津曲 勝利(つまがり かつとし、1975年11月2日 - )は、日本の元バレーボール選手、現指導者。
宮崎県串間市出身。本人の希望で福島小学3年よりバレーボールを始める。
鹿屋体育大学卒業後、一時期准看護師を志しながら病院に勤務し、その傍ら、病院のバレーボールチームである三好循環器科EKG[1]に在籍していたが、当時からレシーブが上手く、噂を聞きつけたサントリーサンバーズの関係者にその実力を見込まれ、リベロとしてサントリーに移籍することになった。
1999年8月19日の全日本親善試合で試合中にチームメイトとの激突で転倒し、右肘下じん帯を損傷し入院した。
2001年全日本代表入り。2008年、オリンピック最終予選および16年ぶりの出場となる北京オリンピックで活躍した。2011/12シーズンをもって現役を引退[2]。
2014年10月2日にサントリーのコーチ就任し[3]、2017年には全日本男子チームのコーチとして派遣された[4]。
2020-21シーズンまでコーチを務め、2021-22シーズンは事務局担当となり、JVA出向ともなった[5]。2022-23シーズン、運営グループ責任者を担当[6]。2023-24シーズンの役職名は「運営・ファン事業グループ責任者」である[7]。