■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート
高仁 秀治(たかに ひではる、1962年6月6日 - )は、群馬県藤岡市[1]出身の元プロ野球選手(外野手、一塁手)。左投左打。
東農大二高では、2年夏に4番を打ち、県大会決勝では先発完投したが敗れた。秋はエースとして清水信明とのバッテリーで県大会準決勝では前橋工業高を相手に延長17回を投げ勝つなどの活躍で優勝。関東大会では依田栄二(甲府商)、中野佐資(国学院栃木高)らに投げ勝って優勝。1980年春の選抜に出場。1回戦で松江商業高に敗退[2]。同年の夏の県大会でも準決勝に進出するが、前橋工業高の小川博に完封を喫し敗退した。
1980年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから4位指名を受け入団[1]。投手として指名を受けたが、外野手に転向する。
1985年には主に代打として26試合に出場、シーズン終盤には先発としても起用される。同年10月、松岡弘の引退試合で、0-4でリードされた終盤8回、満塁のチャンスで大洋のストッパー斉藤明夫からプロ1号となる同点満塁ホームランを放ち、6回まで投げていた松岡の黒星を帳消しにした。なお松岡の通算成績は191勝190敗であり、高仁のホームランにより勝ち越しをキープした。
1986年6月には一番打者に抜擢され、同年は外野手として41試合に先発出場。栗山英樹とレギュラーを争い、打率.284の好記録を残す。
1989年はイースタン・リーグで打率.343を記録し首位打者を獲得[1]。
1991年のオフに現役を引退[1]。
現役引退後は、ヤクルト販売に所属しボランティアの野球教室などに参加する。
2005年に始まったNPB12球団ジュニアトーナメントではヤクルトジュニアチームの野手指導にあたる。
2007年、ジュニアチームヘッドコーチとして北海道遠征に参加。
2010年より丸山完二に代わりジュニアチーム監督に就任、2013年大会まで務めた。
2014年から、中学女子硬式野球チームのモンスターレディース監督に寺沢高栄の後任として就任[3]。