私設取引システム (しせつとりひきシステム、英 : proprietary trading system, PTS )とは、日本において、金融商品取引所 を介さず有価証券 を売買することが出来る電子取引システムをいう[ 1] 。
概要
1998年12月の証券取引法の改正で「取引所集中義務」が撤廃され、上場銘柄の取引所外取引が認められたことで、認可業務としての運営が可能となった[ 2] 。
類似するものとしては、アメリカでは Alternative Trading System (ATS) もしくは Electronic Communications Network (ECN) と呼ばれる私設取引システムが1960年代から広がり、2016年時点の取引量は市場全体の30%を超える水準となっている[ 3] 。欧州においても、伝統的な取引所での取引割合は50%前後の水準であり、残りを Multilateral Trading Facility (MTF) と呼ばれるPTSに似た取引システム[ 注 1] や、通常の相対取引で賄っている[ 4] 。
翻って日本においては、取引所が注文を受け付けていない夜間取引を中心として様々な証券会社がサービスを提供していたが、SBIグループ のジャパンネクスト証券 (JNX)とCboeグローバル・マーケッツ (英語版 ) 傘下のCboeジャパン[ 5] の提供する2つに減っていた[ 6] 。その後、2022年6月にSBI系の大阪デジタルエクスチェンジ (ODX)が株式PTS事業に参入し、2023年12月には「セキュリティトークン 」と呼ばれるデジタル証券を取引する日本初の二次流通市場「START 」を開業した[ 7] 。取引割合は2016年は市場全体の5.8%の水準に留まっていたが[ 1] [ 8] [ 9] 、2021年半ば以降は、上場株式取引全体の8.6-9.5%を占めるという水準で推移している[ 10] 。
2024年には楽天証券ホールディングス がPTS運営会社として「Japan Alternative Market 」(JAX)を設立し、新規参入した[ 11] [ 12] 。
取り巻く環境と課題
金融庁監督指針によると適切な市場間競争が促進されることで、市場全体の業務効率化や取引システムの高度化など投資家の利便性が向上し、国内投資家のみならず海外投資家にとっても魅力的な市場形成に資することが期待されていた。
2010年7月に日本証券クリアリング機構 (JSCC) での清算・決済が開始されたことや、2010年10月には空売り 注文の取扱いが開始されたことなどが契機となり、PTS利用が進むことになった[ 13] 。2011年夏以降には月間売買代金が大阪証券取引所 の一部・二部合計を上回るなど近年、着実に利用が進んできているが、東京証券取引所 が依然として圧倒的な地位を占めており、海外での利用状況と比較すると日本におけるPTS利用水準は未だ低いものと言われている[ 4] 。なお、これについては2016年の段階では、さらなる改善を図ることで市場間競争を活発化し、1つの取引所に取引が集中することが阻害要因となっているとIOSCOの「Regulatory Issues Raised by the Impact of Technological Changes on Market Integrity and Efficiency」(2011年10月)や「Transparency and Market Fragmentation」(2001年11月)でも述べられている、独占的慣行の打破と効率性の向上、取引手数料の引下げ効果、ノベーションの喚起によるより利用者のニーズに合った様々な取引手法の提供促進がなされることが期待されていた[ 4] 。
そのほか、利用促進の足かせとなっている要因には法制度面の整備の遅れも課題としてあげられる。特に「市場外での5%超の買い付けは公開買付けを行う」と金商法 に規定されていることで、機関投資家 の利用が実質的に制限されている。
2012年4月には日本証券業協会のガイドラインが変更され、東京証券取引所など取引所のシステム障害時には、取引所外取引は原則停止せず、運営を継続できることが出来るようになるなど、進展が見られる。株式市場には従来の伝統的な取引や取引所集中義務を前提とした制度が残っている中で、公正な取引の確保や投資家保護は担保しつつも、今後の制度設計・運営を適切に行っていくためのさらなる議論が必要である [要出典 ] 。
