は20万年前から75,000年前のネアンデルタール人 とホラアナグマ の関係性までさかのぼることができる。
クマは知能が高く、人間あるいはその生活範囲に餌が多いと学習すると習慣的に人里を襲撃するようになるとされる。
種とその攻撃性
ヨセミテ渓谷 にてアメリカグマ が車のドアに攻撃した痕跡。
上高地 の遊歩道に設置されたクマベル。野生のツキノワグマに人間の存在を知らせ、不意の遭遇を回避するための鈴。
アメリカグマ
ツキノワグマ
普段は大人しく注意深い動物である一方で、ツキノワグマ はユーラシア大陸 のヒグマ より人間に対して攻撃的だとされる[ 3] 。准将 のR.G. Burtonは以下のように述べている。
ヒマラヤツキノワグマは獰猛な生き物で、時に怒りもなく攻撃し、そして大きな傷を負わせ、主に爪で頭部や顔を攻撃している間に、倒れ伏した被害者に牙を向いている。バラバラになってしまった人々を見ることは珍しくもなく、中には頭皮が頭から剥がされる者もおり、多くのスポーツマンがこれらのクマによって殺されている。
—A Book of Man Eaters , Chapter XVII Bears
ナマケグマ
インド とミャンマー の地域によってはナマケグマ はその予測不可能な気質のため、トラ よりも恐れられている[ 4] 。ナマケグマは主に夜間に発生する人間との遭遇で驚いた際に、自分を守ろうとする。この場合通常は四つん這いになって身を低くして、爪と牙で相手を攻撃する[ 5] 。
ヒグマ
2019年のGiulia Bombieriの研究によると、ハイイログマ による人間への獣害事件は増えている。全世界で2000年から2015年にかけて664件が発生し、うち183件が北アメリカ 、291件がヨーロッパ 、190件がアジア で発生している。このうち95件にあたる14.3%は人間にとって致命的なものとなっている[ 6] 。
ホッキョクグマ
地球温暖化 の影響を受けて生息域である北極 の氷が溶けてしまうため、陸上での行動時間が長くなっていることが指摘されている[ 7] 。森林生物学者James Wilderたちの調査では、1870年から2014年にかけてカナダ、グリーンランド、ノルウェー、ロシア、アメリカの5か国で発生した73の事故について調査しており、この中では20名が死亡、63名が負傷した[ 8] 。
マレーグマ
各国の被害と状況
アジア
インド
インド には森林部にツキノワグマ、草原や亜高山帯の森林にヒマラヤヒグマ 、熱帯雨林 にマレーグマ 、そして森林や、草地、低木地にナマケグマが分布している。マディヤ・プラデーシュ州 ではナマケグマによって1989年から1994年にかけて48名が死亡し686名が負傷した[ 12] 。これは食糧確保のための争いと人口密度が原因と推測されている[ 12] 。マイソールの人喰い熊 と呼ばれる個体はケネス・アンダーソン (英語版 ) に射殺されるまで12名を殺害、20名を負傷させた。
インドネシア
インドネシア ではマレーグマが森林破壊による生息地の減少で数が減っているが、一方で死傷者が出る事故も発生している[ 13] 。2009年にはジャンビ州で1名が重傷、2015年には南スマトラ州で1名が死亡、2017年10月には1名死亡、1名重傷となっている[ 13] 。
福島県の裏磐梯ビジターセンターにて観光客向けに貸し出されているクマよけの鈴。
日本
日本国内では北海道 にエゾヒグマ 、本州 と四国 にニホンツキノワグマ が生息している[ 14] 。日本においてクマはシカとイノシシに次いで獣害の被害を出している動物に挙げられる[ 15] 。経済被害に関しては農業、林業、畜産業に影響が及んでいる。ツキノワグマは造林の樹皮を剥がすことがある。これはクマハギ という呼称で知られ、積雪地帯で5月から8月に見られる。これが行われると、被害を受けた木材の市場価値が低下する[ 16] 。秋田県 では2020年 に畜産農家で仔牛が2頭捕食された他、飼料が食べられるといった被害が多発した[ 17] 。
天然林の減少と造林の拡大に伴い、人的損害も発生している[ 18] 。環境省 の調査によると、死傷者の出る事故が発生するのはおよそ7割が山菜 採りやキノコ狩り に入山した際だとされている。負傷者数は年間20人程度だったものが2000年代に入ってから増加し、大量出没があったとされる2004年と2006年では145名の負傷者が発生している。死者は1980年から2006年まででヒグマによるものが6名、ツキノワグマによるものが22名となっている。
