竹村 栄哉(たけむら よしや、1973年12月6日 - )は、広島県三次市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
広島県山陽高校卒業後、1992年にフジタ(ベルマーレ平塚)に加入。1994年8月17日のニコスシリーズ第3節でJリーグ初出場[1]、1995年9月2日のニコスシリーズ第6節でJリーグ初ゴールを記録[1]。
その後、1998年から水戸ホーリーホック、1999年途中から大分トリニータ、2002年から大宮アルディージャ[2]、2004年からサガン鳥栖でプレー。2006年シーズン限りで鳥栖との契約が満了になり、クラブ側からはコーチ就任を打診されたが、大分時代の同僚である原田武男に誘われて九州リーグのV・ファーレン長崎に移籍[3]。2009年にはポジションをサイドアタッカーからボランチへと移す[4]。2009年に左ひざ前十字靭帯を部分断裂したが、その翌年に復帰を果たす[5]。2010年限りで長崎との契約を満了[6]、2011年から同クラブのフロントスタッフとなった[5]。
2011年から2014年まで、V・ファーレン長崎にスタッフとして籍を置きつつ、2014年長崎国体に向けた強化チームに選ばれた九州リーグの三菱重工長崎サッカー部で選手兼コーチを務めた[3]。国体には2012年大会と2014年大会に長崎県代表の選手兼監督として参加[4][7][8]。
長崎のフロントスタッフとして当初は営業部[5]、のち強化部に在籍[8]。2012年に設立されたU-18チームではコーチに就任[9]。2018年より強化部長[10]。
2019年より、ベガルタ仙台の強化担当に就任[11]。2020年からは強化部長に就任していたが、2021年12月30日に降格の責任を取る形で辞任した[12]。
この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。