李天秀
李 天秀(イ・チョンス、이천수、1981年7月9日 - )は、大韓民国出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。
経歴
1997年、富平高等学校(朝鮮語版)に入学。この頃から既に将来を嘱望されていた。1999年のニューイヤーユースサッカーに韓国U-18ユース代表として出場。高麗大学校時代から海外志向が人一倍強くリール、ブレシアの入団テストを受けている[1][2]。
2002年、高麗大学校から20歳で韓国Kリーグの蔚山現代に入団し頭角を現す。同年に自国開催されたワールドカップのメンバーにも選出され、韓国のベスト4進出に貢献した。
2003年にスペインのレアル・ソシエダに完全移籍。2004年にCDヌマンシアに期限付き移籍した。しかしレアル・ソシエダでのデビュー戦でアシストを決めたもののスランプに陥り、「クラブ史上最低の契約選手の一人」とも言われ、ヌマンシアでも「おだてるとスパイクをくれる選手」と蔑まれるなど評価は低く[3]、スペインでは2年で28試合出場無得点に終わった。2005年途中より蔚山現代に復帰。シーズン途中の加入ながら11試合に出場し8得点を挙げ、Kリーグの年間MVPを獲得した。
2006年のドイツW杯にもグループリーグ3試合に出場。初戦のトーゴ戦ではフリーキックを直接蹴り込みゴールを決めた。
2007年、オランダのフェイエノールトへ移籍。移籍金は200万ユーロ(約3億2000万円)。10月21日のエクセルシオール戦でオランダデビューを飾った。2007年の夏にはチェルシーFCへの入団を希望していたが叶わなかった[4]。しかし、2008年1月に足首を負傷して戦線を離脱。その後復帰するも、故障の再発により無得点という不本意な成績のままシーズンを終えた。国内で手術後のリハビリに努めている間、クラブは新監督G・ファーベクのもとでの来季構想を発表。李は戦力外となり、移籍を余儀なくされた。
2008年7月、フェイエノールトから水原三星ブルーウィングスへレンタル移籍。期間は1年、レンタル料は50万ユーロ(約8400万円)。しかし、わずか3試合に出場したところで試合から遠ざかり、同年12月、水原はプロサッカー連盟に対し、李への任意脱退の公示を要請した。任意脱退とは、クラブが選手との契約を一時ストップする制度であり、当該選手はすべての活動資格をはく脱され、復帰するまで給与も支払われない。水原が明らかにした任意脱退公示要請の理由は、李の練習不参加および指示不履行。水原は「チャンピオン戦を控え、11月16日から23日にかけて行われた慶州キャンプで、李が負傷を理由に練習を軽視し、その後コーチ陣によるリハビリ治療の指示にも従わなかった」と明らかにした。
2009年2月25日、Kリーグの全南ドラゴンズへレンタル移籍。3月7日Kリーグ開幕戦にて レフリーのジャッジを不服とし「銃で撃つジェスチャー」での威嚇・暴言等で警告。6試合出場停止・罰金600万ウォンの処分を受ける。さらにKリーグ賞罰委員会による社会奉仕命令が下され、プロサッカー選手として初めて試合前のフェアプレーフラグ旗手としてピッチに立った経験も持つ。同年7月、コーチ陣と衝突した末にチームを無断で離れ、任意引退選手となる。全南とのレンタル契約が終了するまでKリーグでは活動できないこととなり[5]、 同月、サウジ・プロリーグのアル・ナスルへ移籍した。しかし給与未払い等の不満もあり、翌年3月には韓国へ帰国した。
2010年6月から大宮アルディージャに練習生としてキャンプに参加し、同年8月に大宮と2011年1月1日までの正式契約を結んだ[6]。同年12月には1年間の契約延長が発表された。2012年1月、契約満了により退団[7]。
2013年よりKリーグ・仁川ユナイテッドFCと契約。10月14日、仁川広域市南洞区の飲食店で暴行事件を起こし、書類送検され[8]、10月25日、罰金2000万ウォンとシーズン残り試合の出場停止などの処分を受けた[9]。
2015年11月、現役引退を表明[10]。2016年以降は韓国のテレビ局でサッカー解説者として活動する。
2020年の第21代総選挙では仁川から出馬する共に民主党候補たちを支援したが、2024年の第22代総選挙では桂陽区乙から出馬する国民の力の元喜龍の後援会長を務めた[11]。
所属クラブ
個人成績
代表歴
出場大会
試合数
- 国際Aマッチ 79試合 11得点(2000年-2008年)[12]
韓国代表 | 国際Aマッチ |
年 | 出場 | 得点 |
