ヒッチョウカ
ヒッチョウカ [5] (畢澄茄、学名 : Piper cubeba )またはクベバ [6] [7] は、コショウ属 植物の1種である。またその乾燥果実の生薬 名。その果実 と精油 のために栽培される。主にジャワ島 とスマトラ島 で育てられ、そのためにジャワ長胡椒 と呼ばれることがある。果実は成熟前に摘み取られ、注意深く乾燥される。商品のヒッチョウカは乾燥したベリー から成る。見た目はコショウ と似ているが、柄が付いており、英名の "tailed pepper" の由来となっている。乾燥した果皮 はしわが寄り、その色は灰色がかった茶色から黒まで多岐にわたる。種子 は硬く、白色で油分が多い。ヒッチョウカの香りは心地よく、香りが良いとされ、味は刺激的な辛さで、鼻を突き、わずかに苦く、持続性がある。オールスパイス あるいはオールスパイスとコショウを足して2で割ったような味とされている。
ヒチョウカはアラブとの交易によりインド を介してヨーロッパへ伝わった。「Cubeb」という名称はアラビア語 のkabāba (كبابة )[9] 由来であり、古フランス語 のquibibes を経由している[10] 。ヒッチョウカはそのアラビア語名で錬金術 の書籍で言及されている。ジョン・パーキンソン は著書『植物の世界(Theatrum Botanicum )』において、1640年頃にポルトガル王がクロコショウ(Piper nigrum )を奨励するためにヒッチョウカの販売を禁止した、と述べている。医学的使用のために19世紀のヨーロッパでしばらく復活したが、以後のヨーロッパの市場からは実質的に消えている。西洋ではジン および紙巻きたばこ のための香料 として、インドネシア では食品の香辛料として使われ続けている。
歴史
Piper cubeba 。『ケーラーの薬用植物 』(1887年)から。
紀元前4世紀、テオプラストス はkomakon に言及し、シナモン とカシア と共に芳香菓子の原料に含めた。ギヨーム・ビュデ とクラディウス・サルマシウス (英語版 ) はkomakon をcubebと同一視した。これはおそらくcubebのジャワ語 名kumukus との類似性からである。これは、テオプラストスの時代よりも前の時代のジャワとギリシャの貿易の奇妙な証拠として見られている[11] 。ジャワ人の栽培者らは、実を熱湯処理して殺菌することでこのつる植物を他の場所では栽培できないようにして、交易の独占 を守っていたため、ギリシア人が他の場所から入手したとは考えにくい[9] 。
唐 時代に、ヒッチョウカはシュリーヴィジャヤ王国 から中国へもたらされた。インドでは、kabab chini 、すなわち「中国のcubeb」と呼ばれるようになった。これはおそらく中国人がその交易に一枚かんでいたためであるが、中国との交易において重要な物品であったためである可能性がよりありえそうである。中国では、同じ語源のサンスクリット語 のvilenga やvidanga と呼ばれた[12] 。『海薬本草』の作者である李珣はクロコショウと同じ木に生ると考えた。唐の医者は、食欲増進、祛邪、髪色を濃くする、身体を芳香で満たすためにヒッチョウカを処方した。しかしながら、ヒッチョウカが中国で調味料として使われたことを示す証拠は存在しない[12] 。
9世紀に編纂された『千夜一夜物語 』は、不妊のための治療薬としてヒッチョウカに言及している。これはアラブでは既に医療目的のために使われていたことが示している。ヒッチョウカは10世紀頃にアラブ料理 (英語版 ) に取り入れられた[13] 。13世紀末に書かれた『東方見聞録 』はヒッチョウカや他の価値のある香辛料の生産地とジャワを説明している[11] 。14世紀、ヒッチョウカはルーアン とリッペ の商人によってコショウの名前で穀物海岸 からヨーロッパへと輸入された。フランシスコ修道会の作家フランセスク・アシメニス (英語版 ) による暴食 の実例を挙げた道徳物語 は、世俗的な聖職者の食生活を描いたもので、入浴後に卵の黄身にシナモンとヒッチョウカを加えた奇妙な調合物をおそらく媚薬として摂取している[14] 。
ヒッチョウカは、中国の人々によってそうであったように、ヨーロッパの人々によって悪魔を退けると考えられていた。17世紀末にエクソシスム の方法について書いたカトリック司祭 ルドヴィコ・マリア・シニストラリ は、インキュバス (夢魔)を追い払うための香の材料にヒッチョウカを含めた[15] 。今日でも、シニストラリによる香の調合法はネオペイガニズム 作家らによって引用され、これらの作家の一部はヒッチョウカを恋の小袋や呪文で使うことができると主張している。
