アレックス・クリビーレ |
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1996年日本GPにて |
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アレックス・クリビーレ(Àlex Crivillé Tapias、1970年3月4日 - )は、スペイン出身の元ロードレースライダー。バルセロナ県ウゾーナ郡セバに生まれる。ロードレース世界選手権において、125ccクラス(1989年)、500ccクラス(1999年)のチャンピオンとなった。
経歴
1987年、ロードレース世界選手権(WGP)に80ccクラスから参戦を開始。翌年フル参戦しシリーズランキング2位を得ると、125ccクラスにステップアップ。1989年に5勝を挙げ、さっそくタイトルを獲得した。1990年には250ccクラスに昇級するが、2年間は目立った成績を残せなかった。
1992年、母国の元王者シト・ポンスの率いるチームに加入し、最高峰500ccクラスに挑戦を始める。第8戦オランダGPではトップライダーの負傷欠場や転倒が相次いだ波乱のレースを制し、同クラス初優勝を遂げた。活躍が認められ、1994年よりワークスのレプソル・ホンダチームに加入。同年から1998年まで5連覇を達成する偉大なエース、マイケル・ドゥーハンのチームメイトとなる。
クリビーレはドゥーハンの間近でライディングやセッティングの技術を学びながら、次第にライバルとして台頭し始める。1996年オーストリアGPでは優勝争いの直接対決で初めて勝利。チェコGPでは1000分の2秒差という写真判定で下した。
しかし、王者の牙城を崩せぬまま迎えた1999年、第3戦スペインGP予選中にドゥーハンが重傷を負い引退してしまう。そのレースを制したクリビーレは、ホンダの新エースとしてタイトル獲得の使命を負うことになる。チームメイトの岡田忠之や、スズキのケニー・ロバーツ・ジュニアとの争いとなったが、安定した走りでシーズン6勝を挙げ、念願のチャンピオンに輝いた。WGPに参戦して13年目、スペイン人ライダーとしては初の500ccクラス王者であった。
翌年以降は精彩を欠き、2002年にヤマハのサテライトチームに移籍するが、シーズン前のテスト中に突如レース活動休養を告げ、地元スペインGP前に引退を宣言した。王者となった1999年中から、瞬間的に意識を失う原因不明の症状に悩まされていたことが理由であった[1]。
評価
マイケル・ドゥーハンの全盛期には長く脇役に甘んじた点で、歴代の500ccクラス王者の中では積極的に評価されない面がある。しかし、最下級クラスから最高峰クラスまでステップアップしながら頂点に達した経歴は特異であり、「軽排気量クラス出身者は大成できない」といわれた500ccクラスの定説を破ることになった。また、1997年~1999年にスペインGPを3連覇(1999年は地元カタルーニャGPも制覇)するなど、母国スペインでは国民的英雄として絶大な人気を誇っていた。
1969年から1987年までのポイントシステム
順位
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3
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ポイント
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15
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12
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10
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8
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6
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5
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1
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1988年から1992年までのポイントシステム
順位
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1
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2
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3
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ポイント
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9
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7
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6
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5
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4
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3
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2
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1
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1993年以降のポイントシステム
順位
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1
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2
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3
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4
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ポイント
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25
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20
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16
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13
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9
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6
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5
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4
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3
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2
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1
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(key)(太字はポールポジション、斜体はファステストラップ)
- 1987年 ロードレース世界選手権80ccクラス ランキング11位(デルビ)
- 1988年 ロードレース世界選手権80ccクラス ランキング2位(デルビ)
- ロードレース世界選手権125ccクラス ランキング31位(Hummel Motorsports)
- 1989年 ロードレース世界選手権125ccクラス チャンピオン 5勝(コバス)
- 1990年 ロードレース世界選手権250ccクラス ランキング11位(ヤマハ/ヤマハ TZR250)
- 1991年 ロードレース世界選手権250ccクラス ランキング13位(コバス)
- 1992年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング8位 1勝〔オランダ](ホンダ/ホンダNSR500)
- 1993年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング8位 (ホンダ/ホンダNSR500)
- 1994年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング6位 (ホンダ/ホンダNSR500)
- 1995年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング4位 1勝〔カタルーニャ〕(レプソルホンダ/ホンダNSR500)
- 1996年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング2位 2勝〔オーストリア、チェコ〕(レプソルホンダ/ホンダNSR500)
- 1997年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング4位 2勝〔スペイン、オーストラリア〕(レプソルホンダ/ホンダNSR500)
- 1998年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング3位 2勝 〔スペイン、フランス〕(レプソルホンダ/ホンダNSR500)
- 1999年 ロードレース世界選手権500ccクラス チャンピオン 6勝〔スペイン、フランス、イタリア、カタルーニャ、イギリス、イモラ〕
- 2000年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング9位 1勝 〔フランス〕(レプソルホンダ/ホンダNSR500)
- 2001年 ロードレース世界選手権500ccクラス ランキング8位 (レプソルホンダ/ホンダNSR500)
参照
外部リンク
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主なチーム首脳 | |
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現在のライダー | |
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過去のライダー | |
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マシン | |
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ワールドチャンピオン | |
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1 サテライトチームでのチャンピオン獲得。 |
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500 ccクラス |
1940年代 | |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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MotoGPクラス |
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125 ccクラス |
1940年代 | |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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Moto3クラス |
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