2022年ロシアのウクライナ侵攻による経済的影響(2022年ロシアのウクライナしんこうによるけいざいてきえいきょう、ロシア語: Экономические последствия вторжения на Украину для России)では、2022年2月24日に開始されたロシアのウクライナ侵攻による経済的影響について述べる。同年2月24日にロシア連邦がウクライナへの攻撃を開始すると、国際社会による対ロシア経済制裁が発動され、両国内のみならず世界経済全体に経済的影響が波及した。2024年時点でも進行中の出来事であり、現在に至るまで拡大し続けている[1][2][3][4][5]。
ロシアによる攻撃・占領はウクライナの人命だけでなく経済にも大きな打撃を与えており、ウクライナのユリア・スビリデンコ第一副首相兼経済相は2022年3月28日、ウクライナがこうむる被害額や経済的損失が今後の発生見通し分を含めて5649億ドル(約70兆円)に及ぶとの見通しを明らかにした[6]。ウクライナ国立銀行(NBU、中央銀行)のシェフチェンコ総裁が日本の『朝日新聞』に対して明らかにした社会インフラなどの物的被害額の推計値は1000億ドル(約13兆円)である[7]。
インフラの破壊でウクライナではインフレーションが進み、NBUは2022年6月2日、年10%だった政策金利を25%に引き上げると発表した[8]。この利上げには、ウクライナ通貨フリヴニャを売って外貨を買おうとする国民の動きに対する通貨防衛の狙いもある[8]。
2022年7月26日、ウクライナ国営ガス会社「ナフトガス」がデフォルトに陥った[9]。ウクライナ政府系企業がデフォルトに陥るのはロシアによる侵攻開始以降で初めてとなる[9]。
2022年7月29日、S&P はウクライナの格付けを「CCC+」から「CC」に引き下げた[10]。同国が対外債務返済の繰り延べに同意を求めたため、「外貨建て債務のデフォルトはほぼ確実だと考える」と説明した[10]。
ロシアも、ウクライナでの戦費負担、後述する西側諸国からの経済制裁や外国企業の撤退に加えて、食料品・燃料価格のインフレ、産業や産業や研究開発の担い手である技能を持った国民のロシアからの脱出により経済的打撃を受けている[11]。ロシアは開戦後、自国の貿易データ公表を取りやめたが、フィンランドの研究機関BOFITのイイカ・コルホネン調査部長の分析によると、西側諸国だけでなく、対露経済制裁に参加していない中華人民共和国(中国)やベトナムのデータも対露輸出(ロシアの輸入)が2022年4月は減少した[11]。
2014年以来、ロシアはクリミア併合に対する経済制裁の発動で経済成長が阻まれていた[12][13][14][15][16]。
2019年末からの新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって世界各国に様々な経済的影響が発生し、2020年2月からは2020年の株価大暴落が発生し、2020年から2021年にかけてロシアの経済も打撃を受けた[17][18][19][20]。
2020年にはサウジアラビアとの原油価格戦争も、原油と天然ガスを主要輸出品とするロシアの経済に影を落とした。2021年にはロシアがウクライナとの国境近くに軍を集結させて緊張を高め、これに追加制裁がなされた[21][22][23]。
ロシアによるウクライナ侵攻以降、西側諸国はロシアに対する制裁を順次発表し、制裁が拡大している。以下、経済制裁を実施している国を列挙する。
国際社会によるロシアへの経済制裁として、 ロシアに対する最恵国待遇の撤回及びこれに伴う関税の引き上げが行われている。
戦況悪化によってロシア原油の買い手が見つからないことに加え、さらに戦時中の黒海での航海に関して、主要な海運会社は、石油輸出ターミナルノヴォロシースクからのタンカーに戦争保険を要求するようになった。ノヴォロシースクを経由するテンギス油田のカザフ原油にも影響を及ぼしている[100]。
西欧諸国のロシア産天然ガスへの依存度は、チェコ・ラトビア・モルドバが100%であり、ハンガリー95%、スロヴァキア85.4%、フィンランドは67.4%、ドイツ65%、ポーランド54.9%、EU平均38%、フランスは16.8%、スウェーデンは12.7%、イギリスは6.7%、ベルギーは6.5%である[84]。
先進国による対ロ経済制裁中も、ロシア産の化石燃料の輸入は続いている。CREA「Russia Fossil Tracker」[101]の2023年1月1日~2024年2月19日までの各国の輸入額累計は下記の通りである。
