六戸町(ろくのへまち)は、青森県上北郡の東南部に位置する町。十和田市や三沢市などとともに上北地域に属する[2]。一面が平坦な地形にて形成されており、目立った高山・湖沼はない。十和田湖を源流とする奥入瀬川が東西を流れ、流域には農地が広がる。積雪は多くなく年間を通して穏やかな気候である。
地理
上北郡の東南部に位置する。町の南部の東西を十和田湖を源流とする奥入瀬川が流れる。
中北部は、三本木原と呼ばれる台地であり、奥入瀬川から十和田市法量にて分岐した人工河川・稲生川(三本木原用水路)が、東流している。
北部の三沢市との境界付近には、姉沼川の支流も流れている。
歴史
古来、「六戸」という地名は、単独の村の呼称ではなく、現六戸町域以外のおいらせ町や三沢市南部も含めた、奥入瀬川(旧称・相坂川)流域一帯を指した呼称であったという説がある。
- 1889年(明治22年)4月1日:町村制施行に伴い、折茂村、柳町村、小平村、鶴喰村、犬落瀬村、上吉田村、下吉田村の7箇村合併により上北郡六戸村成立。
(各村名は、大字として存続。)
行政
歴代町長
特記なき場合「町勢データ」による[3]。
代 |
氏名 |
就任 |
退任 |
備考
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六戸村長(官選)
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1 |
篠田金之亟 |
明治23年6月15日 |
明治30年6月13日 |
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2 |
海沼眞太郎 |
明治30年6月14日 |
明治37年7月18日 |
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3 |
秋山政治 |
明治37年7月19日 |
明治41年7月17日 |
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4 |
吉田廉助 |
明治41年7月18日 |
明治45年7月18日 |
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5 |
吉田和太郎 |
明治45年7月19日 |
大正9年6月3日 |
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6 |
鬼柳圭介 |
大正10年3月17日 |
大正11年3月28日 |
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7 |
種市正造 |
大正11年6月13日 |
大正11年12月10日 |
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8 |
杉山克己 |
大正12年2月17日 |
大正13年3月26日 |
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9 |
吉田正次郎 |
大正13年7月7日 |
昭和7年4月14日 |
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10 |
川崎新兵衛 |
昭和7年6月8日 |
昭和7年11月16日 |
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11 |
杉山武夫 |
昭和7年12月6日 |
昭和16年3月7日 |
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12 |
馬場正隆 |
昭和18年7月31日 |
昭和21年12月10日 |
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六戸村長(公選)
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13 |
保土沢一志 |
昭和22年4月12日 |
昭和30年4月30日 |
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14 |
吉田博彦 |
昭和30年5月1日 |
昭和32年9月30日 |
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六戸町長(公選)
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14 |
吉田博彦 |
昭和32年10月1日 |
昭和42年3月31日 |
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15 |
松浦長兵衛 |
昭和42年4月28日 |
昭和57年10月29日 |
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16 |
沼田透 |
昭和57年12月19日 |
平成4年6月1日 |
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17 |
苫米地繁雄 |
平成4年7月13日 |
平成7年12月31日 |
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18 |
吉田豊 |
平成8年1月28日 |
令和6年1月28日 |
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19 |
佐藤陽大 |
令和6年1月29日 |
現職 |
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町議会選挙
日本全国的に自署式の投票は誤字、脱字の問題が発生する(相模原市議会選挙の2015年、2019年など)[4]。
六戸町町議会選挙では、平成19年、23年、27年の町議会選挙で電子パネル方式を採用した[4]。電子パネル方式は好評ではあったが、経費等の諸事情から、平成31年の選挙では、自署式に戻っており、電子パネル方式を採用する自治体は2019年時点では日本に存在しなくなった[4]。
産業
農業
おいらせ農業協同組合六戸支店がある。
(十和田市に本店を置き、2008年4月に発足した「十和田おいらせ農業協同組合」とは別である)。
工業
観光
県南地方随一の桜の名所として有名。主にヤマザクラが植栽されている。
郵便
- 六戸郵便局 (84094)
- 七百簡易郵便局 (84779)
その他
近年では、太陽光発電サイト(いわゆるメガソーラー施設)の建設・設置が相次いでいる。
姉妹都市・提携都市
地域
大字・町丁
- 大字犬落瀬(いぬおとせ)
- 大字折茂(おりも)
- 大字上吉田(かみよしだ)
- 大字下吉田(しもよしだ)
- 大字小平(こだいら)
- 大字鶴喰(つるばみ)
- 大字柳町(やなぎまち)
- 金矢(かなや)一~三丁目
- 小松ケ丘(こまつがおか)一~六丁目
人口
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六戸町と全国の年齢別人口分布(2005年)
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六戸町の年齢・男女別人口分布(2005年)
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■紫色 ― 六戸町 ■緑色 ― 日本全国
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■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性
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六戸町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年)
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10,193人
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1975年(昭和50年)
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10,100人
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1980年(昭和55年)
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10,532人
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1985年(昭和60年)
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10,931人
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1990年(平成2年)
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10,615人
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1995年(平成7年)
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10,523人
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2000年(平成12年)
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10,481人
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2005年(平成17年)
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10,430人
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2010年(平成22年)
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10,241人
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2015年(平成27年)
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10,423人
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2020年(令和2年)
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10,447人
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総務省統計局 国勢調査より
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所轄警察署
所轄消防署
教育
高等学校
中学校
小学校
- 上記小中学校は、2025年4月、統合による六戸町立義務教育学校六戸学園開校により閉校予定[6][7]。
※以下は廃校。
- 六戸町立開知小学校〈旧〉(1997年・開知小学校を統合新設)
- 六戸町立七百小学校(同上)
- 六戸町立昭陽小学校(同上)
- 六戸町立長谷小学校(2001年・六戸小学校へ統合)
- 六戸町立柳町小学校(同上)
- 六戸町立折茂小学校(2009年・六戸小学校に統合)
幼稚園・保育園
- さつき保育園
- ひのでこども園
- こども園おひさま
- こども園えがお
- 小松ヶ丘幼稚園
医療機関
金融機関
隣接する自治体
交通
鉄道
- 青い森鉄道青い森鉄道線
- 町の北東部・三沢市やおいらせ町との境界を通っているが停車駅はない。最寄の停車駅は三沢駅か向山駅である。
- (現在の三沢駅周辺の古間木地区は旧六戸村から移管されており、三沢駅所在地は六戸町と同じ「大字犬落瀬」となっている)。
- 東北新幹線
- 八戸駅 - 七戸十和田駅間のうち、町内は主にトンネルで通過する。最寄の新幹線駅は八戸駅または七戸十和田駅となる。なお、以上の経緯から、六戸町も東北新幹線開業に伴う並行在来線問題の協議には参加していた。
- 2012年3月までは十和田観光電鉄線に以下の駅が存在した(同線は2012年4月1日廃止)。
バス
道路
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
特産品
郷土料理
出身著名人
脚注
関連項目
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、
六戸町に関連するカテゴリがあります。