スタチン (statin)、またはHMG-CoA還元酵素阻害薬は、HMG-CoA還元酵素の働きを阻害することによって、ヒトの血液中のコレステロール値を低下させる薬物の総称である。
1973年に日本の遠藤章らによって最初のスタチンであるメバスタチン(コンパクチン)が発見されて以来、様々な種類のスタチンが開発され、高コレステロール血症の治療薬として世界各国で使用されている。世界全体での合計販売額は2003年から2011年で年間200億円を超える[1]。近年の大規模臨床試験により、スタチンは高脂血症患者での心筋梗塞や脳血管障害の発症リスクを低下させる効果があることが明らかにされている。
1971年春[1]、三共(現:第一三共)の発酵研究所に所属していた遠藤章のグループは、HMG-CoA還元酵素を阻害する物質の研究を開始した。HMG-CoA還元酵素はメバロン酸の合成に必要な酵素であり、メバロン酸は菌類の細胞膜・細胞骨格構成成分の重要な素材であることから、自己防衛手段としてこの酵素を阻害する物質を持つ微生物が存在するのではないかと彼らは考えたのである[2]。
カビやキノコが生成する6,000種に及ぶ物質を調べた結果、1973年、遠藤らはアオカビの一種(Penicillium citrinum)から最初のHMG-CoA還元酵素阻害薬であるメバスタチン(コンパクチン)を発見した[1][3]。彼らはメバスタチンの構造やHMG-CoA還元酵素を阻害するメカニズムについて解析すると共に、実際に血中のコレステロール値を低下させることができるかどうか、動物実験による検討を行った。ラットやマウスなど齧歯類では再現性のあるデータを得られなかったものの、ニワトリ(鶏)やイヌ、そしてヒトにより近いサルでは血中コレステロール値は20-50%程度低下し、メバスタチンの効果を実証することに成功した[4][5]。ラットで期待した結果が得られず、細々と研究を続けていた1976年、飲み屋で居合わせた同僚の獣医師から雌鶏を動物実験に使っていると聞き、毎日産卵する雌鶏であれば血中コレステロールが多く、効果を確認しやすいと着想したという[1]。
ヒトの脂質異常症患者や健康なボランティアを対象にした小規模試験においてもメバスタチンの有効性が示され、1979年に日本国内での臨床試験が開始された。しかし、長期高濃度投与実験を行っていたイヌで副作用が発生した[2]。同年、遠藤は東京農工大学に移籍し、三共は翌1980年に医薬品としての開発を中止した[1]。一方でこの間、家族性高コレステロール血症で心臓発作を度々起こしている10代後半女性へ使いたいという大阪大学医学部附属病院医師からの要請により1978年2月に投与が行なわれたところコレステロール値が低下し、同年8月までに重症患者9人に使われて効果が確認された[1]。この、最初にスタチンを服用した女性はその後に結婚・出産して、2006年に遠藤が日本国際賞受賞時(後述)も駆けつけて祝ったという[1]。
1981年には、金沢大学の研究グループが臨床試験の結果を医学誌に発表するなどして、メバスタチンの効果が世界的に知られるようになった[1]。アメリカ合衆国の大手製薬企業メルク(MSD) は、遠藤からサンプルやデータの提供を受けながら独自に研究開発を進めた結果、コウジカビの一種(Aspergillus terreus)から新たなスタチンであるロバスタチンを分離することに成功した[2]。
その後の臨床試験で、ロバスタチンは安全性が比較的高く、メバスタチンと同程度のコレステロール低下作用を持つことが示された[6]。1987年にアメリカ食品医薬品局 (FDA) から医薬品として承認され、1989年に製品化された[1]。こうしてロバスタチンは製品化された最初のスタチンとなった[7]。
高コレステロール血症は(心血管障害・脳血管障害を導く)動脈硬化症の主要なリスク要因の一つと考えられている[8]。スタチンの発見により、無症状の段階を含めて動脈硬化症の悪化を防ぐことができるようになり[1]、高コレステロール血症と関連疾患の予防、および基礎研究に多大な進歩をもたらした。遠藤と共同研究を行い、コレステロールの代謝・作用機序を解明したアメリカのマイケル・ブラウンとジョーゼフ・ゴールドスタインの2名に、1985年のノーベル生理学・医学賞が贈られている。