また、その他の課題としては、主要な取引参加者である個人投資家の接続手段が限られていることが挙げられる [要出典 ] 。2018年4月時点で個人投資家がPTSを利用する場合には、SBI証券 か松井証券 もしくは楽天証券 のいずれかに注文を出すしかなく、他の証券会社は個人投資家向けにはPTSへの接続を提供していない[ 14] [ 15] [ 16] 。2012年以降、長期にわたりSBI証券においてのみ個人投資家がPTSが利用できる状況が続いていた。2018年に入り松井証券と楽天証券がPTSの取扱いを開始することを公表し、複数の会社でPTSが利用できる状況にはなってきている。また、2019年より証券会社各社において東証及びPTSへの注文を自動的に判断する「SOR注文」が導入されている。
個人投資家の株式売買形態の6割超を占めている信用取引[ 1] が2019年8月までPTSでは行えなかったこと[ 17] や、そもそも日本で本格的にPTS市場が整備される契機となった2000年12月の事務ガイドライン改正の時点で、既に東京証券取引所をはじめ国内の各取引所のシステムが高い流動性と低コストを実現できていたため手数料面で両者の間に大きな差がないこと[ 18] などが、投資家にとってPTSのメリットを損ない、結果的に日本市場での株式取引において、PTSのシェアが低くなる要因となっている[ 1] 。
信用取引とPTS
2019年8月26日、PTSにおける信用取引が解禁となった。
前述のとおり、PTS市場における信用取引 は認められていなかった。これについて、平成22年3月に公開された「パブリックコメント に対する金融庁の考え方」において、金融庁 はPTS市場における信用取引を認めないのは、以下の理由によるものであると示している[ 9] 。
PTSを提供する業者自身が信用取引に伴う資金や株券の貸付けを行うことは、(a)市場開設者としての立場と、顧客への資金や株券の提供者としての立場[ 注 2] との間の利益相反 の問題が顕在化するおそれがあること、(b)こうした観点から、取引所 においても、信用取引に伴う資金や株券の貸付けを実施していないこと等。
(取引所における信用取引と同様に)参加証券会社が資金や株券の貸付けを行うこととする場合であっても、当該貸付業務の適切性を確保するため、PTSを提供する業者に対して取引所と同等の自主規制機能[ 注 3] の発揮を求めることは現実的でない。
このような背景を受けて、長らくPTS市場での信用取引は認められてこなかったが、平成28年12月22日に公表された、「金融審議会市場ワーキング・グループ報告 ~国民の安定的な資産形成に向けた取組みと市場・取引所を巡る制度整備について~ 」では、以下の2つの事項について適切な措置がとられていることを前提にすれば、認めるとする意見が提示されている[ 20] 。
PTS を提供する業者自身やそのグループ会社等が実質的な資金・株券の提供者とならないなど、利益相反の防止の観点から適切な措置が講じられていること。[ 20]
信用取引について過当投機といった弊害を可能な限り排除する観点から、取引所での取引においては自主規制という観点から、信用取引残高の集計・報告、信用取引に係る規制措置[ 注 4] 、取引参加者の上記措置の遵守状況の調査・処分等の対応が行われているが、PTSの信用取引についても、これと同等の措置が講じられること[ 20] 。
なお、これら自主規制機能について、一義的にはPTS業者においてが対応すべきものではあるが、信用取引残高の集計・報告及び信用取引規制等の措置を実効的に行っていくためには、取引所とPTS間で必要な連携を図ることが先決である[ 20] 。一方で、取引参加者に対する調査・処分について目を向けた場合、PTS業者も金融商品取引業者 である以上、当該業者が直接行うことは実効性が乏しく困難なため、PTS業者は取引参加者に対する調査や処分の権限を既に有している取引所や金融商品取引業者の自主規制団体である日本証券業協会 などと協力して対応することが肝要であることが、同報告書では謳われている[ 20] 。
また、同時に、市場全体の公正性・透明性を確保して投資家保護を図る観点から、投資判断に重大な影響を及ぼすおそれのある情報が生じ、かつその内容が不明確である場合等には、適切に売買を停止する措置を講じる必要がある[ 20] 。仮にPTSに信用取引が認められた場合は、前述の必要性は更に高まるため、同報告書では取引所、PTS業者等の関係者において必要となる態勢の整備を行うとともに、売買停止等に至るまでの判断や連携の手順等についても確認をしなければならないとしている[ 20] 。
仮に、これらの事項について整備がなされ、PTSでの信用取引が解禁された場合は、現在5%程度しかないPTSのマーケットシェアが約3倍の15%以上にまで増大し、東証一極集中 という現状が打破されると見込まれている[ 3] 。なお、2017年中にPTS市場での信用取引を解禁する方向で金融庁は調整を進めていると日本経済新聞 は2016年8月26日に報じていたが[ 1] 解禁されず、2019年夏に昼間のみ解禁すると2018年6月30日に報道しているが、夜間禁止のためあまり利用者は増えないだろうと報じている[ 21] 。
