性別不合(せいべつふごう)もしくは性別違和(せいべついわ)は、「出生時に割り当てられた性別とは一致しない性の自己意識を持ち、自らの身体的な性的特徴に持続的な違和感を覚える状態」をいう医学的な診断名および状態像。アメリカ精神医学会のDSM-5では「性別違和(Gender Dysphoria)」、WHOのICD-11(英語版)では「性別不合(Gender Incongruence)」と呼称される[1]。以前は性同一性障害や性転換症とも呼ばれて、精神疾患として扱われた[2][3]。
なお、性的特徴の変異に関わる性分化疾患、同性愛など性的指向は、それぞれ性同一性とは別個の概念であり、性別不合とは別のものである。また異性装も別の概念である。
人は、意識するしないにかかわらず「自身がどのような人間か、社会の中でどのように振るまう存在かという自己の認識(自己同一性、アイデンティティー)」をもって生きており、そのうち特に「自身がどの性別に属するかという感覚、どのような男性や女性、或いは性別的ありかたを持っているかについての自己の認識」を性同一性という。
性同一性は、医学界におけるGender Identity (gender [性] - identity [同一性])[4] への伝統的な訳語であり[5]、「男性または女性としての自己の統一性、一貫性、持続性[6]」「自身がどの性別に属するかという感覚、男性または女性であることの自己の認識[7][8]」という意味をもつ。その他の訳語として「性の自己意識」「性の自己認知」「自己の性意識」「性自認」、カタカナ表記として「ジェンダー・アイデンティティ」があり、いずれもほぼ同義である[9]。
人々のうち大多数の者の実感される性同一性は、身体の性的特徴に基づいて出生時に割り当てられた性別と一致する(出生時に男性に割り当てられた人は「Assigned male at birth」の頭文字をとって「AMAB」、出生時に女性に割り当てられた人は「Assigned female at birth」の頭文字をとって「AFAB」と呼ぶ)。性別不合はこれらが不一致となる。この「同一性」とは、「心の性と身体の性が同一」という一致不一致の意味ではなく、アイデンティティー(同一性)、「環境の変化や時間の経過の中でも一貫して連続性を保ち続けている」という意味においての「同一性」である[10]。性別不合は、性同一性そのものに異常や障害があるわけではなく、また性同一性が“無い”わけでもない。性別不合を抱える者も、そうでない大多数の者も、一様に人はそれぞれに性同一性を持っており、いずれも概して正常である。大多数の者(シスジェンダー)は性同一性と身体の性的特徴に基づいて出生時に割り当てられた性別が一致し、生来からそれを疑うことなく意識しないほどに至極当然であるため、自身の性同一性を客観的に実感したり認識したりすることが難しい。
性同一性は、性的指向(恋愛の対象とする性別)とは切り離すことのできる概念であり、性同一性がどちらの性別であるかに関して、性的指向はその基軸にはならない。性的指向は相手がいることで成り立つが、性同一性はあくまで自分一人の問題[11]、自己の感覚や認識である。人は物心ついた頃から、おおむね幼年期や児童期頃には(身体的性別とは別に)自己としての性を認識するが、その多くは他者に恋愛感情を持つことで初めて認識するわけではない。性同一性は、単なる(社会的・文化的な)「男らしさ、女らしさ」とも別である。たとえば女性的な男性がすなわち性同一性が女性というものではない。「自分は男らしくない男性」と自覚していても、自己としての性の意識が男性であれば、性同一性は男性である[8]。
実感される性別が身体の性的特徴に基づいて出生時に割り当てられた性別と不一致となる人々の状態は、従来は医学的に精神疾患として扱われ、昔は性同一性障害(GID)と呼んできた歴史がある。その後、医学的知見の更新を繰り返し、診断名が性別不合(GI)もしくは性別違和へと変わっていった[2]。
性別不合の当事者は、出生時に割り当てられた性別と性同一性の齟齬に違和感をもったり嫌悪感を覚えながら、生活上のあらゆる状況において身体上の性別に基づいて生活し、また周囲から扱われることを強いられるため、精神的に著しい苦痛を受けることも少なくない。そうした著しい苦痛に対しては、精神医学的な立場からの治療・援助が必要になる場合もあるほか、自身の性同一性に沿った性別での生活や、身体への移行することがある。この性別の移行は容易なものではなく、性別の社会的扱いで混乱に巻き込まれることも多く、法的・公的な扱いとの齟齬もあって、社会生活で不本意な扱いを強いられることもある。
