関東自動車株式会社(かんとうじどうしゃ、英語: Kanto Transportation, Inc.)は、栃木県宇都宮市に本社を置き、路線バス・貸切バス事業および索道事業(那須ロープウェイ)を経営するみちのりホールディングス傘下の事業者である。通称・旧屋号は「関東バス」で商標登録もなされている[2][3] が、現在は正式社名の使用場面が増えている[注 1]。
栃木県内の一般路線バスにおいて約70%の市場占有率(輸送人員ベース)を有するとともに、貸切バス保有台数も栃木県内最多のバス事業者である。
一般乗合バス事業(一般路線バス・長距離高速バス)・貸切バスのほか、総合サービス部(旧・株式会社関東バス総合サービス)が市町営バスや私立高校のスクールバス運行などを請け負い、また関連会社に観光事業者(旅行代理店)や自動車整備事業者などがある。
関東自動車は、1923年(大正12年)に石橋町の小平重吉、戸田正次(呉服商)、戸田保美(銀行業)および栃木町の小松沢繁助(乗合馬車営業)の4氏により合資会社関東自動車商会として設立[5] され、翌年8月に栃木 - 太平山間および栃木 - 壬生間の2路線を1924年式の5人乗りT型フォード[6] で運行を開始。その後も栃木、鹿沼および粟野で新路線を開業していった。
大正時代、栃木県内各地には多数の同業者が乱立し熾烈な路線競合が起きていたため、関東自動車商会が沿線の有力者を取り込んでより強力な基盤を築くべく、1927年(昭和2年)5月8日に組織変更したのが現在の関東自動車株式会社である[5]。この時期は路線基盤が栃木町にあり、本社も栃木町に置かれていた。初代社長には小松沢繁助が就任した[7][8]
県都・宇都宮地区での路線営業は、組織変更とともに買収した丸宇自動車が保有する路線の栃木 - 壬生線を延長した栃木 - 宇都宮線が第一号で、その後1931年に宇都宮の城山自動車を買収し宇都宮営業所を新設。翌1932年には昭和自動車商会を買収し、宇都宮と日光や大谷、文挟を結ぶ路線を開設した。同年秋には西那須野 - 塩原温泉の会社を買収し進出した。1934年に鹿沼古峯原自動車を買収し、鹿沼 - 宇都宮線など鹿沼地区に路線を開設。路線基盤を固めると同時に省線東北本線の宇都宮駅前に車庫を併設したバスステーションを開業させ、本社を栃木町から省線宇都宮駅前に移転した。この時点で栃木県内の多数の同業者を買収することによって構築された営業基盤は、路線数30弱、車両数100両弱に達しており、栃木県下第一のバス事業者となっていた。
第二次世界大戦下では国策による事業統合(戦時統合)が開始され、東武自動車等との間で路線譲受を行ない、宇都宮市内路線は関東自動車一社による運行体制へと整理された[3]。
終戦後の1949年、関東自動車は本社を桜通りに建築、その後1955年に宇都宮駅前に宇都宮営業所が入居可能な本社社屋を新築移転し、跡地に1958年に桜通営業所を新設した。また宇都宮市域の拡大に伴い、翌1959年には宇都宮営業所の市内線機能を分離して戸祭出張所と一ノ沢出張所を新設、1964年に営業所機能を持たせて戸祭営業所とした。一ノ沢出張所は1965年、駒生へ移転し駒生出張所に改称されたあと、1974年に駒生営業所へと昇格し、同時に新設された江曽島営業所(八千代/江曽島駅西)とともに市内線3営業所体制となった[3]。
1965年度時点での保有車両は500台余、利用者数は7000万人/年を数えた[3]。その後は宇都宮市の都市化の進行とともに生まれた新需要に対応すべく、路線新設や均一地帯制導入などの運賃改定を行った[3]。小山地区においても扶桑団地線や自治医大付属病院線などの路線新設を行うなどの一方、郡部においては不採算路線の廃止などが進み、次第に都市部への集中が目立つようになった[3]。
1970年代にサイドビジネスとして本社に不動産部門を設け、住宅産業に参入する一方で、関東バス旅行社、那須ホテル、大裕商事と子会社を相次いで設立した(3社とも本社は宇都宮市で社長は小平裕康が兼任)[6]。