販売が禁止された後、ヒッチョウカの料理での使用はヨーロッパで劇的に減少し、医学的な応用のみが19世紀まで続いた。20世紀初頭、ヒッチョウカはインドネシアからヨーロッパとアメリカ合衆国へ定期的に出荷されていた。交易は次第に年間 135 t (133ロングトン ; 149ショートトン ) まで減少し、1940年より後に実質的な意味において終わった[16] 。
化学成分
α-クベベンの化学構造
乾燥したヒッチョウカの果実は、モノテルペン 類(サビネン 50%、α-ツジェン 、およびカレン )、セスキテルペン 類(カリオフィレン 、コパエン 、α- およびβ-クベベン (英語版 ) 、δ-カジネン 、ゲルマクレン )、1,4- および1,8-シネオール 、ならびにクベボール (英語版 ) から構成される精油を含む。
揮発性油のおよそ15%は水と一緒にヒッチョウカを蒸留 することによって得られる。液体成分のクベベンは化学式C15 H24 を持ち、α-クベベンとβ-クベベンがある。これらはアルケン 部分 の位置のみが異なっており、二重結合 が環内(5員環部分)にあるのがα-クベベン、環外にあるのがβ-クベベンである。薄い緑色の粘性のある液体で暖まる木のような、わずかに樟脳 様の芳香を持つ[17] 。水と共に精留 後、あるいは保存中、ヒッチョウカの樟脳 の菱形 結晶が沈殿する。
クベビン(C20 H20 O6 [18] )はヒッチョウカ中に存在する結晶性固体であり、1839年にウジェーヌ・スーベラン (英語版 ) とイサント・キャピテーヌ(Hyacinthe Capitaine)によって発見された[19] 。これはクベベンから、あるいは精油を蒸留後に残った果肉から調製されるかもしれない。この薬物は、ガム (英語版 ) 、脂肪油、リンゴ酸 のマグネシウム およびカルシウム 塩と共に、およそ1%のクベブ酸(cubebic acid)とおよそ6%の樹脂 を含む。
使用
民間療法における歴史
中世 のアラブの薬草医 は大抵錬金術 を熟知しており、ヒッチョウカはal butmの水を調製する時にkababa という名前で使われた[20] 。イングランド におけるヒッチョウカの近代の使用は淋病 の治療のためであり、その殺菌作用は大いに価値があった。ウィリアム・ワイヤット・スクワイア(William Wyatt Squire)は1908年に、ヒッチョウカの果実が「泌尿生殖器の粘膜 に対して特異的に作用する。淋病 の全ての段階に与えられる」と書いた[21] 。1921年に印刷された『The National Botanic Pharmacopoeia』は、ヒッチョウカが「flour albus[22] [23] のための素晴らしい治療薬」であったと記した[24] 。
料理
ヨーロッパでは、ヒッチョウカは中世期に高価な香辛料の1つであった。肉の香り付け (英語版 ) として粉にされたり、ソースで使われたりした。中世のレシピはアーモンドミルク と数種類の香辛料からなる「sauce sarcenes」を作るのにヒッチョウカを含めている[25] 。芳香菓子類として、ヒッチョウカは砂糖漬けにされたり丸ごと食べられたりした[26] 。ヒッチョウカ、クミン 、およびニンニク を浸出させた酢 であるOcet Kubebowyは14世紀のポーランド において肉のマリネ のために使われた[27] 。ヒッチョウカは香りの良いスープの風味を増すために使うことができる。
ヒッチョウカはアラブを経由してアフリカに到達した。モロッコ料理 では、ヒッチョウカは香りの良い料理や、markouts のようなパン菓子で使われる[13] 。また、名高い混合香辛料ラスエルハヌート の原料の一覧で見られることがある。インドネシア料理 、特にインドネシアのグライ (英語版 ) (カレー)では、ヒッチョウカが頻繁に使用される。
紙巻きたばこと酒
ヒッチョウカは喘息 、慢性咽頭痛 、および花粉症 のための紙巻きたばこ の一種で頻繁に使用された。クベブたばこを好んだエドガー・ライス・バローズ は、もしこれほど多くのクベブを吸っていなかったとしたら、『ターザン 』は存在していなかったもしれない、とおどけて述べた。Marshall's Prepared Cubeb Cigarettesが人気のあるブランドで、第二次世界大戦中まで製造されるだけの売り上げがあった[28] 。
2000年、クベバ油はノースカロライナ州 健康福祉局のタバコ予防管理部局によって発表されたたばこの添加物の一覧 に含められた[29] 。
ボンベイ・サファイア ・ジンはヒッチョウカやギニアショウガ を含む植物で風味付けされる。このブランドは1987年に始められたが、その製造者はこれが1761年に遡る秘密のレシピに基づいていると主張している。辛くてヒリヒリする味を持つウクライナのコショウ風味の焦げ茶色のホリールカ であるペルツォフカ (英語版 ) はヒッチョウカとトウガラシ を付け込んで作られる[30] 。
