金井 修也(かない しゅうや、1981年2月1日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。
群馬県伊勢崎市出身。実兄の影響で、名和小学4年よりバレーボールを始める。
2003年にVリーグの堺ブレイザーズに入団。
2006年度全日本代表候補に選ばれ、同年アジアクラブ選手権大会、第18回アジア太平洋カップ福岡国際男子バレーボール大会、アジアチャレンジカップなどに出場した。
2010年1月16日のJT戦で左手第四指中手骨骨折、全治10週間の怪我を負った。2012年5月の黒鷲旗大会をもって引退が発表された。2012年7月より太田市職員として勤務[1]。
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