1990年代から2000年代にかけては帝京大学宇都宮キャンパス新設や宇都宮市郊外の住宅団地整備に伴う新路線開設および増便などが行われたほか、高速バスへの路線進出や宇都宮市郊外にある高等学校へのスクールバス運行、宇都宮市街地の100円ワンコインバス制の導入(2008年廃止)などを展開し、1993年には北関東では初となるプリペイド式乗車カード「バスカード」が導入された(2021年廃止)[3]。
2012年(平成24年)4月20日、経営共創基盤の完全子会社であるみちのりホールディングスが関東自動車の全株式をジェイ・コーチから取得したと発表。これにより、当社はみちのりホールディングスの100%グループ会社となった[9][10]。
2018年(平成30年)10月1日付で、同じみちのりホールディングス傘下の東野交通を吸収合併する形で同社と経営統合した[11][12]。東野交通から継承する路線の運賃は、一部の短距離区間を除いて据え置きもしくは値下げされた[13]。
2019年(令和元年)9月、みちのりホールディングス傘下の東日本交通宇都宮営業所を取得し、貸切車両が8台増加した[14]
2023年(令和5年)8月26日の宇都宮ライトレール宇都宮芳賀ライトレール線(芳賀・宇都宮LRT)の開業に際しては、開業翌日の27日に、同路線の沿線にあたる宇都宮市東部の路線を多数運転する東野平出営業所管内の路線において、大規模な再編が行われ、同路線に並行する路線が廃止となり、新たに同路線の沿線と周辺地域を結ぶフィーダーバス系統が多数設定された[15]。
また、宇都宮市東部の路線バス網の再編と同日の8月27日には、人件費や燃料費の高騰や、将来にわたるサービス維持と向上のため、今市・那須・小山・佐野エリアを除く宇都宮地域において、消費税率の引き上げによるものを除けば26年ぶりとなる、運賃改定も実施され、約15%程度値上げされる事となった[16][17]。
今後は宇都宮市が進める脱炭素社会の構築へ向け、宇都宮市内の3営業所へ電動バス158台を、2030年3月までに導入する予定である。これにより、宇都宮市内で運行されるほとんどの路線バス車両が電動化されることとなる[18][19][20] 予定で、都市全体の路線バスが全て電動化されるのは、日本初の試みとなる[18]。東京電力及び親会社のみちのりホールディングスが「バスエネルギーマネジメントシステム(バスEMS)」を新たに開発し、バスの運行計画や、実際の運行状況を収集、観測し、到着時間や消費電力を正確に予測する運行マネジメントと、運行状況に合わせたエネルギー調達計画の策定や充電タイミングの最適化を図る需給調整マネジメントを行い、路線バスの運用や再生可能エネルギーの供給安定化を効率化する[20]。路線バス電動化事業は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が 2022年度より実施する「グリーンイノベーション基金事業/スマートモビリティ社会の構築」プロジェクトに採択され、国のグリーンイノベーション基金による支援を受けながら、事業へ取り組んでいく方針である[19]。詳細は宇都宮ライトパワー#宇都宮市の脱炭素化構想を参照されたい。
路線=路線バス部、高速=高速バス部、貸切=貸切バス部、契約=契約輸送部(旧総合サービス部)[139]、東野=旧・東野交通の営業所、東日本=元・東日本交通の営業所
※名称が現存する営業所は、過去の所在地が現在地と異なる場合に記載
路線バス営業は、1937年9月に休止し省線バスへ事業譲渡、翌年廃止。兼業のタクシー営業所は1940年まで存在し塩原自動車に統合された[23]。
1934年に那須地域進出を企図し 既存運行の6事業者のうち3者を買収して黒磯 - 那須温泉間用に営業所設置したが1937年に競合他社と統合され営業終了[141]。
