カリスト[1][2] (Jupiter IV Callisto) は、木星の第4衛星である。ガニメデに次いで2番目に大きい木星の衛星であり、太陽系の衛星の中ではガニメデと土星最大の衛星タイタンに次ぐ3番目の大きさを持つ。太陽系の全天体の中でも水星に次いで12番目に大きい。比較的明るい星であり、双眼鏡でも観察できる。
概要
カリストは1610年にガリレオ・ガリレイによって発見された。直径は 4,821 km であり、水星とほぼ同じ大きさだが、質量は水星の3分の1に過ぎない。ガリレオ衛星と呼ばれる木星の四大衛星の中では最も外側を公転しており、軌道半径は 1,883,000 km である[3]。他の3つのガリレオ衛星のイオ、エウロパ、ガニメデとは異なり軌道共鳴を起こしておらず、従って目立った潮汐加熱も発生していない[4]。カリストの自転はカリストの公転周期と同期しており、常に同じ半球を木星に向けている。そのため、カリストの地表から見た木星は、一定の位置にとどまって見える。カリストの軌道は他の3つのガリレオ衛星より遠方にあるため木星の主要な放射線帯の外にあり、木星の磁気圏にはあまり影響を受けていない[5][6]。
カリストは岩石と氷がほぼ同量の組成を持っており、密度はおよそ 1.83 g/cm3 である。木星の主要な衛星の中では最も密度が低く、表面重力も小さい。表面に分光学的に検出されている化合物は、水氷[7]、二酸化炭素、珪酸塩、有機化合物である。ガリレオ探査機による探査では、カリストは小さい岩石の核を持つ可能性があり、また深さ 100 km 以上に液体の水の内部海を持っている可能性があるとされた[7][8][9]。
カリストは極めて薄い大気を持ち、組成は大部分が二酸化炭素で[15]、おそらくは酸素分子を含む[16]。またある程度はっきりした電離圏を持つ[17]。カリストは、形成直後の木星の周囲に存在したガスとダストからなる周惑星円盤の中で、ゆっくりとした集積によって形成されたと考えられている[18]。カリストのゆっくりとした集積と、潮汐加熱がないことから、内部で急速な分化が発生するのに十分な熱を得られなかった。形成直後に発生したカリスト内部でのゆっくりとした対流は、部分的な分化を発生させ、さらに深さ 100〜150 km に内部海を形成し、小さい岩石の核が形成された可能性がある[19]。
カリストは木星の4つのガリレオ衛星の中では最も外側を公転している。軌道距離はおよそ 1,880,000 km であり、木星自身の半径の26.3倍に相当する距離である[3]。これは、ひとつ内側を公転するガリレオ衛星であるガニメデの 1,070,000 km と比べるとずっと遠方である。他の3つのガリレオ衛星は平均運動共鳴を起こしているが、カリストは現在軌道共鳴を起こしておらず、また過去にも起こしていなかったと考えられる[4]。
カリストの荒れた表面は、厚さ 80〜150 km の冷たく硬い氷のリソスフェアの上にある[8][19]。木星とその衛星まわりの磁場の観測からは、地殻の下には深さ 150〜200 km の塩分の多い海が存在する可能性が示唆されている[39][40]。カリストは、木星の変化する背景磁場に対して完全導体の球のように振る舞うことが発見されている。すなわち磁場はカリストの内部を貫くことは出来ておらず、厚さが少なくとも 10 km はある非常に導電性の高い液体の層が存在することを示唆している[40]。もし水が最大で質量の 5% の少量のアンモニアや不凍液の役割を果たす物質を含んでいた場合、内部海の存在はさらに確実なものとなる[19]。 この場合、水と氷の層の厚さは最大で 250〜300 km になる[8]。海が存在しなかった場合、氷のリソスフェアはいくぶんか分厚いものになり、最大でおよそ 300 km になる。
カリストの表面は地質学的に異なる複数の領域に分割できる。クレーター平原、明るい平原、明るい滑らかな平原と暗く滑らかな平原、特徴的な多重リング構造と衝突クレーターを伴った構造である[12][44]。クレーター平原は表面の大部分を覆っており、氷と岩石の混合物からなる古いリソスフェアからなっている。明るい平原は、ブル (Burr) やロフンと言った明るい衝突クレーターや、パリンプセストと呼ばれる古い大きなクレーターの残部、多重リング構造の中心部、クレーター平原の中に孤立した領域からなる[12]。これらの明るい平原は氷主体の衝突堆積物だと考えられる。明るい滑らかな平原はカリスト表面の小さい割合を占めており、ヴァルハラ (Valhalla) やアスガード (Asgard) と言った構造の縁や溝に見られ、またクレーター平原の中に孤立した斑点としても見られる。これらの地形は衛星の内部活動と関連していると考えられていたが、ガリレオによる高分解能の画像ではこれらの領域は大規模に破壊されたこぶ状の地形と関連しており、また表面が再形成されたことを示すいかなる証拠も見られなかった[12]。ガリレオの画像では小さく暗い滑らかな領域の全面積は 10,000 km2 以下であることが明らかになり、また周囲の地形を取り囲むように分布していることが明らかになった。これらは氷火山の堆積物であるかもしれない[12]。明るい平原といくつかの滑らかな平原は比較的若く、周囲のクレーター平原と比べるとクレーターの個数が少ない[12][45]。
