『天才画の女』(てんさいがのおんな)は、松本清張の長編推理小説。画廊の支配人が、画壇に突如出現した、天才女性画家の謎を追うミステリー長編。「禁忌の連歌」第3話として『週刊新潮』に連載され(1978年3月16日号 - 1978年10月12日号、連載中の挿絵は濱野彰親)、1979年2月、新潮社から単行本として刊行された。
1980年にテレビドラマ化されている。
あらすじ
銀座の画廊・叢芸洞と光彩堂はライバル関係にあった。ある日、絵画の目利きとして知られる銀行社長の寺村素七は、超大家の作品のオマケとして付けられた絵を見て驚愕し、その画を描いた作者の他の作品をできるだけ欲しい、と光彩堂に注文を入れる。光彩堂社長の中久保精一と支配人の山岸孝次は、寺村が褒めるなら、絵の作者・降田良子の価値は今後上がり、商売になると踏み、降田良子を押さえにかかる。降田良子は、画の団体に所属したことも、展覧会に作品を出展したこともなかった。栗山弘三という画家に教わったことがあると聞いた山岸は、栗山のアパートを訪問するが、栗山の絵は降田良子の画と全く異なる、古臭い作風のものであった。
降田良子は画壇に現われた突然変異の天才なのか?降田良子の作品展を見た叢芸洞の支配人・小池直吉は、天才画家のルーツを探るべく、降田良子の故郷・福島県へと向かう。
主な登場人物
- 小池直吉
- 東銀座の画廊「叢芸洞」の支配人。
- 降田良子
- 突如注目を集め始めた女性画家。東中野のアパートに住む。福島県出身。
- 栗山弘三
- 一時的に降田良子を指導した老画家。豪徳寺在住。70歳過ぎ。
- 山岸孝次
- 銀座の画廊「光彩堂」の支配人。
- 中久保精一
- 光彩堂社長。小池をライバル視している。
- 寺村素七
- 陽和相互銀行社長。美術コレクターで、新人発見の眼力を持つことで知られる。63歳。
- 沢木庄一
- A大学教授兼美術評論家。気取り屋で、しばしばアメリカ仕込みの知性を誇示する。
- 原口基孝
- 高尚な顔立ちの仲介画商。画を風呂敷に包んで持ち歩く。
- 大江信太郎
- 叢芸洞社長。老人性結核を患い、高樹町の自宅に引っ込んでいる。62歳。
- 降田敬二
- 降田良子の兄。福島県の実家隣のカメラ店店主。
- 小山政雄
- 降田家の当主・降田福太郎の従兄。大分県宇佐郡出身。戦争で弾を頭に受け、精神障害になる。
エピソード
- 文芸評論家の郷原宏は、本作が『青のある断層』『真贋の森』『雑草群落』と続く絵画の贋作テーマの系列に属するが、それまでの贋作物とはやや趣を異にし、贋作テーマの推理小説でありながら、構造的にはむしろ『蒼い描点』を始点とする文学作品の「盗作」物に近い作品と述べている[1]。
- 日本文学研究者の鈴木優作は、1970年代の画壇状況を参照し、投機対象としての絵画購入ブームが1972年に頂点に達し、景気下降と金融引き締めとともに1973年春に沈滞、作中の光彩堂と叢芸洞は景気の再浮揚を狙う1977年頃の銀座の老舗画廊をモデルに造形していると考えられ、1978年に発表された本作は1970年代の画壇の経済的動向を正確に踏まえていると論じている[2]。また、小池の探偵行為が成果を結ばずに結末を迎える意味については、本作は敢えて満たされずに終わることが強調されることで、探偵側が抱く暴露の欲望への批評性が見いだせると論じ、光彩堂と叢芸洞の転落を結末で明示することで、読者自らが無意識に抱えているセンセーショナルな情報を求めてやまない欲望が批評の対象とされ、単に読者の客体としての社会悪の暴露に留まらず、読者自身にまで射程を広げた「大衆啓蒙的批評性を備えた作品」と本作を位置付けている[2]。
- 作中の大江信太郎による「ゴッホまでゆかなくても、精神薄弱者の天才少年が日本にもいた。精神医のS博士が後楯になっていて有名だった」について、「天才少年」は山下清、「S博士」は式場隆三郎を指すとされる[2]。
関連項目
テレビドラマ
「松本清張シリーズ・天才画の女」。1980年4月5日から4月19日まで、NHKの「土曜ドラマ」(20:00-21:10)にて3回にわたり放映。原作と異なり殺人事件を発端としている。
- キャスト
- スタッフ
NHK 土曜ドラマ |
前番組 |
番組名 |
次番組 |
離婚 (脚本: 橋田壽賀子) (1980.3.8 - 29)
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松本清張シリーズ 天才画の女 (1980.4.5 - 19)
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脚注
出典
- ^ 郷原宏「<赤い鰊>の群れる海-『蒼い描点』と『天才画の女』-」(『松本清張研究』第四号(2003年、北九州市立松本清張記念館)収録)
- ^ a b c 鈴木優作「欲望される<新人><女流><天才> -松本清張「天才画の女」論-」『近代文学論集』第49号 日本近代文学会九州支部、2024年、75-87頁
- ^ ガシマ