路線・契約の営業所であったが、2022年11月30日廃止、12月より小山営業所石橋車庫に改組改組後も定期券発売窓口は継続[132]
1987年に関東バス総合サービス株式会社へ改称[3]
関東自動車は1993年(平成5年)、栃木県内では初めてプリペイド式磁気カードによる乗車カードシステム「バスカード」を一般路線バスに導入した。その後、ジェイアールバス関東(宇都宮地区)、旧東野交通(宇都宮・真岡地区)も同システムを導入しエリアを拡大した。2021年1月4日、ICカードシステム導入に伴う機器更新のため、取扱を終了した[108]。
一般路線ではない、鹿沼市民バス「リーバス」鹿沼 - 古峰原線、日光市営バス今市 - 下小林線でも使用可能であった。
関東自動車とジェイアールバス関東(宇都宮支店、西那須野支店)は2021年(令和3年)3月21日より、バスカードに変わる地域連携ICカード「totra(トトラ)」の発売およびサービス開始した[151]。関東自動車では一般路線バス全路線でIC定期券や運賃の支払いに使用できる。また、Suica・PASMOなどの全国相互利用可能な交通系ICカードも利用可能となっている。これに伴い、バスの乗降方式が「中ドアから乗車、前ドアから降車」に改められている。
LRT・路線バス・宇都宮市地域内交通の乗継割引を宇都宮市と芳賀町の施策により、totra利用者限定で実施している。totraを使ってLRTと関東自動車の路線バスとを乗り継ぐと、2乗車目の公共交通の運賃から大人100円・小児50円が、地域内交通と乗り継ぐと大人200円・小児100円が自動的に割引される[152]。
totra利用者限定で、関東自動車やジェイアールバス関東の路線バス、宇都宮市の地域内交通、宇都宮ライトレールの運賃を支払った際に、運賃支払い額の2%分の交通ポイントが貯まる「交通ポイントサービス」を実施している。貯まったポイントが次回の支払い運賃額以上となった場合、自動的に利用される。
2021年(令和3年)6月30日より宇都宮市内の一般路線バスで交通系ICカード利用における日中時間帯の運賃上限制度を開始した[153]。totraやSuica、PASMOなど全国相互利用が可能な交通系ICカードを使って日中に一般路線バスを利用すると、宇都宮市内であれば片道運賃の上限が400円となる。小学生や身体・知的障がい者の運賃の上限は200円となる。正規運賃との差額は宇都宮市が負担する。 下記の3つを満たすと、上限運賃制度が適用される。
また、totra利用者においては先述の乗り継ぎ割引制度の併用が可能である。
2018年10月1日より栃木県内を運行する関東自動車(同日統合した旧:東野交通含む)、JRバス(宇都宮・西那須野管轄内)一般路線バスにて利用できるシニア向け全線フリー定期券「おでさぽ70」が発売・利用開始された[154]。バスカードと異なり、一般路線ではない「リーバス」線での使用は不可である。
「totra」の宇都宮ライトレールとバス(関東自動車)との連絡定期券は、関東自動車の窓口(宇都宮駅前定期券センター)でそれぞれ発売する。 通常の区間指定の定期券の他、以下の種類が存在する。
このほか、福島交通・名鉄バスが運行する福島・郡山・宇都宮・佐野 - 名古屋線を運行支援している[155]。
統合した東野交通が運営していた索道事業も承継している。
宇都宮地域では、1970年代の市内線(宇都宮市内線営業所の運行路線)に系統ごとに系統番号を導入し、1989年より営業所統合などもあり郡部線(宇都宮を発着する郊外路線)にも番号制を拡大し、現在の番号形態の基となった。行き先を示す番号が路線ごと付番され、往路と復路で番号が異なる方式である(例:行きは「31:西川田東」、帰りは「01:JR宇都宮駅」)。さらに、宇都宮駅等の行き先の多い系統の番号は経路が異なっていても統一されており(JR宇都宮駅行を[01]、駒生営業所行を[10])把握しやすくした[156]。2018年10月に経営統合した旧東野交通の路線には系統番号は振られていなかったが、ライトライン開業による路線の再編が行われた2023年8月改正より一部系統に付与、2024年3月16日改正から全系統に本格的に番号が付与された。 このほか、栃木県や宇都宮市が独自に作製したバス路線マップにおいて、マップ内専用の番号を付与している場合もある[157]。