カリストに見られるクレーターの大きさは、解像度の限界である直径 0.1 km のものから、多重リング構造を除くと 100 km を超えるものまで存在する[12]。直径が 5 km 以下の小さいクレーターは、単純なお椀状の構造か、底が平坦な形状を持つ。5〜40 km のものは一般に中央丘を持つ。直径が 25〜100 km になる大きな衝突クレーターの場合、ティンドル (Tindr) クレーターのように中央丘の代わりに中心部には穴が見られる[12]。直径が 60 km を超える最大級のクレーターは中心にドーム状の地形を持つものがあり、これはクレーター形成後の構造隆起によって形成されたものであると考えられている[12]。このような構造を持つクレーターとして、ドフ (Doh) やハル (Hár) クレーターがある。直径が 100 km を超える数少ない非常に大きなクレーターと明るい衝突クレーターは、異様なドーム状の構造を持つ。これらは異様に浅い構造をしており、ロフンクレーターのように多重リング構造への遷移の途中であると考えられる[12]。カリストのクレーターは、月に見られるものよりも一般に浅い。
カリストの表面に見られる最も大きい衝突地形は多重リング構造である[12][44]。特に大きなものは2つある。ヴァルハラ (Valhalla) が最も大きく、直径が 600 km の明るい中央の領域と、中心から 1,800 km の距離にまで広がった環状の構造を持つ[46]。2番目に大きいものはアスガード (Asgard) であり、直径は 1,600 km と測定されている[46]。多重リング構造はおそらく天体衝突後に、柔らかい物質やあるいは海などの液体の物質の上に横たわるリソスフェアにおける同心円状の破壊が発生したことによって形成されたと考えられている[29]。連鎖クレーターは表面を直線上に横切る長い鎖状に連なったクレーターであり、ゴムル連鎖クレーター (Gomul Catena) などが代表例である。これらは、カリストに衝突する前に木星に接近したのに伴って潮汐力で破壊された天体によって形成されたか、あるいは非常に浅い角度で表面に天体衝突が発生したかで形成されたと考えられている[12]。木星への接近に伴う天体の破壊現象としては、シューメーカー・レヴィ第9彗星が有名である。
表面にはアルベドが 80% 程度の純粋な水氷の小さい斑点状の領域が見られ、この地形はより暗い物質で囲まれている[13]。ガリレオによる高分解能の画像では、明るい領域は大部分はクレーター縁や断層、尾根やこぶ状の地形の標高の高い部分に見られることが分かっている[13]。これらは薄い水氷の霜の堆積物である可能性がある。暗い物質は一般に明るい流域を取り囲むように存在する低地に見られ、平坦な見た目をしている。これらはしばしばクレーターの底部やクレーター間の窪地に差し渡しが最大 5 km の領域を形成している[13]。
キロメートルを下回るサイズでのカリストの表面は、その他の氷主体のガリレオ衛星と比べてより劣化が進んでいる[13]。例えばガニメデの暗い平原と比較すると、カリストには直径が 1 km 以下の小さいクレーターが少ない[12]。小さいクレーターの代わりに、表面には小さいこぶや穴状の地形が普遍的に存在している[13]。このこぶ状の地形は、劣化したクレーター縁の残余物であると考えられているが、その形成過程は明らかになっていない[14]。もっともらしい仮説としては、氷のゆっくりとした昇華によるという過程が提案されている。氷は 165 K 程度で昇華でき,この温度は太陽直下点で実現可能である[13]。基盤岩である汚れた氷からの水やその他の揮発性物質の昇華は、基盤の分解を引き起こす。氷以外の残余物は、クレーター壁の斜面から崩れ落ちる岩屑なだれを形成する[14]。このようななだれは衝突クレーターの付近や内部でしばしば観測され、debris aprons と呼ばれている[注 2][13][12][14]。クレーター壁はしばしば gullies と呼ばれる曲がった谷状の構造によって区切られており、これは火星表面に見られる地形と類似している[13]。氷の昇華仮説では、低地にある暗い物質はかつての氷ではない物質であると解釈されており、これは元々は劣化したクレーター縁で、氷主体の基盤に覆われたものである。