1869年 に蝦夷地 に開拓使 が設置されて、開発が進められるようになった[ 21] 。北海道野生動物研究所 所長で日本熊森協会 顧問の門崎允昭 は札幌の開拓は白石、苗穂、手稲、篠路地区で先行して行われたことから、ヒグマの被害も他の地域に先行して発生したと述べ、以下の事例を証拠として挙げている。一方で例外として門崎は、1878年に発生した札幌丘珠事件 と、後に手稲区で1886年4月に発生した馬6頭と牛1頭の食害に触れている。
日付
地域
死者
負傷者
1880年10月13日
後の白石区
1名
1名
1881年8月6日
後の白石区
不明
不明
1896年9月2日-3日
後の白石区
1名
1名
1901年
後の北区
0名
1名
1925年4月3日
豊滝地区滝ノ沢川
0名
2名
1925年6月10日
定山渓の二番通り
1名
0名
1928年12月12日
滝ノ沢
0名
1名
1934年秋
簾舞
0名
2名
1939年秋
(記載なし)
1名
0名
日本で最も深刻な被害が発生したのは1915年 に北海道にて発生した三毛別羆事件 で、開拓期にエゾヒグマによって7名の死者が出た[ 24] 。門崎はヒグマが人を恐れずに町や市街地に出没するようになったのは、里山での銃殺を止めて罠での捕獲に切り替えた結果、ヒグマが殺されないことを学習したことが原因だと述べている[ 注 1] 。
東京都の奥多摩では造林木や家畜への食害、人身事故などが発生している[ 27] 。茨城県自然博物館主任学芸員の山﨑晃司は大部分の事故は林の手入れやクマよけの電気牧柵の設置で防げるが、過疎化と高齢化が課題となっている奥多摩での実施が難しいと述べている[ 27] 。クマの生活範囲は主に奥多摩湖の北側から埼玉県や山梨県の都県境だとしているが、集落周辺に動き回るだけでなく留まるクマが出てきたことを指摘している[ 27] 。山﨑はこれについて、秩父の宿泊施設付近に2年程度居付いて3倍もの体重となった子グマが厨房の食糧を平らげて射殺されたケースを挙げている[ 27] 。
富山県 はクマによる人間への危害を減らすためにクリ やカキ の実を撤去する作業を行った結果、2020年9月から11月19日までの負傷者は1名に減少した[ 28] 。
北アメリカ
ヨーロッパ
ノルウェー
2011年8月5日、ノルウェーのスヴァールバル諸島 にホッキョクグマが出没し、1名が死亡、2名が重傷を負う事故が発生した[ 29] 。
フランス
フランス ではピレネー山脈のスロベニアの熊の導入 以来、畜産農家は家畜の群れに対する被害を訴え続けている。アリエージュ県 では2017年から2019年にかけてクマによる被害が増加している[ 30] [ 31] 。この記録にはパニックが原因となる落下死も含まれている。犠牲となる家畜は主にヒツジ である。アリエージュ県では熊害によって2015年には259頭、2018年には655頭、2019年1月1日から10月10日まででは1,140頭のヒツジが死亡した[ 32] 。
被害の例
対策
春グマ駆除制度
1966年に、北海道庁は春グマ駆除制度を設けて、熊の駆除を奨励した。初春(3月から5月)の森の見通しがよく、残雪で足跡が見つけやすい期間に効率よく捕獲できた。しかし、1990年3月に個体数が減りすぎたことから廃止された[ 36] 。そして同年4月からヒグマ対策事務取扱方針によって、必要最小限の駆除にとどめる方針となった[ 37] 。
脚注
注釈
^ 1989年に全道で駆除を自粛し、1989年5月末に禁止、1989年から1997年の間は捕殺されなかったが、1998年からの捕殺は捕獲後に別の場所で銃殺する方法に切り替わった。
出典
^ “クマと列車が衝突 乗客が車内に7時間閉じ込められる…“恐怖の一夜”に一体何が 北海道では年間40件以上も発生” . UHB. https://www.uhb.jp/news/single.html?id=38699 2023年12月8日 閲覧。
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^ Perry, Richard (1965) (英語). The World of the Tiger . p. 260. ASIN B0007DU2IU . OCLC 639867384
^ Brown, Gary (1996-02-01). Great Bear Almanac . New York: Lyons & Burford. p. 340. ISBN 1-55821-474-7 . https://archive.org/details/greatbearalmanac00gary/page/340
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関連項目
参考文献
外部リンク