※印は、2021年4月現在使用されていない番号、▲印は使用されていない経由地・行き先。
那須地域定住自立圏内の路線バスにはアルファベット1文字と終点を表す数字を組み合わせた路線番号が付与されている[158]。那須地域定住自立圏4市町(那珂川町、大田原市、那須塩原市、那須町)と関東自動車およびJRバス関東とで協議しナンバリングと同時に、同じ場所のバス停ながら関東自動車と市営バスなど路線によって名称が異なる停留所の名称統一、西那須野駅・那須塩原駅・黒磯駅の各駅の東口と西口のバス停の明確化も行われ、2021年4月より路線バス車両のLED方向幕等で運用開始した[159]。
日野自動車・いすゞ自動車・日産ディーゼル/UDトラックスの地域販売会社の株式を保有している関係で、この3社が大半を占めている。三菱ふそうトラック・バスの比率は僅かだったが、1998年にエアロスターのノーステップバス、1999年にとちの木号のエアロキングを導入してからは、三菱車の比率が上がっている[160]。
いすゞ車が多いのは、宇都宮市・旧河内町地区にジェイ・バス宇都宮事業所(旧アイ・ケイ・コーチ - いすゞバス製造)が、栃木市大平町にいすゞ栃木工場があることも影響している。
また営業地域に富士重工業(現:SUBARU)宇都宮製作所がある関係で、富士重工業(スバルカスタマイズ工房)製ボディも多く採用されていた。かつては富士重工業製車体を架装した三菱ふそうの一般路線車が当時の鶴田に新製配置されたこともある。
日産ディーゼル(UDトラックス)製の新車導入は、富士重工業のバスボディ製造撤退後は途絶えていたが、2009年に西日本車体工業製車体架装車で導入再開したものの、UDトラックスのバス製造事業撤退により新車導入は2010年が最後となった。
座席の色は、路線車両は青色を基本とし、赤色を優先席用としていたが、近年のノンステップバス等は全面的に青色になっている。貸切車両は赤系の座席で、移籍車両など一部は他の色もある。高速バス用は別のデザインである。
路線車は、南関東・関西方面からの移籍車が多数在籍しているが、近年は行政主体[161] でバリアフリー化を進めている関係で、大型・中型・中型長尺車のノンステップバスが新車で大量導入された結果、以前より自社発注車の比率が高くなっている。
1970年代から1990年代初頭までは、経年車の置き換えに新車導入のほか、貸切車を路線用に格下げ転用するケースが多く見られた。その後、貸切車は高床化が進んだため、現在は貸切車転用の路線車は在籍していない[162]。
1980年代後半から、神奈川中央交通からの移籍車が大量導入されるようになり、1980年代後半から1990年代にかけては、神奈川中央交通のほか都営バス・西武バスなどからの移籍車が導入された[163]。 2000年代に入ると、横浜市営バス・川崎市営バスからの前・中扉車を導入したほか、京浜急行バス、東武バス、川崎鶴見臨港バスなどの関東勢に加え、大阪市営バスからは関東では導入例の少ないいすゞ・LVの西工58MC架装車が移籍した。
近年、京王電鉄バスや横浜市営バスからの中扉スロープ付きワンステップバス(日産ディーゼル・スペースランナーJP)が多数導入[163] されてからは、移籍車もバリアフリー対応となっている。
2021年1月4日までの乗降方法は基本的に前扉のみで行い、中扉・後扉は原則的に閉め切り扱いであった。スロープやリフト付きのバリアフリー車でも中ドアは原則車椅子専用出入口としていた。