日本では、こうした性別不合の人々への治療の効果を高め、社会生活上のさまざまな問題を解消するために、2003年7月16日に性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律を公布、翌年の2004年7月16日に施行した。この法律により、定められた要件を全て満たせば、戸籍上の性別を変更できるようになった。日本国外では、多くのヨーロッパ諸国、アメリカやカナダのほとんどの州で、1970年代から1980年代から立法や判例によって性別不合の法的な性別の訂正を認めている[12]。日本を含めこれらの国の法律は、性別適合手術を受けていることを要件の一つにしているが、新たに21世紀になってから立法したイギリスとスペインでは、性別適合手術を受けていることを要件とせずに法的な性別の訂正を認める法律を定めた[13]。反対にハンガリーでは2020年に性別変更自体を不可とした[14]。
性別不合もしくは性別違和は、医学的な診断名である[2]。国際的な診断基準として、世界保健機関が定めた国際疾患分類「ICD-11(英語版)」、米国精神医学会が定めた診断基準「DSM-5」があり、医師の診察においてこのいずれかの診断基準を満たすとき、性別不合もしくは性別違和と診断する[2]。
「ICD-11」では「体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致」と説明している[15]。「性の健康に関連する状態群」に分類し、精神疾患としては扱っていない(「ICD-10」では「精神および行動の障害」に分類されていた)[15]。
日本の「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」では、同法における「性同一性障害者」の定義を、
この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。 — 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第二条[16][17]
としている[16][17]。
世界保健機関(WHO)の『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』(ICD)において、以前の「ICD-10」では「性転換症(Transsexualism)」【F64.0】が用いられていたが、2019年の「ICD-11」からは「性転換症」という言葉を使わずに「性別不合(Gender Incongruence)」という言葉を用い、これを「青年期または成人期の性別不合」【HA60】と「小児期の性別不合」【HA61】の2つに区分している[15][18]。
この「ICD-11」の「青年期または成人期の性別不合」【HA60】と「小児期の性別不合」【HA61】の2つは、アメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM)、とくに2013年の「DSM-5」における「青年および成人の性別違和」【302.85】と「子どもの性別違和」【302.6】に相当する[15]。
「性別違和症候群」は、元来、性転換症よりも、広範な概念を持つ。1980年のDSM第3版で「性同一性障害(Gender identity disorder)」が診断名として採択された。
2013年のDSM-5(第5版)では再び「性別違和」(同じ gender dysphoria だが症候群がない)の診断名となった。
性別違和の用語は、ハリーベンジャミン国際性別違和協会(英語版)が、2006年に世界トランスジェンダー健康専門協会(英語版)(英: World Professional Association for Transgender Health)と改称されるまで性同一性障害と同意の内容を示すのもとしてアメリカ精神医学会を中心に使用されてきた。
なお「gender dysphoria」の中の「dysphoria」は違和感を意味し、ギリシャ語の「δυσφορια」に由来する(悪や苦痛を意味するδυσと、耐えることを意味するφοροςとの合成語で「不快」の意味)。現在も性別適合手術を受けていなくても当事者の法的性別変更を許可した英国のジェンダー承認法(英語版)において当事者に言及する際用いられているほか、オランダなどで米国の精神医学の紹介に関して性同一性障害の別称としてこの「性別違和症候群」という表現が用いられている。
