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浜口 春好(はまぐち はるよし、1944年1月11日 - )は、徳島県出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。
徳島海南高校では1961年夏の甲子園予選南四国大会決勝に進むが、高知商のエース高橋善正に抑えられ9回裏0-1xでサヨナラ負け、甲子園出場を逸する。
卒業後は電電近畿へ入社。1965年の都市対抗に三塁手、四番打者として出場。小弓場保(日本生命から補強)の好投もあって勝ち進み、決勝で住友金属を降し電電公社の野球部として初優勝を飾る[1]。この時のチームメートに井上弘昭がいた。この大会では優秀選手に選ばれ、大会後の全日本代表中南米遠征チームにも選出された。
1965年プロ野球ドラフト会議で東映フライヤーズに3位で指名され入団。強打の内野手と期待され、1年目の1966年から一軍で起用される。シーズン終盤には二塁手として5試合に先発出場。しかしその後は出場機会に恵まれず、1968年に近鉄バファローズへ移籍し、同年限りで引退した。
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