2021年1月5日より同年3月21日導入のICカード対応の運賃箱へ更新に伴い、更新完了車から順次乗降方式を「中・後乗り前降り」に変更した[108]。
ノンステップ・スロープ付きの車両には「人にやさしいノンステップバス」、ワンステップ・スロープ付きの車両には「人にやさしいバス」の表記が車体または窓ガラスに表記されている。
なお、2024年度から2030年3月までにいすゞ自動車及びトヨタ自動車の合弁企業であるコマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ(CJPT)製の電動バスが実証実験も兼ねて日本初で導入される予定である[19]。駒生営業所に71台、簗瀬営業所に53台、宇都宮営業所に34台、計158台導入し、宇都宮市内で運行される現行のディーゼル車をほとんど置き換える。2024年度に試験的に10台投入し、それ以降は年に40台導入しディーゼル車を順次置き換える方針である[18][19]。
CJPTが供給する新しい電動バスは、従来のノンステップバスに存在した車内後部の段差をなくした「フルフラットバス」と呼ばれる形態のもので、宇都宮市内に生産拠点が有るジェイ・バスが製造する[18]。
1997年までの新車導入時に主に採用されていた[164] 一般色は上半分が白、下半分はベージュ地に赤の3本帯を配し、裾はグレー。「三筋カラー」と呼ばれ、昭和20年代からこのデザインが採用されている。標準色車側面の「関」マークに加わる指と翼は「キメラの翼」といわれている。1998年以降でも、移籍車両などスロープなしの車両については、引き続きこのカラーリングが採用されていた。
1998年から2018年までのバリアフリー対応のノンステップ車・スロープ付きワンステップ車に施されているカラーリング、通称「白バス」は、白地に水色と藤色の波が描かれている[53]。
2019年2月に旧東野交通との経営統合後の路線バス用新車を新カラーリングで6台導入した。通称は「赤黒バス」。外部デザイナーとしてイチバンセンを起用し、経営統合した両社のコーポレートカラーである赤色を基調とし側面部は黒色ベースとしたシックなデザインで、前面や中ドアに統合後の新ロゴマークを表示している[94][96]。同月以降の移籍車両もこのカラーリングを採用している。
コミュニティ系路線である宇都宮市の「みやバス」と小山駅東口循環線は、小型バス(日野・リエッセとポンチョ)が主力で、2004年にみやバスとして導入されたリエッセの自社発注車には作新学院高等学校にデザインを委嘱した2種類の塗装が採用された[56]。宇都宮市中心部の循環バス「きぶな」は、車椅子用リフトを備えた黄色と水色の小型バス(日野・リエッセ)が主に使用される。
1990年開業の成田空港線より採用された基本デザインはクリーム色をベースに裾に水色と銀色。ホイールベースに3本の木が描かれる(2階建て車はエンジン部分)[165]。車両は使用路線に合わせて空港リムジンには「AIRPORT LINER」[注 11]、とちの木号・マロニエ新宿号・北関東ライナーには「HIGHWAY EXPRESS」の表記で運用が区分されていたが、2010年夏以降に導入された空港リムジンはとちの木号を含め自社のすべての運用に対応できるよう「HIGHWAY EXPRESS」に表記が統一された。なお「HIGHWAY EXPRESS」のネーミングはとちの木号の共同運行者である近鉄バスの車両に付けられていたものを流用したものである。
マロニエ号(成田線)の日野・ブルーリボンRU以来、日野・セレガシリーズが中心で、2000年前後はスーパーハイデッカーが採用されており、三菱ふそう・エアロクィーンやいすゞ・ガーラ(初代のスーパーハイデッカー)も導入されたが、2006年以降に導入された2代目セレガ・ガーラはハイデッカーに戻り[163]、2008年度以降は車体への愛称表記を廃止した。なお、自動車NOx・PM法の対象地域への車種規制や経年により、スーパーハイデッカーは後述の夜行用エアロクィーン以外は廃車され、みちのりグループの茨城交通及び会津乗合自動車、グループ外の阿寒バスなど東北・北海道地区の会社へ移籍した。