国際的な診断基準として、世界保健機関が定めた国際疾患分類「ICD-11」、米国精神医学会が定めた診断基準「DSM-5」がある。また、診断と治療のガイドラインとして、国際的な組織である世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(英語版)(WPATH)」による『Standards of Care for the Health of Transgender and Gender Diverse People(SOC)』がある。日本では、日本精神神経学会による『性別不合に関する診断と治療のガイドライン』(以前の名称は『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン』)があり、2002年に第2版、2006年に第3版、2012年の第4版、2024年に第5版が発表されている[2]。
「ICD-11」では、「青年期または成人期の性別不合」と「小児期の性別不合」に分けられる[15]。いずれも、反対の性への移行願望ではなく「体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致」を重視する概念として位置づけられている[15]。
「青年期または成人期の性別不合」は、体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致として、以下の2つ以上があてはまると診断される[15]。この不一致は少なくとも数ヵ月間持続していなければならない[15]。
「小児期の性別不合」は、思春期前の小児における体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致として、以下の全てがあてはまると診断される[15]。不一致の体験が約2年間持続していることが診断には必要となる[15]。
実際に性別不合の者は、幼児期や児童期の頃からすでに何らかの性別の違和感を覚えることが多い[19]。
「青年期または成人期の性別不合」と「小児期の性別不合」いずれも性別異型的な行動や嗜好のみでは診断できず、臨床的な有意な苦痛や社会的な機能障害はどちらも診断に必須ではない[15]。
2024年8月に日本GI(性別不合)学会と日本精神神経学会の性別不合に関する委員会の合同で『性別不合に関する診断と治療のガイドライン』の第5版が作成された[20]。
それによれば、日本における診断では精神科医が行うものとし、その精神科医は日本精神神経学会が主催するワークショップおよび日本 GI(性別不合)学会が開催するエキスパート研修会を受講していることが望ましいとしている[2]。
日本の診断でも「ICD-11」に基づいて行われる[2]。診断ではまず「実感する性別」と「割り当てられた性」との間の不一致の確認を行う[2]。幼少期から現在に至る詳細な生活歴と現在の生活状況、希望する生き方に関する情報を詳細に聴取し、日常生活や社会的役割、服装などにおいて表出されているとは限らず、当事者の内的体験を含めて「実感する性別」を判断する[2]。この「実感する性別」は性別二元論にあてはまらない性別(ノンバイナリー)もあり得る[2]。また、性の不一致による苦痛や社会的・職業的な機能障害は診断に必須ではない[2]。
加えて性の不一致の感覚が、統合失調症などの精神疾患の症状によるものでないことを確認する[2]。ただし、それら精神疾患が存在したとしても、性の不一致の感覚がもっぱらその症状によるものでない限り、性別不合の診断は可能である[2]。
身体的性(性的特徴)については、染色体検査、ホルモン検査、内性器ならびに外性器の診察、その他担当する医師が必要と認める検査を行う[2]。性分化の多様性(性染色体異常などいわゆる性分化疾患・インターセックス)も確認するが、そうであっても性別不合の診断を妨げるものではない[2]。
性別不合の当事者の一部には、上記の概念のうち主として「同性愛」あるいは「ニューハーフ」と重なることはあるが、これらはその個人としてのありかたの一つであり、多くの当事者は上記の全ての概念と重ならない。
性同一性がどのように決定されるかについて単一の説明はできない[43]。遺伝的影響や出生前ホルモンレベルなどの生物学的要因、思春期や成人期以降の経験など、各種の要因が複合的に寄与していると科学的に考えられている[43]。