ロシアの株式市場は、侵略の初日である2月24日にRTS指数で39%下落し、翌日には26%回復したが、2月28日、モスクワ証券取引所は休業した[102]。3月3日、3月4日、3月7日、3月8日にも市場は閉鎖された[103]。モスクワ証券取引所とサンクトペテルブルク証券取引所(ロシア語版)は業務を停止した[104]。
2月24日、ロシアによるウクライナへの攻撃を受けて、外国為替市場ではロシアの通貨ルーブルを売る動きが急速に強まり、ドルに対して一時、1ドル=89ルーブル台まで値下がりしてこれまでの最安値を更新した[105]。これを受けてロシアの中央銀行は通貨の安定に向けて市場介入に踏み切ることを決めたと発表した。また、モスクワの取引所は24日、株式などの取り引きを一時、停止する措置を取った。その後、株式市場で取り引きが再開されると売り注文が殺到してRTS指数は前日に比べて30%を超える値下がりとなった[106]。ロシア・ルーブルは記録的な安値に下落した[107][108][109][110][111]。
ATMには預金を引き出すための長蛇の列ができた[112][113]
2月26日のEUによるロシアのSWIFT排除が発表されると、ルーブルは対U.S.ドルで30%下落した[114]
ロシア中央銀行は、2014年のクリミア併合以来の市場介入を発表し、主要政策金利を20%に引き上げた[115]。
制裁により、ロシアのソブリンウェルスファンドは消滅のリスクにさらされている[116][117][118]。3月7日、ルーブルは、₽142.46/$1の水準となった[119]
2月28日、マスターカードは、ロシア金融機関を支払いネットワークから制限した[120]。3月1日、Visaは、制裁リストに載っている人をブロックするなど追加制裁の準備ができていると発表し、暗号通貨取引所Binanceも、制裁リストに載っている人への提供を停止すると発表した[121]
3月2日、ロンドン証券取引所がロシア証券の取引を停止した[122]。
4月6日、ロシア財務省は4月4日に支払期限を迎えたドル建て国債の償還と利払い計6億4920万ドル(当時レート日本円約805億円)を、自国通貨ルーブルで行ったと発表した[123]。30日間の猶予期間が設けられているものの、デフォルトに陥る懸念が一段と高まった[123]。
4月11日、国際スワップデリバティブ協会のクレジットデリバティブ決定委員会が、前月の利払いを行わなかったロシア鉄道に対し債務不履行を認定した[124]。
4月16日、ムーディーズはロシア政府が国債の償還などを自国通貨ルーブルで行ったことについて、「自社基準に照らすと、債務不履行(デフォルト)にあたる可能性がある」との見解を発表した[125]。ただ、同社はロシア発の債券への格付け業務から撤退しており、今回も格付け判断ではないとしている[125]。
5月24日、アメリカがロシア国債の元利払いの受け取りを認めていた財務省の特例を延長せず、25日に失効すると発表[126][127]。
6月1日、クレジットデリバティブ決定委員会はロシアのドル建て国債で「支払い不履行」(実質的なデフォルト)が起きたと認定した[128]。
6月27日、ロシアが外貨建て国債の利払い約1億ドル(当時レート約135億円)を猶予期限までに実行できず、デフォルトに陥った[129][130]。支払い余力があるにもかかわらず、経済制裁によって手続きが進められなかった異例の事態で、ロシアによる外貨建て国債のデフォルトは、ロシア革命後の1918年以来、約1世紀ぶりとなる[129][130]。
7月15日、EU欧州委員会は、ウクライナに侵攻したロシアに対する制裁の維持・強化案を発表し、新たにロシア産の金の輸入を禁じることなどを盛り込んだ[131]。金禁輸を決定済みの米英日などと足並みをそろえ形となる[131]。
ウクライナとロシアはともに穀物の大生産国であり、世界の食料供給にも影響が及んでいる。国連食糧農業機関(FAO)の2022年5月6日の記者会見によると、ロシアによる侵攻や海上封鎖でウクライナの港湾から輸出できず滞留している穀物は2500万トンに達しているほか、ロシアがウクライナで穀物を略奪しているという情報もある[134]。
小麦価格は2008年以来最高値となった[135]。ウクライナはトウモロコシと小麦の輸出国であり、ひまわり油では世界最大の輸出国である。ロシアとウクライナは合わせて世界の小麦供給の29%、世界のひまわり油の輸出の75%を輸出している。シカゴ商品取引所の小麦先物価格が急騰し、トウモロコシと大豆の価格も急騰した。ウクライナの作物を生産能力は大きく減じ、ロシアの作物の禁輸は食料価格のさらなるインフレを引き起こすとみられ、戦闘が停止したとしても、回復に数年もかかるとも指摘される[136]
