原 英莉花[3](はら えりか、1999年2月15日 - )は、神奈川県横浜市出身の日本の女子プロゴルファーである。所属はNIPPON EXPRESSホールディングス[4]。
湘南学院高等学校卒業[3]。同高校在学中の2015年より尾崎将司に師事[5][6]。
アマチュア時代の主な成績として、2016年「神奈川アマ」(ジュニア女子15 - 17歳の部)優勝[7]、同年「リゾートトラストレディス」において16位タイとなりローアマチュア獲得等がある[8]。
高校卒業後の2017年に日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)最終プロテスト進出し27位タイで2打足りず不合格[9]。同年プロ宣言をして[10]、「日本女子オープンゴルフ選手権競技」最終予選に臨み14位タイで本戦出場を勝ち取る[11](本戦は23位タイ[12])。
同年LPGAサードクォリファイングトーナメントではA地区50位でファイナルには進めなかった[13]。
オフには『第1回ジャンボ尾崎ジュニアレッスン会』に講師として参加し後の『ジャンボ尾崎アカデミー』設立の一躍を担う[14]。
QTランキング117位のTP単年登録選手としてスタート[15]。同年3月のステップ・アップ・ツアー「ラシンク・ニンジニア / RKBレディース」で下部ツアーながらプロ初優勝[16]、6月の同ツアー「日医工女子オープン」でも優勝した[17]。「第1回リランキング[18]」28位にランクされたことによりLPGAツアー中盤戦の出場資格を得た[19]。同年2度目のLPGA最終プロテスト進出を果たし10位タイで合格[20]、LPGA90期生となる[3]。「第2回リランキング[21]」で16位にランクされたことによりLPGAツアー終盤戦の出場資格を得て[22]、最終的に年間獲得賞金ランキング(賞金ランク)38位で自身初のシード入りを果たす[2]。
同年12月7日、ツアー外競技の「LPGA新人戦 加賀電子カップ」で優勝[23]、同年12月19日に発表されたLPGAアワードにおいて「敢闘賞」を受賞した[24]。
日本通運所属[25]。同年6月「リゾートトラストレディス」においてペ・ソンウとの2ホールのプレーオフを制してLPGAツアー初優勝を果たす[26]。最終的に賞金ランクで自身最高位となる14位となり、2年連続のシード入りとなった[2]。同年12月、日本ゴルフトーナメント振興協会(GTPA)「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」を渋野日向子、河本結、稲見萌寧とともに受賞した[27]。
2020年10月4日、「日本女子オープンゴルフ選手権競技」で公式競技初優勝[28][29]。そして今季最終戦の「JLPGAツアーチャンピオンシップ」では初日から最後まで首位を譲らない4日間完全優勝で公式戦2勝目(ツアー3勝目)を記録した[30]。
2021年は調子の波が大きく、黄金世代の大里桃子、勝みなみ、渋野日向子が勝ち星を挙げる中で終盤まで未勝利であったが、大王製紙エリエールレディスオープンで勝利、ツアー通算4勝目を挙げた[31]。
オフに持病の腰椎ヘルニアを発症した影響で未勝利に終わった[32][33]。
前年苦しんだ腰椎ヘルニアが悪化し、5月にツアー試合の欠場を余儀なくされる状況となったことから手術を決断。5月17日に内視鏡によるヘルニア摘出術を受けた[34]。その後、リハビリテーションを経て「北海道Meijiカップ」にてツアーに復帰し、10月1日の「日本女子オープンゴルフ選手権競技」にて大会2度目の制覇を達成し、約2年ぶりの優勝(ツアー通算5勝目)を挙げた[35]。
27試合に出場し、トップ10が7回も「資生堂レディス」の3位が最高成績でメルセデス・ランキングは24位に終わる。LPGA女子ツアーに挑戦するため、12月に最終予選会に出場するが、1打及ばす67位で最終ラウンドに進めなかった[36]。
LPGA女子ツアーの予選会を通過できなかったが、下部ツアーから参戦するため、1月15日に2025年シーズンの単年シード権の放棄する申し出をJLPGAが受理した[37]。これは単年シード選手は開催試合数の60%以上の試合に出場しなければならない規定だが、国際ツアー登録をした選手は出場試合数の義務などが免除となる。しかし下部ツアーでは国際ツアー登録の対象外のため免除されないため単年シード権を放棄した。しかし、日本女子オープン優勝による複数年シードを有しているため、行使すれば期間内であれば日本ツアーへの復帰が可能。
太字は公式戦