1959年東京都議会議員選挙
|
|
投票率
|
70.13% (10.50%)
|
|
第1党
|
第2党
|
第3党
|
|
|
|
|
政党
|
自由民主党 |
日本社会党 |
日本共産党
|
獲得議席
|
73 |
42 |
2
|
得票数
|
1,835,834 |
1,027,445 |
110,396
|
得票率
|
53.7% |
30.1% |
3.2%
|
|
|
1959年東京都議会議員選挙(1959ねんとうきょうとぎかいぎいんせんきょ)は、東京都の議会である東京都議会を構成する東京都議会議員を全面改選するために行われた選挙で、第4回統一地方選挙の前半戦投票日である1959年(昭和34年)4月23日に投票が行われた。
概要
東京都議会議員の任期(4年)が満了したことによる選挙である。1955年に再統一をしてからはじめての都議選となった社会党は改選前の32議席から躍進し、都議会の3分の1を超える42議席を獲得した。
また改選前は2議席にとどまっていた女性議員の数も、6議席に増える結果となった。
基礎データ
- 選挙事由:任期満了
- 告示日:1959年4月8日
- 投票日:1959年4月23日
- 議員定数:120名
- 選挙区:36選挙区
選挙結果
党派別当選者数及び得票数
党派
|
得票数
|
得票率
|
議席数
|
女性
|
新旧内訳
|
現
|
元
|
新
|
|
自由民主党
|
1,835,834
|
53.7%
|
73
|
|
61
|
3
|
9
|
|
日本社会党
|
1,027,445
|
30.1%
|
42
|
|
30
|
1
|
11
|
|
日本共産党
|
110,396
|
3.2%
|
2
|
|
2
|
0
|
0
|
|
諸派
|
11,214
|
0.3%
|
0
|
|
0
|
0
|
0
|
|
無所属
|
431,061
|
12.6%
|
3
|
|
0
|
0
|
3
|
合計
|
3,415,950
|
100.0%
|
120
|
6
|
93
|
4
|
23
|
出典:朝日新聞1959年4月25日付12面(東京版)「都議選確定得票」
当選した議員
自由民主党
日本社会党
日本共産党
無所属
補欠選挙
年 |
月日 |
選挙区 |
当選者 |
当選政党 |
欠員 |
欠員政党 |
欠員事由
|
1960年
|
11月20日
|
三鷹市選挙区 |
稲村明喜 |
日本社会党 |
田山東虎 |
日本社会党 |
第29回衆議院議員総選挙立候補準備のため辞職
|
1961年
|
2月18日
|
青梅市選挙区 |
宇津木啓太郎 |
自由民主党 |
杉山三七 |
自由民主党 |
死去
|
1962年
|
3月25日
|
渋谷区選挙区 |
粕谷茂 |
自由民主党 |
北田一郎 |
日本社会党 |
死去
|
沖田正人 |
日本社会党 |
斉藤清亮 |
自由民主党 |
渋谷区長就任のため辞職
|
7月22日
|
調布市選挙区 |
竹内虎雄 |
自由民主党 |
富沢仁 |
自由民主党 |
死去
|
9月9日
|
北区選挙区 |
五十嵐多喜蔵 |
自由民主党 |
葉山政男 |
自由民主党 |
公職選挙法違反による有罪判決確定で失職
|
渋谷一郎 |
日本社会党 |
飯塚愛之助 |
日本社会党 |
死去
|
脚注
注釈
- 議員辞職
- 議員死去
- ^ 1959年11月20日、死去。
- ^ 1962年7月25日、死去。
- ^ 1962年2月10日、死去。
- ^ 1959年10月9日、死去。
- ^ a b 1961年12月25日、死去。
- ^ 1962年7月25日、死去。
- ^ 1962年5月29日、死去。
- 注釈
- ^ 都議会議員選挙投票率 - 東京都選挙管理委員会