PTS にかかる規制緩和 が行われ、2010年7月の日本証券クリアリング機構 (JSCC)における清算 解禁により、取引後の決済 (英語版 ) が取引所と全く同じになったことや、信用取引がPTSでも可能になったことで、PTSの市場シェア 増加につながっている[ 22] [ 23] 。取引所取引に対するPTS取引の割合(売買代金ベース)の推移を見ると、信用取引の解禁前はJNX・Cboeジャパン・ODXの3社合計で5%程度だったが、2022年8月末時点では13.2%まで増えてきている[ 24] 。
現存するPTS
ジャパンネクストPTS
ジャパンネクスト証券 が運営するPTS。略称「JNX」。2007年8月より開始。当初は夜間取引であったが、2008年10月28日から昼間の取引も開始した。参加証券会社はSBI証券 、ゴールドマンサックス証券 など2012年3月時点で17社。個人投資家の場合、インタラクティブ・ブローカーズ証券 [ 25] など海外の証券会社では利用できたが、日本の証券会社ではSBI証券のみである状況が長期にわたり続いていたが、2017年12月25日からは楽天証券 が、2018年3月19日からは松井証券 がジャパンネクストPTSへの取次ぎを開始した。楽天証券については当初は昼間取引のみであったが、2019年3月18日より夜間取引の取次ぎを開始した[ 15] [ 16] 。
Cboeジャパン
野村HD の子会社が議決権ベースで株式の34%を保有しており、世界のPTS業者で最大手の欧州のチャイエックス社[ 注 5] が2010年に日本法人チャイエックス・ジャパンを立ち上げPTS市場を開設したことに始まる[ 2] 。日本市場への参入当初は、黒船 と呼ばれることもあり、東京証券取引所でも当時の斎藤淳 CEOが、東京証券取引所のシェアを脅かしうる存在であると危機感をもって注視していた[ 2] 。2017年12月25日からは楽天証券においてもチャイエックスへの取次ぎを開始[ 16] 。
2011年には、アメリカの大手電子取引所であるBATSグローバル・マーケッツ (英語版 ) 社が欧州のチャイエックス・ヨーロッパを買収し、BATS Chi-X Europe (現Cboe CXE)とした[ 26] 。
2016年9月、シカゴ・オプション取引所 (CBOE)を運営するCBOE Holdings, Inc.がBATS社を買収し、両社のブランドを合わせてCboeグローバル・マーケッツ (英語版 ) となった[ 27] 。従来は「CBOE(シービーオーイー)」と読んでいたが「Cboe(シーボー)」に改めた[ 27] 。Cboeグループは、米国三大証券取引所グループの一角を占め、ニューヨーク証券取引所 (NYSE)などを運営するインターコンチネンタル取引所 (ICE)グループ、NASDAQ などを運営するNasdaq, Inc. グループに次ぐ3位の市場シェアを取っている[ 26] [ 24] 。また、CboeはBATS社の欧州事業を取り込んだため、ロンドン証券取引所 ではロンドン証券取引所グループ 、フランクフルト証券取引所 ではドイツ取引所 グループのクセトラ 、ユーロネクスト・パリ ではユーロネクスト と競合しており、各市場で証券取引所に次ぐ2位である[ 26] [ 24] 。
2021年には、Cboeがチャイエックス・ジャパンとチャイエックス・オーストラリアの親会社であるチャイエックス・アジア・パシフィック・ホールディングスを同社の支配株主であるJCフラワーズ (英語版 ) から買収したため、日本法人はCboeジャパン(シーボージャパン)となった[ 26] 。
大阪デジタルエクスチェンジ
2021年4月1日、SBIホールディングス が、大阪に三井住友フィナンシャルグループ と6対4の出資比率でPTS「大阪デジタルエクスチェンジ (ODX)」を設立[ 28] [ 29] 。
2021年10月15日、野村ホールディングス と大和証券グループ はODXに5%ずつ出資すると発表[ 30] [ 31] 。
2022年6月6日、私設取引所(PTS)を6月27日に開業すると発表[ 32] [ 33] 。
2022年6月27日、株式・上場投資信託(ETF)の売買を開始[ 34] [ 35] 。
2023年10月25日、SBIホールディングスは、Cboeグローバル・マーケッツ傘下の Cboe Bats, LLCと覚書を締結し、両社が行うPTSの運営などの従来型の金融分野及びデジタル金融分野における業務提携の可能性について協議することで合意した[ 36] [ 37] 。