マロニエ新宿号用に数台のトイレ付の貸切車が高速車へ転用改造された。運行開始時に用意された最初の1台は高速カラーへ変更されたが、その後に転用された車両は貸切カラーのままマロニエ新宿号に使用された。マロニエ新宿号撤退後は、1台がトイレ撤去の上貸切車に復元された[166]。
夜行高速バス「とちの木号」は、当初はスーパーハイデッカーを使用し、1999年に共同運行の近鉄バスに合わせ三菱ふそう・エアロキングを導入し主に使用。久喜駅停車に併せて2010年には2台目となるエアロキングが導入された。2002年に真岡・小山線(現在は休止)を新設時に導入したエアロクィーンは、夜行と北関東ライナーの共通予備車となっている[163]。
2019年7月に、みちのりグループの岩手県北自動車・茨城交通・会津乗合自動車に次いで、「みちのりエクスプレス(MEX)」カラーの新車2台が導入された。シャンパンゴールドを基調とし、みちのりオレンジでエントランスを包み込んだものとなっている。車体に入る社名表記は、他のグループ会社と異なり、日本語社名は入らず、新ロゴマークと「KANTO BUS」の組み合わせとなっている[167]。
いすゞ自動車と日野自動車の大型車両が多く、1998年までは日産ディーゼルの車両も導入していたが、翌年より三菱ふそうの車両が導入されている。1980年代後半と1991年および1998年から2003年までは、スーパーハイデッカーを中心に導入していた。2006年以降はセレガ・ガーラのハイデッカーのみ導入されている[163]。1993年以降一時期はトイレ付き車両も導入され、高速バスの代車や続行便にも使用されたほか、上述のように高速専用車に転用された車両も存在した[3]。
経年車の一部には、特定用途(スクールバス等)に転用されるケースもある[163][168]。また、転用車も含め廃車後に他社へ移籍した車両も存在する。
カラーリングは、かつては路線車と同じ塗装(三筋カラー)だったが、1986年のスーパーハイデッカー導入に際して赤3本帯を生かした白地ベースのデザインに変更された[165]。
2019年7月に、経営統合後の新塗装で新車7台が導入された。カラーリングは路線バス用新カラーリングに基本的に準じているが、フロントに縦の白帯3本、側面に赤の横帯3本というカラーリングとなっている[167]。
かつては、宇都宮市が構想する「東西基幹公共交通」として計画されていたLRTに対し「乗合バス事業者潰しである」として反対の立場を表明[59]、LRT検討委員会への参加を拒んでいた[注 12]。LRTの代替案として同社は基幹バスを提案し、行政と協議されていたが、最終的に基幹バス協議は2009年に決裂し、結果的に市の進めている東西基幹公共交通導入計画がストップする事態となった(詳細は宇都宮ライトレール#検討の進行と交通事業者との対立を参照)
経営主体が株式会社ジェイ・コーチからみちのりホールディングスに変わった2012年4月以降は、LRT導入計画への対応について方針を転換し、事業基盤喪失に対する補償等の条件を付けつつも、計画自体や経営参入には肯定的な姿勢を示している。
2015年に設立されたLRTの運営会社となる第3セクター「宇都宮ライトレール株式会社」には11%を出資、取締役も関東自動車から派遣されている[169]。
2023年8月26日の宇都宮ライトレールが運営する宇都宮芳賀ライトレール線の開業後には、当面の間宇都宮市からの運行支援を受けながら、同路線と周辺地域を結ぶフィーダーバス路線を運営するようになっている[170]。
佐渡汽船
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