エジプトなどのロシアやウクライナからの輸出に大きく依存している国々が圧迫される[137]。
3月4日、FAOは、世界の食料価格指数が2月に史上最高に達し、前年比で24%上昇したと報告し、影響は多大になるとみられる[138][139]。
3月14日、ロシア政府は、アルメニア・ベラルーシ・カザフスタン・キルギスタンへの穀物と砂糖の輸出を一時的に制限すると発表した。輸出制限は穀物が6月30日まで、砂糖は8月31日まで。国内の食料自給に万全を期すのが狙いとされる[140][141]。
5月14日、小麦生産量世界2位であるインドは小麦の国内価格の上昇を抑制し、自国の食料安全保障を優先するため、小麦の輸出の停止を決定した。ただし、既に発行済みの信用状の裏付けがあり、食料安全保障上必要とされる国への輸出は許可される。この決定により小麦の国際価格がさらに上昇し、貧困国へ影響が及ぶ恐れがある[142][143]。
一方、日本ではロシアからの水産物輸入額が旧ソ連が崩壊した翌年の1992年以降過去最高となり、前年比12.9%増の1,552億円に達した。円安や不漁に加えて、アメリカが禁輸としたズワイガニなどの代替輸出市場として、ロシアがアジアへの輸出を増やしたことが影響しているとみられる。日本政府はロシアへの経済制裁として木材やウォッカなどの輸入を禁止しているが、水産物は対象に含まれていない[144]。
ロシアは木材、アルミニウム、ニッケル、パラジウム、セメントなど多くの原材料を輸出しているが、経済制裁により輸出が困難となり、新型コロナウイルスからの経済回復による需要増加と合わさって各国で値上がりが続いている[145]。特に住宅用の木材が不足する「ウッドショック」が深刻となっている[146]。日本では円安傾向と合わさり住宅価格への影響が大きい[145]。
日欧間など世界の物流・交通にも影響が出ている。日本企業は侵攻開始直後の2022年3月上旬にシベリア鉄道の利用を中止した。
空運は経済制裁と安全確保のため日欧間路線を中心に3月以降、一部運休後順次、ロシア上空を避けて北極圏の北米大陸寄りやロシアより南方のアジアを経由するようになっていて、上空偏西風を利用するので欧州発南回り、日本発北回り航路が主流だが、アライアンス拠点位置により経由便で運航する会社もあり[147]、欧州/極東路線を運航するエアラインのコロナを乗り切り弱った財務状況や路線計画に大きな影を落としている。
ロシアへ航空機リースしているリース会社の多くがEUによる3月28日までに契約終了する制裁に基づき返却を求めていたが返却せず、EU制裁対抗措置でロシア大統領がリース航空機使用権をロシアの航空会社に移行できる大統領令署名したためリース会社に関係なくロシア航空会社によるリース機の強奪が合法化されたため[148]、世界で最も多くの航空機を保有するリース企業のエアキャップは、ロシア当局によって航空機113機と11基のジェットエンジンを接収され失った。そのため1〜3月期は20億ドルの赤字決算となった[149]。 ロシア国内エアラインへの欧米制裁の影響で欧米製メーカーはアフターケアや整備を制限していてロシア籍の欧米製航空機は予備部品も入り難い状況になっていて、共食い整備も始まっている[150]。 また、ロシア航空会社では侵攻後の人材流失が始まっていたが、9月の一部動員により更なる拍車がかかり多くの国際線の制裁による運休以上に乗務員欠員による欠航も増えていくとみられている。
海運ではロシア人とウクライナ人が多かった船員の不足、ロシアからのパイプラインによる天然ガス輸入の削減・停止に伴うLNG船の需要急増など海運にも混乱が生じている[151]。
米国のイェール大学経営大学院の調査では、ロシア事業の撤退・縮小を決めた外国企業は2022年4月時点ので750社を超える[152]。
各国の企業経営者ら要人が集まる世界経済フォーラムは2022年総会(ダボス会議)でロシアの参加資格を停止し、前年までロシアが投資誘致に使っていた施設はロシアの戦争犯罪展示に転用された。さらにウクライナの大統領ウォロディミル・ゼレンスキーは2022年5月23日にオンライン参加して「企業ブランドが戦争犯罪と結びついてはならない」とロシアからの企業撤退と貿易停止、経済制裁の加速を要請した[153]。
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