その他
John Varvatos Vintageは芳香のための原料の1つとしてヒッチョウカを使用する。
ヒッチョウカはパチョリ の精油の混ぜ物 (英語版 ) として使われることがあり、パチョリの使用者は注意が必要である[31] 。同様に、ヒッチョウカはPiper baccatum (スウェーデン語版 ) やPiper caninum (ワライ語版 ) で混ぜ物をされる[32] 。
脚注
^ “Piper cubeba ”. Plants of the World online . Kew Botanical Garden. 2021年9月11日 閲覧。
^ "篳澄茄" . 動植物名よみかた辞典 普及版 . コトバンク より2021年9月11日閲覧 。
^ a b "クベバ" . 精選版 日本国語大辞典 . コトバンク より2021年9月11日閲覧 。
^ a b c GBIF Secretariat (2021年). “Piper cubeba L.fil. ”. GBIF Backbone Taxonomy . 2021年9月11日 閲覧。
^ 水野 瑞夫、清水 孝重、井上 健夫、藤井 正美「<資料>本草書に収載されている着色料生薬について 」『岐阜藥科大學紀要』第44巻、1995年、54–59頁。
^ 福井 富次郎「辛味の科学(1)」『生活衛生』第8巻第4号、1964年、121–129頁、doi :10.11468/seikatsueisei1957.8.121 。
^ “蓽澄茄 ”. 富山大学和漢薬総合研究所 民族薬物資料館. 2020年11月16日 閲覧。
^ a b Katzer 1998
^ Hess 1996 , p. 395
^ a b Cordier, Yule 1920 Chapter XXV.
^ a b Schafer 1985 , p. 151
^ a b Hal 2002 , p. 32
^ Freedman, Paul (2007). “Some basic aspects of Medieval cuisine” . Annales Universitatis Apulensis, Series Historica 11.1 : 44-60. http://www.diam.uab.ro/istorie.uab.ro/publicatii/colectia_auash/annales_11/4%20paul_freedman.pdf .
^ Sinistrari 2004 , pp. 56–57
^ Weiss 2002 , p. 180.
^ Lawless 1995 , p. 201
^ “Cubebin - PubChem Compound - NCBI ”. pubchem.ncbi.nlm.nih.gov . 2020年11月16日 閲覧。
^ Capitaine, H.; Soubeiran, E. (1839). “Notiz über das Cubebin”. Annalen der Pharmacie 31 (2): 190–192. doi :10.1002/jlac.18390310211 .
^ Patai 1995 , p. 215
^ Squire 1908 , p. 462
^ Trichomonas vaginalis (英語版 ) 感染症。
^ ICD9Data.Com. “2007 ICD-9-CM Diagnosis Code 623.5 - Leukorrhea not specified as infective ”. 2020年11月16日 閲覧。
^ Scurrah 1921 , p. 34
^ Hieatt 1988
^ Pynchon 1973 , p. 118
^ Dembinska 1999 , p. 199.
^ Shaw 1998 .
^ “Cigarette Ingredients ”. Tobacco Prevention and Control Branch, North Carolina Department of Health and Human Services (2000年). 2006年2月11日 閲覧。
^ Grossman 1983 , p. 348
^ Long 2002 , p. 78
^ Seidemann 2005 , p. 290
参考文献
Adams, E. (1847), The Seven Books of Paulus Aegineta, translated from Greek, Vol.3 , London: The Sydenham Society .