「身体的性別とは一致しない性別への脳の性分化」で原因を説明する意見もある[44]。人の胎児における体の性分化(男性化・女性化)の機序は極めて複雑であり、数多くの段階をたどる。その過程は、一つでもうまく働かないと異常を起こし得る至妙な均衡のうえに成り立っており、多くの胎児では正常に性分化し発達する一方、性分化疾患におけるさまざまな事例など、人の体の性は必ずしも想定される状態に性分化、発達するとは限らない。胎児期の性分化では、性腺や内性器、外性器などの性別が決定された後、脳の中枢神経系にも同様に性分化を起こし、脳の構造的な性差が生じる[45]。この脳の性差が生ずる際、通常は脳も身体的性別と一致するが、何らかによって身体的性別とは一致しない脳を部分的に持つことにより、性別不合を発現したものと考えられる[46]。男女の脳の差が明らかになるにつれ、この生物学的な要因を根拠づけるいくつかの報告がある[47]。ヒトの脳のうち、男女の差が認められる細胞群はいくつか存在し、そのうちの分界条床核と間質核の第1核とが、人の性同一性(性の自己意識・自己認知)に関連しているとみられる示唆がある。分界条床核と間質核の第1核は、女性のものより男性のものが有意に大きいが、生物学的男性の性別不合当事者 (MtF) における分界条床核や間質核の第1核の大きさを調査した結果、女性のものと一致していた[48][49]。
性に関わりの深い分界条床核 (BNST) は、男性のものは女性よりも1.4倍ほど有意に大きい。特に分界条床核の神経細胞のうち、ソマトスタチン陽性神経細胞の数が男性のものは女性より多い[50]。脳の研究をおこなっているオランダの学者スワーブ Dick F. Swaab らによる調査[51] では、性別不合の当事者 (MtF) 6名の脳を死後に解剖した結果、分界条床核の大きさは、男性のものより有意に小さく、女性のものとほぼ同じであった[47][48]。分界条床核(人間の性に深い関わりがあるとされる神経細胞群で、男性のものは女性よりも有意に大きい)の体積を測定したある調査[52] では、男性、女性、男性同性愛者、性別不合 (MtF) のそれぞれ複数名が被験者となったが、当事者 (MtF) は女性とほぼ等しく、男性同性愛者は男性とほぼ同じ傾向を示した(性的指向と分界条床核の大きさとの関連は見られなかった)[47]。ソマトスタチン陽性神経細胞の数も明らかに少ない[53]。この6名の当事者は、性別適合手術(精巣摘出)を受けており、エストロゲンを投与していたが、分界条床核の大きさは成人における性ホルモンの影響を受けない。前立腺がんの治療のためにエストロゲンの投与を受けた男性における分界条床核の大きさの減少はみられず、また副腎皮質腫瘍によるアンドロゲン産生や閉経後のためにエストロゲンが低下している女性において、分界条床核の大きさに平均値との差は認められない[54]。当事者における分界条床核の大きさは成人後の性ホルモンが原因ではないことがわかる[55](当事者 (MtF) 6名の性的指向は、うち3名が女性、2名が男性、1名が両方に対して。また、この調査において男性同性愛者の分界条床核の大きさは男性異性愛者と等しく、有意な差はみられなかった。性的指向との関連はみられず、性同一性との関連の示唆がある)。
前視床下部の間質核 (INAH) は4つの亜核からなる。間質核の第1核の大きさには男女の差があり、女性と比べて男性のほうが約3.5倍大きい[56]。オランダの学者スワーブ Dick F. Swaab らによると、性別不合 (MtF) 5名の脳を調べた結果、間質核の第1核の大きさは5例すべてにおいて女性とほぼ同じであった[57](男性異性愛者と男性同性愛者との有意な差はみられなかった[58])。
性別不合の研究をしているスウェーデンの学者ランデン Mikael Landén による遺伝子に関する研究結果[59] があり、性別不合の当事者 (MtF) の遺伝子に特徴が示唆されている。性ホルモンに関わるアロマテーゼ遺伝子、アンドロゲン受容体遺伝子、エストロゲン遺伝子の繰り返し塩基配列の長さを調べた結果、当事者 (MtF) においてはこれが長い傾向を示した。これは、男性ホルモンの働きが弱い傾向であることを示している[60]。
性同一性に関する心理的苦痛を感じている当事者のために、ジェンダー・アファーミング・ケア(トランスジェンダー・ヘルスケア)が提供される[61]。具体的にはホルモン補充療法や性別適合手術などの医学的処置も含む。こうして人が自分の身体や生活スタイルを自分の性同一性に近いものへと変えていくプロセスを性別移行と呼ぶ[43]。
この医学的ケアについては世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(英語版)(WPATH)が基準となる専門的ガイダンスをまとめている[62]。日本では、日本精神神経学会と日本GI学会による『性別不合に関する診断と治療のガイドライン』があり、日本において治療に際しては、それについて理解と関心があり、十分な知識と経験をもった医師を中心としたメンバーで構成されたチームが執り行う[2]。