2023年11月2日、Cboeグローバル・マーケッツ傘下の Cboe Worldwide Holdings Limited、バーチュ・ファイナンシャル (英語版 ) 傘下のVirtu Investments LLC、およびオプティバー (英語版 ) 傘下のOptiver PSI B.V.が、それぞれODXの株主となった[ 38] [ 39] 。
2023年12月25日、ODXは「セキュリティトークン 」のPTS事業を開始し、日本初の二次流通市場「START 」を開業した[ 7] 。
Japan Alternative Market
2024年8月6日、楽天証券ホールディングス が、個人投資家 のニーズにフォーカスしたPTS運営会社「Japan Alternative Market 」(JAX)を設立した[ 11] 。夜間取引のほか、売買価格の刻み幅も小さくして利便性を高める[ 40] 。24時間取引や売買単位の引き下げも視野に入れ、東京証券取引所 や他のPTSと競争する[ 40] 。JAXは、第一種金融商品取引業 の登録、私設取引システム運営業務 の認可を取得後、2024年内のサービス開始を目指す[ 11] 。「中立性を重視した共同運営で、新しい株式取引の価値を提供する」ため、サービス開始までにネット証券会社 を中心にステークホルダー からの資本参加を募る[ 11] 。
過去に存在していたPTS
ダイワPTS
大和証券 が運営するPTS。2011年12月21日をもって終了[ 41] 。
kabu.comPTS
2006年9月15日より、カブドットコム証券 が福岡県 に設置したPTS[ 18] 。本PTSは、日本で初めて、取引所市場と全く同じ取引手法である競売買形式を全面的に採用したPTSであった[ 18] 。
2010年10月時点の参加証券会社はカブドットコム証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 、クレディ・スイス 証券、UBS証券 、BNPパリバ 証券、シティグループ証券 、モルガン・スタンレー MUFG証券、メリルリンチ 日本証券、インスティネット証券、JPモルガン証券 [ 42] 。2011年10月31日をもって終了した[ 43] 。
マネックスナイター
マネックス証券 が運営していたPTS。2011年12月8日をもってサービスを終了した[ 44] 。
松井証券即時決済取引
松井証券 が運営していたPTS。2012年11月16日をもって夜間取引サービスを終了[ 45] 。同社は2018年3月19日よりジャパンネクストPTSへの取次ぎを開始している。
脚注
注釈
^ 金融庁資料によると、MTFとは、「システム内で非裁量的規則に基づき、投資サービス業者の認可及び運営条件の規定に従って契約を構成する仕方で、金融商品に関する多数の第三者の買い需要と売り需要を突き合わせる投資サービス業者又は市場運営者により営まれるマルチラテラル・システム」のことである[ 3] 。
^ 金融庁では、PTS業者には「取引状況に異常又はそのおそれがある場合において、信用取引の制限・禁止等の規制措置を講ずべき立場」があるとしている。
^ 金融庁では、自主規制機能の例として「参加証券会社に対する監査・処分等」をあげている。
^ 具体的な措置としては、日々公表銘柄の指定・信用取引残高の日々公表、委託保証金率の引上げ、信用取引の制限・停止等があげられる。[ 20]
^ チャイエックス社は、2007年の業務開始で、2010年には欧州全域 でのシェアが20%近くとなり[ 2] 、その取引量のシェアでは主要取引所と肩を並べているほか[ 2] 、カナダ でも2008年い現地法人の設立と参入を実施し、2008年までの1年で10%以上のシェアを獲得している[ 2] 。取引所を上回る高速取引 が売りで、海外では手数料(場口銭 )を大幅値引きするなど、シェア拡大最優先の戦術を採ってきたことで知られている[ 2] 。
出典
関連項目
外部リンク
日本(現行)
日本(廃止・戦後) 日本(廃止・戦中) 日本(廃止・戦前) 南北アメリカ
ヨーロッパ アジア・オセアニア 中東・アフリカ 報道機関 関連法令・組織 関連項目 一覧
1 2013年7月16日付けの取引より、東証と大証の現物取引の市場統合により、東証によって運営
2 2010年10月12日に(旧)JASDAQ・JASDAQ NEO・大証ヘラクレスの3市場が(新)JASDAQに統合
3 現物取引の東証への市場統合前までは大証によって運営
4 2014年3月24日に、東証と大証の
デリバティブ 取引を統合し、それに特化した「大阪取引所」に転換したため「証券取引所」ではなくなった
5 2022年4月4日、東証の市場第一部・第二部・マザーズ・JASDAQが廃止され、プライム・スタンダード・グロースの3市場に再編された
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