松平 乗長(まつだいら のりなが、1868年11月24日(明治元年10月11日[1]) - 1928年(昭和3年)1月12日[1][2])は、明治から大正期の政治家、華族。貴族院子爵議員。旧姓・鍋島、旧名・賢二郎[1]。
経歴
肥前蓮池藩主・鍋島直紀の六男として生まれる[1][3]。母は鍋島直永の娘・謁女。1896年(明治29年)10月、子爵・松平乗命の養子となる[1][3]。1897年(明治30年)1月、乗長と改名[4]。養父の死去に伴い、1905年(明治38年)12月13日に子爵を襲爵した[1][5]。
1898年(明治31年)東京美術学校日本画科を卒業[2][3]。1915年(大正4年)皇子浴場之儀鳴弦控となる[2]。
1910年(明治43年)8月20日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[6]、研究会に所属して活動し、1925年(大正14年)7月9日まで3期在任した[2]。
栄典
親族
- 妻:芳子(養父二女)[1]
- 長男:乗文(旧名・辰雄、子爵)[1]
- 二男:乗武(海軍大尉、戦死)[1]
- 四男:乗光(松園信淳養子、離縁)[1]
脚注
- ^ a b c d e f g h i j 『平成新修旧華族家系大成 下巻』629-630頁。
- ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』56頁。
- ^ a b c 『人事興信録 第7版』ま44頁。
- ^ 『官報』第4064号、明治30年1月19日。1月17日届出。
- ^ 『官報』第6738号、明治38年12月14日。
- ^ 『官報』第8151号、明治43年8月22日。
- ^ 『官報』第21号「叙任及辞令」1927年1月25日。
参考文献
- 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
- 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成 下巻』霞会館、1996年。
乗政系 大給松平家第9代当主(1905年 - 1928年) |
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