1965年の東映フライヤーズ(1965ねんのとうえいフライヤーズ)では、1965年の東映フライヤーズの動向をまとめる。
この年の東映フライヤーズは、水原茂監督の5年目のシーズンである。
概要
前年20勝投手3人(土橋正幸と尾崎行雄と嵯峨健四郎)を輩出し、また優勝の南海や2位の阪急をはじめ全球団に勝ち越しながらも、3位に終わったチームは打線の強化を図るべく、ロサンゼルス・ドジャースの名選手だったノーム・ラーカーを入団させ、巨人から坂崎一彦が吉田勝豊らとの交換トレードで移籍。打線の強化に成功したチームは南海・阪急ともども優勝候補にあがるが、シーズンが始まると南海が独走し、東映をはじめ5球団が追いかける展開。坂崎・ラーカーら新戦力が加入したチームは6月以降、南海に20ゲーム以上を付けられて終始苦戦。チームは南海が後半戦以降躓いたこともあり25ゲーム以上あったゲーム差を12ゲームに縮めたが、最終的には貯金15の2位で全日程を終えた。投手陣は土橋、尾崎などの活躍でチーム防御率2位と悪くなく、打撃陣も張本勲、坂崎、ラーカーが活躍し2位躍進の原動力となったが打率は.240と3位で、本塁打は107本とリーグ5位に終わった。
チーム成績
レギュラーシーズン
1965年パシフィック・リーグ順位変動
順位
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4月終了時
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5月終了時
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6月終了時
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7月終了時
|
8月終了時
|
9月終了時
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最終成績
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1位
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南海 |
--
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南海 |
--
|
南海 |
--
|
南海 |
--
|
南海 |
--
|
南海 |
--
|
南海 |
--
|
2位
|
東京 |
2.5
|
東京 |
10.5
|
東映 |
18.0
|
東映 |
21.5
|
阪急 |
25.0
|
東映 |
22.0
|
東映 |
12.0
|
3位
|
西鉄 |
3.0
|
西鉄 |
10.5
|
東京 |
20.5
|
西鉄 |
26.0
|
西鉄 |
25.0
|
西鉄 |
22.5
|
西鉄 |
15.5
|
4位
|
東映 |
3.5
|
阪急 |
11.5
|
阪急 |
21.5
|
東京 |
28.0
|
東映 |
26.0
|
阪急 |
24.5
|
阪急 |
21.5
|
5位
|
近鉄 |
5.5
|
東映 |
12.0
|
西鉄 |
22.0
|
阪急 |
28.0
|
東京 |
29.5
|
東京 |
30.0
|
東京 |
25.5
|
6位
|
阪急 |
6.5
|
近鉄 |
15.5
|
近鉄 |
23.0
|
近鉄 |
31.5
|
近鉄 |
38.5
|
近鉄 |
42.0
|
近鉄 |
42.5
|
[1]
オールスターゲーム1965
できごと
選手・スタッフ
[3][4]
表彰選手
ベストナイン
|
選手名 |
ポジション |
回数
|
尾崎行雄 |
投手 |
初受賞
|
張本勲 |
外野手 |
6年連続6度目
|
ドラフト
出典
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1940年代 | |
---|
1950年代 | |
---|
1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
---|
1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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1946年の公式戦再開に先立って、1945年は終戦後開催の東西対抗戦にセネタースの選手が参加。 |