Cordier, Henri; Yule, Henry, “The Travels of Marco Polo, Volume 2 by Marco Polo and Rustichello of Pisa” , The Travels of Marco Polo , http://www.fullbooks.com/The-Travels-of-Marco-Polo-Volume-210.html , "January 9, 2006, 1920" .
Culpeper, Nicholas (1654), Pharmacopoeia Londoninsis: or The London Dispensatorie , London: Peter Cole .
Davidson, Alan (1999), The Oxford Companion to Food , Oxford University Press, ISBN 978-0-19-211579-9 , https://archive.org/details/oxfordcompaniont00davi_0 .
Dembinska, Maria (1999), Food and Drink in Medieval Poland , University of Pennsylvania Press, ISBN 978-0-8122-3224-0 .
Grossman, Harold J. (1983), Grossman's Guide to Wines, Beers, and Spirits , Wiley, ISBN 978-0-684-17772-4 , https://archive.org/details/grossmansguideto0000gros_c0c4 .
Hal, Fatema (2002), The Food of Morocco: Authentic Recipes from the North African Coast , Periplus, ISBN 978-962-593-992-6 .
Harris, Jessica B. (1998), The Africa Cookbook , Simon & Schuster, ISBN 978-0-684-80275-6 , https://archive.org/details/africacookbookta0000harr .
Hess, Karen (1996), Martha Washington's Booke of Cookery and Booke of Sweetmeats , Columbia University Press, ISBN 978-0-231-04931-3 .
Hieatt, Constance B. (Ed.) (1988), An Ordinance of Pottage , Prospect Books, ISBN 978-0-907325-38-3 .
Katzer, Gernot (April 25, 1998), “Cubeb pepper (Cubebs, Piper cubeba)” , Gernot Katzer's Spice Pages , http://gernot-katzers-spice-pages.com/engl/Pipe_cub.html .
Khare, C.P. (2004), Indian Herbal Remedies: Rational Western Therapy, Ayurvedic and Other Traditional Usage, Botany , Springer, ISBN 978-3-540-01026-5 .
Lawless, Julia (1995), The Illustrated Encyclopedia of Essential Oils: The Complete Guide to the Use of Oils in Aromatherapy and Herbalism , Element Books, ISBN 978-1-85230-721-9 .
Long, Jill M. (2002), Permission to Nap: Taking Time to Restore Your Spirit , Sourcebooks, ISBN 978-1-57071-938-7 .
Mathers, E.P. (1990), The Book of the Thousand Nights and One Night (Vol. 2) , Routledge, ISBN 978-0-415-04540-7 .
Patai, Raphael (1995), The Jewish Alchemists , Princeton University Press, ISBN 978-0-691-00642-0 .
Pynchon, Thomas (1973), Gravity's Rainbow , Penguin Classics (1995 reprint edition), ISBN 978-0-14-018859-2 .
Schafer, Edward H. (1985), The Golden Peaches of Samarkand: A Study of T'Ang Exotics , University of California Press, ISBN 978-0-520-05462-2 .
Scurrah, J. W. (1921), The National Botanic Pharmacopoeia, 2nd Ed. , Bradford: Woodhouse, Cornthwaite & Co. .
Seidemann, Johannes (2005), World Spice Plants: Economic Usage, Botany, Taxonomy , Springer, ISBN 978-3-540-22279-8 .
Shaw, James A. (January 1998), “Marshall's Cubeb” , Jim's Burnt Offerings , オリジナル の2004-02-23時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20040223021333/http://www.wclynx.com/burntofferings/packscubeb.html 2013年12月5日 閲覧。 .
Sinistrari, Ludovico M. and Summers, Montague (Translator) (2003), Demoniality , Kessinger Publishing, ISBN 978-0-7661-4251-0 .
Sloman, Larry (1998), Reefer Madness: A History of Marijuana , St. Martin's Griffin, ISBN 978-0-312-19523-6 , https://archive.org/details/reefermadnesshis0000slom .
Stearns, Cyrus (2000), Hermit of Go Cliffs - Timeless Instructions of a Tibetan Mystic , Wisdom Publications, ISBN 978-0-86171-164-2 .
Squire, W. (1908), Squire's Companion to the latest edition of the British Pharmacopoeia, 18th ed. , London: J. and A. Churchill .
Weiss, E. A. (2002), Spice Crops , CABI Publishing, ISBN 978-0-85199-605-9 .
帰属
関連項目