遠藤もまた「スタチンの発見と開発」における一連の業績により、2006年の日本国際賞、さらに2008年には「アメリカのノーベル医学生理学賞」とも言われるラスカー賞(臨床医学研究部門)を受賞した[9]。日本では、東海大学内科助教授(当時)中谷矩章、京都大学老年科教授(当時)北徹、金沢大学内科助教授(当時)馬渕宏らにより、1989年にプラバスタチン(商品名メバロチン)が製品化された。
アトルバスタチンの基本特許満了伴い、日本では2011年11月に後発医薬品が発売されたものの、先発医薬品の企業が保有する結晶形の特許回避が困難であり、大型製品であるにもかかわらず、5社(うち2社は同一のもの)のみであった。
体内に吸収されたスタチンは、主に肝臓に分布する。スタチンはメバロン酸経路の律速酵素であるHMG-CoA還元酵素の働きを阻害することで、肝臓でのコレステロール生合成を低下させる。その結果、コレステロール恒常性維持のため肝臓でのLDL受容体発現が上昇し、血液から肝臓へのLDLコレステロールの取り込みが促進される[10]。LDLは一般に「悪玉コレステロール」と呼ばれ、血管壁にアテロームを形成して動脈硬化症の原因となる。コレステロール生合成の抑制が持続することにより、血液中へのVLDL(主にコレステロールとトリグリセリドからなるリポ蛋白)分泌も低下するため、血漿トリグリセリド値も低下する。
スタチンは冠動脈疾患のリスクを25%から40%あるいはそれ以上に低下させるが、冠動脈疾患のリスクの85%は食事が要因である[11]。しかし、糖尿病患者には心疾患予防効果は認められず[12]、さらに新規糖尿病患者が増加するとの報告がある[13]。
75歳以上ではスタチンの有効性と安全性を鑑みると一次予防では処方すべきでない[14]。
2024年のメタ解析で、スタチンを高用量や併用することで服用すると、静脈血栓塞栓症を予防する可能性があると報告された[15]。
スタチンの投与によってみられる副作用には、頭痛、眠気、不眠症、筋肉痛[16]、腹痛、発疹、倦怠感などのほかに、重篤なものとして横紋筋融解症、末梢神経障害、ミオパシー、肝機能障害、血小板減少、心不全の発症、動脈硬化症などがある。このうち横紋筋融解症は急激な腎障害を伴うことがあるため、投与時にはクレアチンキナーゼやミオグロビンなど筋原酵素の動態に注意を払う必要がある。アルコール中毒者や肝臓障害者および既往歴のある者や甲状腺機能低下症の患者は高リスク群となる[17]。
高用量のスタチンを処方した場合、急性腎障害による入院率が上昇するとの報告がある[18]。
2022年8月2日、『Cancer prevention research』誌オンライン版により、東京理科大学の前田絢子らが、保険請求データを用いた大規模な人口ベースの後ろ向きコホート研究で、スタチン製剤と日本人患者における発がんリスクの関係を調査した結果、スタチン製剤の服用によって、日本人の脂質異常症患者の発がんリスクが低下したことが報告された。調査の対象は、2006-2015年に脂質異常症と新たに診断された患者。期間中にスタチン製剤を服用開始した群(服用群)と、年齢・性別・診断年に応じて無作為に抽出した非服用群を比較した。解析対象は各群23,746例で平均追跡期間は約2年、Cox比例ハザード回帰モデルを用いて評価した。その結果、スタチン服用群は、非服用群と比較して、有意に発がんリスクが低下した(調整ハザード比[aHR]:0.85、95%CI:0.72~0.97)。 サブグループ解析では、スタチン服用群の発がんリスクの低下は、消化器がんで顕著であった(aHR:0.79、95%CI:0.63~0.99)[22]。
メバスタチン(製品化されず)の発見以降、8種類のスタチンが日本および海外の製薬会社から医薬品として販売されている。
以下の遺伝子、タンパク質、代謝はそれぞれの記事をリンクされている [§ 1]
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