クリストファー・ダニエル・ブリットン(Christopher Daniel Britton, 1982年12月16日 - )は、アメリカ合衆国・フロリダ州ハリウッド出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
経歴
プロ入りとオリオールズ時代
2001年のドラフトでボルチモア・オリオールズから8巡目(全体233位)で指名を受け、プロ入り。この年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・オリオールズで12試合に登板し、2勝3敗、防御率2.76の成績を残した[1]。
2002年は、ルーキー級ブルーフィールド・オリオールズで9試合に登板し、3勝0敗、防御率4.54の成績を残した[1]。
2003年は、3月に右ひじから骨片を取り除く手術を受けたため、シーズンを全休した[1]。
2004年は、A級デルマーバ・ショアバーズで27試合に登板し、9勝4敗1セーブ、防御率3.75の成績を残した[1]。
2005年は、A+級フレデリック・キーズで46試合(全て救援)に登板し、6勝0敗6セーブ、防御率1.60の成績を残した[1]。
2006年は、4月12日のタンパベイ・デビルレイズ戦でメジャーデビュー。その後降格するも5月中旬に再昇格し以降は中継ぎとして定着。最終的にアメリカンリーグの新人としては4位となる52試合に登板し、0勝2敗1セーブ6ホールド、防御率3.35を記録[1]。メジャー1年目としては上々の成績を残した。
ヤンキース時代
2006年11月12日、ジャレット・ライトとの1対1、プラス400万ドルでニューヨーク・ヤンキースにトレード移籍した[2]。
2007年は、スコット・プロクターらと共にヤンキースリリーフ陣の中心を担う存在として期待されたが、わずか11試合の登板にとどまった。
2008年もわずか15試合の登板にとどまり、12月15日にFAとなった[1]。
パドレス傘下時代
2008年12月24日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ。
2009年は、AAA級ポートランド・ビーバーズで5試合に登板し防御率9.53、AA級サンアントニオ・ミッションズで10試合に登板し防御率10.80と成績は振るわず、5月26日に自由契約となった。
独立リーグ時代
パドレス退団後はアトランティックリーグのヨーク・レボリューションと契約。シーズン終了後に退団した。
2010年はアメリカン・アソシエーションのリンカーン・ソルトドッグスでプレー[3]。
2011年はノース・アメリカン・リーグのユマ・スコーピオンズでプレー。この年限りで現役を引退した。
選手としての特徴・人物
身長が191cm。体重が127kgとかなりの巨漢投手。
詳細情報
年度別投手成績
背番号
- 52(2006年)
- 56(2007年 - 同年途中)
- 39(2007年途中 - 同年終了)
- 38(2008年 - 同年途中)
- 47(2008年途中 - 同年途中)
- 63(2008年途中 - 同年終了)
脚注
外部リンク