ジェンダー・アファーミング・ケアの有効性は専門家によって証明されている[63][64][65][66]。例えば、ホルモン療法によるメンタルヘルスの改善が報告されている[67]。
治療は、精神的ケアと身体的治療(二次性徴抑制療法を含むホルモン療法、乳房切除術、性別適合手術)で構成される[2]。治療は画一的にこれらの治療の全てを受けなければならないというものではなく、治療による身体的変化や副作用などの説明も受けたうえで、当事者が自己決定する[2]。
性別違和を表明した患者に対し、精神分析のプロセスで異性として生きていこうとする患者の願望が失望したという報告はある[68][69][70][71]。
なお、「実感する性別」を「割り当てられた性」のほうに一致させるという治療は、経験的、現実的、倫理的な理由によりおこなわれない。
身体的治療にはホルモン療法や性別適合手術が行われる。必要に応じて、美容整形、医療脱毛 、声帯手術、喉頭隆起切除術、豊胸術 、乳房切除が処置される。
当事者の身体的性別とは反対の性ホルモンを投与することで、身体的特徴を本来の性(性の自己意識)に近づける治療。ジェンダー・アイデンティティに一致する性別での社会生活を容易にするとともに、身体の性の不一致による苦悩を軽減する効果が認められている。
トランス女性においては、ホルモン療法の期間と心理的適応の良好さに相関が見られている[72]。
性ホルモンの投与によって、身体的変化のほか、副作用をともない、また身体的変化には不可逆的な変化も起こり得る。ホルモン療法の開始にあたっては、性別不合の診断の確定のうえ、性ホルモンの効果や限界、副作用を充分に理解していることや、新たな生活へ必要充分な検討ができていること、身体の診察や検査、15歳以上(未成年者は親権者の同意が必要)であることなどのいくつかの条件がある。
トランス男性に対してはアンドロゲン製剤を、トランス女性に対してはエストロゲン製剤などを用いる。
投与形態は注射剤、経口剤、添付薬があるが、日本においては注射剤が一般的に使われる。添付薬に次いで注射剤が副作用が少ないが、長期にわたる注射のために、注射部位(多くは三角筋あるいは大臀筋)の筋肉の萎縮を引き起こすことがある。
AFABの人へのアンドロゲン製剤、およびAMABへのエストロゲン製剤の投与をおこなった場合、次のような変化が起こり得る。なかには不可逆的な変化もあり得る。(※ 特に、AMABにおける精巣萎縮と造精機能喪失[73]。AFABにおける声帯の変化[74])
作用
副作用
性別の不一致に苦しむ思春期の子どもに第二次性徴抑制薬(ホルモン・ブロッカー)が提供される場合もある。思春期前の子どもには、ホルモン療法は提供されない[78]。
日本では二次性徴抑制療法や18歳未満の当事者にホルモン療法を開始した場合、または二次性徴抑制療法の中止時ないしホルモン療法移行時中止した場合、日本精神神経学会の性別不合に関する委員会への報告が必要である[2]。
外科的手法によって性同一性に合わせて形態を変更する手術療法のうち、顔面女性化手術(FFS)や喉頭隆起切除術や乳房切除術などがあるが主に内性器と外性器に関する手術を「性別適合手術」(sex reassignment surgery、SRS) という。
トランス女性に対しては、精巣摘出術、陰嚢皮膚切除術、陰茎切除術、女性外陰部形成術、造膣術(希望者のみ)などがある。トランス男性に対しては、子宮卵巣摘出術、膣粘膜切除・膣閉鎖術、尿道延長術、陰茎形成術がある。
トランス女性では精巣摘出および男性外性器切除術、トランス男性では子宮卵巣摘出によって、生殖能力(子供をつくる能力)は永久的に失われる[79]。これは不可逆で、もとに戻すことはできない。併せて、男性または女性としての新たな生殖能力も得られない。副作用としては、骨粗鬆症などの可能性から、ホルモン療法は生涯にわたって継続すべきものとなる[73]。
手術療法は、過去には「性転換手術」とも呼ばれてきたが、現在では「性別適合手術」が正式な名称として用いられている[79]。原語は、英語の sex reassignment surgery であるが、“reassignment” は「再び割り当てる」という意味で、日本語訳として「性別再割り当て手術」「性別再判定手術」「性別再指定手術」がある。日本のGID学会、日本精神神経学会は「性別適合手術」を用いている。change(転換)を用いた「sex change surgery」という英語は用語として存在しない[79]。生物学においての「性転換」という用語は、雌雄いずれかに決定していた動植物の個体が生態として反対の性の機能を得ることに用いられる。また、当事者の性の同一性は生来から一貫しており、当事者は性別を「転換、チェンジ (change)」するものではないとして「性転換」という言葉を嫌うことがある[80][79]。
