国立演芸場(こくりつえんげいじょう、英語:National Engei Hall)は、東京都千代田区隼町の国立劇場の一部として1979年(昭和54年)に開場した国立の演芸場。独立行政法人日本芸術文化振興会が運営している。
概要
1階には演芸資料館、2階には舞台(全席300席)と売店がある。舞台後方には入江相政による「喜色是人生」の額がかかっている。定席の場合、7・8月は舞台後方の襖がすだれや障子に代わる。
公演形態は上席(1日 - 10日)と、中席(11日 - 20日)であり、通常の寄席にはある下席(21日 - 30日)はない。なお、原則的に昼の部のみであるが、夜の部が行われる日もあり、この場合は二回公演となる(大阪・なんばグランド花月や名古屋・大須演芸場と同様に、一回目と同じ出演者が二回目も勤める)。
落語協会と落語芸術協会が上席と中席を分け合い、各々出演者を配給している。どの協会が上席で、どの協会が中席かはその月による[2]。なお、上席がない月もある。
月に一度、「国立名人会」が行われる。かつての東宝名人会と同様に、主演者は協会の垣根を超えて顔付けされる。開催日時はその月による(上席や中席の公演が終わった後に開催する場合と、21日以降の昼間に開催する場合がある)。一月上席は「新春国立名人会」が行われる(出演者は日替り)。また、都内の定席寄席に出演できない五代目円楽一門会(10月)、落語立川流(5月)が毎年1回それぞれ自団体の公演を行う。
2020年、新型コロナウイルス感染予防のため、3月1日から7月31日までの定席・主催公演はすべて中止となった[3]。8月1日より、感染予防対策をとり定員を限定、また企画を一部変更して主催公演を再開している。
2023年10月をもって改築工事に伴い、一旦閉場となる[4]。2022年10月以降の公演は「初代国立演芸場さよなら公演」と銘打たれて行われている。再開場は2029年秋の予定[4]。
花形演芸会・花形演芸大賞
毎月最終週の週末の昼間には「花形演芸会」が行われる。ジャンルは落語だけではなく色物も含まれる。
花形演芸会の出演資格は、入門から20年以内の若手。4月から翌年3月までの出演者のうち優秀な成績をおさめた出演者が「銀賞」として表彰され、翌年度から1年間に2回レギュラー出演が可能となる。「金賞」と「花形演芸大賞」はこのレギュラー出演者の中から選ばれる。レギュラー出演者としては最長10年間出演可能であるが、入門20年を超えた時点で卒業となる[5]。
出演者から毎年「花形演芸大賞」(大賞・金賞・銀賞)が決定され、贈賞式を兼ねた「花形演芸会スペシャル」が翌年の6月に開催される(2023年は建て替えのため、翌2024年3月に紀尾井小ホールで贈賞式を兼ねた「花形演芸会スペシャル」を実施予定[6])。
建て替え
国立劇場の一部として、2023年10月から建て替え工事を実施しており、2029年秋に完成予定である[8]が、人件費や円安などによる資材の高騰などが要因となり、2度にわたる建て替え業者の入札が不調に終わっており、2023年の段階で3度目の入札が行われる目途が立っていない状態と報じられており、休館期間の長期化が懸念されている[9][10]。
建て替え期間中は「独立行政法人日本芸術文化振興会主催」として、2024年1月より東京では紀尾井小ホール、千代田区立内幸町ホール、渋谷区文化総合センター大和田内6階の伝承ホール、深川江戸資料館(主に江戸落語、原則として落語協会・落語芸術協会それぞれ5日間単位で月2回予定。「花形演芸会」や「落語立川流一門会」なども同様)などの公共施設、大阪では国立文楽劇場(主に上方落語)などで公演を予定している。
その他
- 平成後期以降、2月は林家正雀・十一代目金原亭馬生を中心にした「鹿芝居」(落語家による茶番劇)を大喜利とする興行が行われていた。
- 開館当初、花王名人劇場の収録会場として利用されることが多かった。
- 都内の他の寄席に比べて音響・照明などの設備が整い、専門スタッフも常駐している。
- 毎年、主な出演者の高座写真を使ったカレンダーが作成・販売されていた。
- 2021年現在の東京の寄席定席では、唯一窓口でチケット購入時にクレジットカード決済ができる会場である[11]。
- 東京の寄席定席では唯一、来場者が利用可能な駐車場がある(国立劇場と兼用)。開演の1時間前から終演までのみ利用可能。
- 東京の寄席定席の中で、高座に置かれるめくりに亭号まで入りフルネーム表示となるのはここだけである[12]。
- 東京メトロの駅に定席公演のポスターを貼り出している。
- 日本テレビ『笑点』は、2023年8月13日と20日の放送分の収録を最初で最後となる国立演芸場で行った。演芸コーナーの出演者は桂小すみ(13日)、こばやしけん太(20日)。大喜利はこの2回分のみの座布団枚数がカウントされ、最も多くの座布団を獲得した春風亭一之輔には演芸場の前に通常飾られている「国立演芸場」の名前入りの赤い幟(実物)がプレゼントされた。収録後には記者会見が行われ、それぞれが初代演芸場の思い出と新演芸場への期待、かつてのメンバーであった五代目三遊亭圓楽・桂歌丸・六代目三遊亭円楽[13]の思い出を語った[14]。
定紋
関連項目
- 日本芸術文化振興会
- その他
出典
外部リンク