2000 |
9 |
3
|
2001 |
6 |
1
|
2002 |
16 |
1
|
2003 |
6 |
0
|
2004 |
4 |
1
|
2005 |
9 |
0
|
2006 |
17 |
3
|
2007 |
10 |
2
|
2008 |
1 |
0
|
通算 |
79 |
11
|
タイトル
個人
- 2002年 - Kリーグ 新人王
- 2002年 - Kリーグ ベストイレブン
- 2002年 - Kリーグ アシスト王
- 2002年 - アジア年間最優秀ユース選手賞
- 2004年 - ソリア市選定年間最優秀選手[13]
- 2005年 - Kリーグ 年間MVP
- 2005年 - Kリーグ ベストイレブン
- 2006年 - A3チャンピオンズカップ MVP
- 2006年 - A3チャンピオンズカップ 得点王
クラブ
脚注
外部リンク
タイトル・受賞歴 |
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1980年代 |
- 83: 趙廣來, 朴昌善
- 84: 朴昌善, 許丁茂, 趙榮增
- 85: 朴商寅, 李興實, 朴垣緒
- 86: 曺敏國, 李興實, 尹星孝
- 87: 金三洙, 魯壽珍, 李興實
- 88: 崔震澣, 金相鎬, 皇甫官
- 89: 李興實, 趙徳濟, 姜才淳
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1990年代 |
- 90: 崔震澣, 李興實, 崔大植
- 91: 金鉉錫, 李永鎮, 金鋳城, 崔康熙, 李相潤
- 92: 辛弘基, 金鉉錫, 申台龍, 朴泰夏, 申東喆
- 93: 金判根, 申台龍, 金東海, 李相潤, 金奉吉
- 94: 申台龍, 高正云, 皇甫官
- 95: 申台龍, 高正云, 金鉉錫, 金判根, アミル
- 96: 申台龍, バデア, 洪明甫, 河錫舟, 金鉉錫
- 97: 金鉉錫, 申晉遠, 金仁完, 李晉行, 鄭在權
- 98: 高宗秀, 柳想鐵, 白承哲, 安貞桓, 鄭正洙
- 99: 徐正源, 高宗秀, デニス, 高正云
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2000年代 |
- 00: アンドレ, 申台龍, 全慶埈, デニス
- 01: 申台龍, 徐正源, 宋鐘國, 南基一
- 02: 申台龍, 李天秀, アンドレ, 徐正源
- 03: 申台龍, 李城南, 李官雨, 金南一
- 04: 金東進, タバレジュ, 金斗炫, 金大儀
- 05: 李天秀, 李浩, 金斗炫, 趙源熙
- 06: 金斗炫, 李官雨, 白智勳, ポポ
- 07: タバレジュ, 李官雨, 金基東, 金斗炫
- 08: 金炯氾, 趙源熙, 奇誠庸, 李菁龍
- 09: 崔兌旭, 奇誠庸, 金正友, エニーニョ
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2000年代 |
- 10: モリーナ, 尹ビッカラム, 具滋哲, エニーニョ
- 11: 廉基勳, 尹ビッカラム, 河大成, エニーニョ
- 12: モリーナ, 河大成, 黄辰成, 李根鎬
- 13: 高武烈, 李明周, 河大成, レオナルド
- 14: 林相協, 高明振, 李承琪, 韓敎元
- 15: 廉基勳, 李在成, 権昶勲, 宋珍炯
- 16: ロペジュ, 権昶勲, 李在成, レオナルド
- 17: 廉基勳, 李在成, 李昌敏, 李承琪
- 18: ネゲバ, 崔榮峻, アギラール, ロペジュ
- 19: 文宣民, 金甫炅, セジーニャ, ワンデルソン
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2020年代 |
- 20: 韓敎元, 孫準浩, セジーニャ, パロセヴィッチ
- 21: 林相協, ヴァコ, セジーニャ, 李東俊
- 22: 金大元, 申塡灝, セジーニャ, 李青龍
- 23: ジェルソ, オベルダン, 李淳敏, 嚴元相
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MVP - 得点王 - アシスト王 - 若手選手賞 - ベスト11(GK - DF - MF - FW) |
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