1961年 - 1991年に渡る国際追跡調査では、術後後悔しているのは全体の2%以下であり、特にトランス男性のほうが予後がいい[81]。 「受けた手術に満足している」、「社会生活において問題ない、機能している」と言う意味での予後の良さについてであり、外科的治療を受けたことで後悔しているものはほとんどいない [82] [83] [84] [85] [86] [87]。
当事者の出生時に登録された公的書類上の性別を書き換えられるようにする法律は「性別承認法」と呼ばれ、医療診断と不妊化を求めるものもあれば、医療診断だけのもの、医師による診断も不妊化も求めないもの(ジェンダー・セルフID)などがある[88]。
日本における性別承認法としては『性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律』がある。その第2条において、「性同一性障害者」が同法第3条第1項各号に該当する場合、請求による家庭裁判所の性別の取扱いの変更の審判によって、民法をはじめとする各法令手続き上の性別が変更されたものとみなされる[89]。一般的には、戸籍法における「男女の別」の変更を示している。
第三条の定める要件は以下のとおり[16][17]。ただし、第4号の要件については2023年10月25日に最高裁判所大法廷が憲法13条(個人の尊厳・幸福追求権)に違反し無効であると判断している[90]。 併せて、主に陰茎切除術などのMtFに必須であった「変更先の性別の性器に類似した外観を持つようにするための手術を必要とする要件」(本法3条1項第5号)については高裁にて検討されていないとしてここでは判断はせずに審理を高裁に差し戻した。
一 十八歳以上であること。 二 現に婚姻をしていないこと。 三 現に未成年の子がいないこと。 四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。 2項 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。 — 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第三条[16][17]
一 十八歳以上であること。 二 現に婚姻をしていないこと。 三 現に未成年の子がいないこと。 四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
日本においては、法律に定められた要件を満たせば戸籍の性別変更が可能だが、そのために必要なホルモン療法や性別適合手術には健康保険の適用がなされていない。ただし、ホルモン療法については戸籍変更後であればホルモン補充療法という形で健康保険の適用を受けることができる場合がある(現在、戸籍変更後のホルモン補充療法への健康保険の適用をめぐって裁判になっており、被告国は健康保険の適用にならない旨を主張している[91])。また、性別適合手術においては経済的な負担を理由に健康保険の適用を求める当事者がいる一方、すでにある程度の当事者が自己負担で手術を受けて終えていることも性同一性障害特例法による性別の取扱いの変更数(2014年末現在までに総数5166名)[92] などから確認できる。
このほか「障害者基本法」[93]や「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律[94](略称は障害者差別解消法)」でも性同一性障害は広く同法の対象となっており[要出典]、企業などで雇用されている当事者が保護される法律となっている。
障害者基本法第4条2項にて「社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。」とした[93]。
これを受け、障害者差別解消法の中でも、この「合理的配慮」の実施が、日本国政府や地方公共団体や独立行政法人や特殊法人については義務(強制)として、また一般事業者については努力義務として位置づけられている。
先進国の多くでは、法律によって性同一性障害者の法的な性別の訂正または変更を認めている。
この項目は、医学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:医学/Portal:医学と医療)。