集積後のカリストのさらなる進化は、放射性物質の崩壊による加熱と、表面付近での熱伝導による冷却、内部の固体もしくは準固体の対流による冷却の釣り合いによって決まる[32]。氷の準固体の対流の詳細は、全ての氷衛星の理論モデルにおける主要な不確定要素となっている。氷の粘性の温度依存性があるため、温度が融点に十分近い場合は対流が発達することは知られている[52]。氷天体の内部での準固体の対流は、氷の運動は1年あたり1センチメートルのオーダーというゆっくりとしたプロセスではあるが、長い時間スケールで見た場合は非常に効率的な冷却メカニズムとしてはたらく[52]。カリストでは、スタグナント・リッド状態と呼ばれる対流が発生していたと考えられる。これは表面付近では対流を起こさない冷たく硬い外層が熱伝導で熱を伝え、一方で内部では準固体状態で対流を起こしているというものである[19][52]。カリストでは、外層の伝熱層は厚さがおよそ 100 km の冷たく硬いリソスフェアに相当する。この仮説は、カリストの表面にいかなる内部活動の痕跡が見られないという事実を説明できる[52][53]。カリストの内部では圧力が非常に高い状態であり、氷は表面付近の氷Iから中心付近での氷VIIまで異なる結晶相で存在すると考えられる。そのため対流は層状に発生していたと考えられている[32]。カリスト内部での初期の準固体対流は、大規模な氷の溶融を妨げ、また大きな岩石核と氷マントルに分化するのを妨げた。しかしこの対流過程によって、カリスト内部では数十億年の時間スケールで岩石と氷のゆっくりとした部分的な分離と分化が起きており、これは現在でも継続している可能性がある[53]。
現在のカリストの進化に関する理解では、内部には液体の水からなる層や「海」が存在する可能性があるとされている。これは氷I融点の特異な振る舞いと関連しており、この結晶相では融点は圧力が上がるほど減少する。そのため 207 MPa での融点は 251 K 程度となる。カリスト内部の全ての現実的な理論モデルでは、カリストの地下 100〜200 km の深さでは、温度はこの特異な融点に非常に近いか、あるいはわずかに上回る[32][52][53]。質量比で 1〜2% 程度の少量のアンモニアが存在するだけで、アンモニアが融点をさらに下げる効果によって液体の存在はさらに確実なものになる[19]。
内部海では好塩菌が繁殖できる可能性がある[59]。エウロパやガニメデと同様に、カリスト地下の塩分の多い海には、生命が存在可能な条件や地球外微生物生命体さえも存在しているという考えも提起されている[20]。しかし生命が存在するのに必要な環境の条件は、エウロパと比較するとカリストは劣っているとされる。この主な原因は、岩石成分との接触が無いことと、カリスト内部からの熱流束が低いという点である[20]。科学者の Torrence Johnson は他のガリレオ衛星に生命が存在する可能性とカリストでの可能性を比較して、以下のように述べている[60]。
1970年代のパイオニア10号およびパイオニア11号の木星への接近により、地上からの観測で既に分かっていたことに比べていくらかのカリストの新しい情報を得ることが出来た[13]。実際のブレイクスルーは1979年のボイジャー1号とボイジャー2号のフライバイの後にもたらされた。このフライバイにより、1〜2 km の分解能でカリストの半分以上の表面が撮影され、また温度や質量、形状が精密に測定された[13]。その次の探査は、ガリレオ探査機による1994年から2003年にかけての探査である。この際ガリレオはカリストと8回にわたって近接遭遇し、2001年の C30 軌道での最後のフライバイでは表面から 138 km にまで接近した。ガリレオはカリストの全表面を撮影し、最も良いものでは 15 メートルの解像度で多数の画像を地球に送信した[12]。2000年には土星探査機カッシーニが土星に向かう途上でカリストを含むガリレオ衛星の高品質の赤外線スペクトルを取得した[36]。2007年2月から3月にかけて、ニュー・ホライズンズが冥王星に向かう途中にカリストの新しい画像とスペクトルを得ている[62]。
木星系への次の探査ミッションとしては、ジュノーとJUICEがある。ジュノーは木星の観測に主眼をおいているものの、欧州宇宙機関 (ESA) による JUICE ではミッションの期間中に数回のカリストへのフライバイが予定されている。JUICE は2022年の打ち上げが予定されている[63]。
過去の探査計画
2020年に打ち上げが計画されていた、アメリカ航空宇宙局 (NASA) と欧州宇宙機関が共同で提案していたEJSM (Europa Jupiter System Mission) という木星の衛星の探査計画があった。2009年には、NASA と ESA は EJSM をタイタン・サターン・システム・ミッションよりも高い優先度に位置づけた[64]。しかし ESA において本計画は、依然として他の ESA の計画との資金面での競合に直面している[65]。EJSM は、NASA が主導するエウロパ周回機の Jupiter Europa Orbiter と、ESA が主導するガニメデ周回機の Jupiter Ganymede Orbiter からなり、日本の宇宙航空研究開発機構が主導する Jupiter Magnetospheric Orbiter (木星磁気圏オービター) が加わる可能性もあった。
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