ヴィクラント (空母・初代)

ヴィクラント
基本情報
建造所 ヴィッカース・アームストロング
運用者  インド海軍
艦種 航空母艦
級名 マジェスティック級航空母艦
次級 ヴィラート
モットー जयेम सं युधि स्पृध
(Jayema Sam Yudhi Sprdhah、
我に仇なす者を完膚なきまで打ちのめす)[1]
艦歴
起工 1943年11月12日
進水 1945年9月22日
就役 1961年3月4日(ヴィクラントとして)
退役 1997年1月31日
その後 ムンバイで博物館船として公開
2015年スクラップとして解体
要目
基準排水量 15,700トン
満載排水量 19,500トン
全長 213.3 m (700 ft)
最大幅 39 m (128 ft)
吃水 7.3 m (24 ft)
機関 蒸気タービン
最大速力 23ノット
航続距離 12,000 海里(14kt時)
乗員 1,075名(戦時1,340名)
兵装 40mm機銃16基
搭載機 シーホーク
シーキング
シーハリアー
アリゼ
アルエットIII
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ヴィクラント (INS Vikrant, विक्रान्‍त) は、インド海軍航空母艦。建造中止状態であったイギリス海軍マジェスティック級航空母艦ハーキュリーズ (HMS Hercules, R49) をインドが購入し、竣工させたもの。

概要

設計

艦歴

1984年当時のヴィクラント。まだスキージャンプ甲板は設置されておらず、シーハリアーシーホークアリゼシーキングアルエットIIIの姿が甲板上に見える

1943年11月12日、ヴィッカース・アームストロング社でハーキュリーズとして起工された。第二次世界大戦後の1945年9月22日に進水したが、1946年5月に建造は中断され係留された。

1957年1月、インドに売却され、ベルファストハーランド・ヴォルフ社で工事が再開された。アングルド・デッキや蒸気カタパルトの設置等も行われ、1961年3月4日にインド海軍空母ヴィクラント (Vikrant) として竣工した。1961年11月3日にボンベイにて就役している。

艦載機としては、シーホークアルエットIIIアリゼなどが運用されていた。

1965年の第二次印パ戦争時には工事中であったために参戦していないが、1971年の第三次印パ戦争においては、ベンガル湾にて活動し、艦載機パキスタン軍の艦船を撃破している。

1982年から1983年にかけて改装を行い、シーホークの後継としてシーハリアーの運用が可能となった。また、1987年から1989年にかけての改装では、アリゼの退役に伴いカタパルトを撤去し、9.75°のスキージャンプ勾配を設置している。

1990年代前半から老朽化のために活動が不活発になり、1997年1月31日にインド海軍から除籍された。退役後はムンバイで博物館船として公開、第二次大戦中に建造されたイギリス製空母の中で現存するのは本艦のみとなっていたが、2012年に展示を終了。その後は競売に懸けられ、2015年半ばまでにスクラップとして解体される予定となっている[2]

本艦の後継艦として1993年より計画されていた仮称ADSは、予算の手当てが付かず立ち消えになった。ADS計画は二代目ヴィクラントとして復活し、2009年2月28日にインド南部のコーチン造船所にて起工。2022年に就役した。

脚注

  1. ^ 小泉 2017.
  2. ^ “India's first aircraft carrier slips into history”. Times of India. (22 November 2014). http://timesofindia.indiatimes.com/india/Indias-first-aircraft-carrier-slips-into-history/articleshow/45237088.cms 22 November 2014閲覧。 

参考文献

  • 小泉悠「インド新空母「ヴィクラント」のメカニズム」『世界の艦船』第863号、海人社、2017年8月。 NAID 40021248315 

関連項目

外部リンク

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