ブレイム(Blame、2006年 - )は、アメリカ合衆国のサラブレッドの競走馬。おもな勝鞍に2010年のホイットニーハンデキャップなどがあり、2010年のブリーダーズカップ・クラシックではゼニヤッタを破って優勝している。
クレイボーンファームおよびアデール・ディルシュナイダーの名義で生産されたサラブレッドの牡馬で、生産者所有のもとアルバート・ストール・ジュニア調教師に預けられ、2008年に2歳で競走馬としてデビューした。
デビュー戦は3着、キーンランド競馬場での翌戦で初勝利を挙げ、2歳時は2戦1勝の戦績で終えている。
2009年、3歳時は6月の下級条件戦から始動し、3戦してカーリンステークスを含む2勝を挙げた[r 1]。
9月19日のサラトガ競馬場で行われたスーパーダービーは、ブレイムにとってグレード競走への初挑戦であった。単勝3倍に支持されたブレイムは、逃げを打った1番人気のリーガルランサムから少し下がった先行集団につけて進み、第3コーナー過ぎから順位を上げていったものの、リーガルランサムを捕らえきれずに1馬身1/4差の2着に敗れた[r 2]。
翌戦10月31日のフェイエットステークスは古馬との混合戦で、ジェイミー・テリオット鞍上のもと、ブレイムは3歳馬ながら単勝3.3倍の2番人気に支持された。スタートから先行集団より少し下がった後方につけ、第3コーナーを大きく回って外に持ち出すと、そこから追い上げて先行した馬を差し切り、2着のパレーディングに1馬身1/4差をつけて重賞初制覇を飾った[r 1]。テリオットはブレイムを「彼は『プッシュボタン・ホース』だ。呼べばすぐさま応えてくれる。」と評している[r 1]。 同年の最終戦は11月27日のクラークハンデキャップで、118ポンド(約53.5キログラム)を背負ったブレイムはここでも単勝5.4倍の2番人気に推された。前走より多い14頭立ての競走であったが、前走同様に先行集団の後ろにつけて進み、第3コーナーから順位を上げて先頭に立った。最後の直線では追い上げてきたトップハンデのアインシュタインと、粘るミスリメンバードをクビ差で凌いで優勝、勝利でその年を締めくくった[r 3]。この勝利を受けて、調教師のストールは、ブレイムがチャーチルダウンズ競馬場と相性が良かった[1]ことから、同競馬場で行われる翌年のブリーダーズカップに期待できるとほのめかした[r 3]。
ブレイムはストールの本拠地であるフェアグラウンズ競馬場で冬を越し、4歳シーズンの初戦をプリークネスステークスのアンダーカードとして開催されるウィリアムドナルドシェーファーステークスで迎えた。同競走では6ヶ月の休養明けながらも1番人気に推されたブレイムは、前走と同様の展開で道中を進み、最後の直線で先行集団の間を割って抜けてゴール、2着のノーアドバンテージに1馬身半差をつけて優勝した[r 4]。この競走ではテリオットに替わってギャレット・ゴメスが新しい乗り役となっており、以降すべての競走でゴメスが騎乗している。
翌戦はG1競走初挑戦となるスティーブンフォスターハンデキャップで、ブレイムは120ポンド(約54.5キログラム)のトップハンデが課せられた。中団の外側につけて競走を進めたブレイムは、最後の直線で逃げたバトルプランをゴール手前で捕らえ、同馬に3/4馬身差をつけて初のG1優勝を成し遂げた[r 5]。勝利後、ストールはブレイムの今後の予定をホイットニーハンデキャップ、ウッドワードステークス、ジョッキークラブゴールドカップといった王道路線に進ませる発表を行った[r 5]。
8月7日、ホイットニーハンデキャップではクオリティロードやマインザットバード、マスケットマンといった同年の有力馬が揃った競走で、ブレイムはクオリティロードに次ぐ2番人気に推された。スタートからクオリティロードやマスケットマン、ヘイネスフィールドが先行し、そこから少し離れた4番手で道中を進めたブレイムは、最後の直線で粘るクオリティロードをアタマ差差し切ってゴール、5連勝でG1競走2勝目を挙げた[r 6]。
ホイットニーハンデキャップの後、陣営はブレイムの次走をジョッキークラブゴールドカップに定めた。本番でブレイムは久しぶりの1番人気に推され、前走同様の位置取りで進めたが、余力を残して逃げたヘイネスフィールドを捕らえることができず、さらに差を広げられて4馬身差の2着に敗れた。ストールは、この敗戦はスーパーダービーと同様のスローペースが原因したとコメントしている[r 7]。
同年のブリーダーズカップ・クラシックは前年に続きゼニヤッタが参戦しており、19にまで伸ばした連勝記録の更なる更新に期待がかけられ、断然の1番人気に推されていた。プリークネスステークス優勝馬のルッキンアットラッキーが2番人気になり、ブレイムはそれに次ぐ3番人気に支持された。スタートからゼニヤッタが最後方、クオリティロードやエスポワールシチーが先頭集団に立つなか、ブレイムはその先頭集団の後方につけて競走を進めた。そして5/16のポール付近から先頭に襲いかかり、直線ではエッチドやルッキンアットラッキーらの追撃を退けながら先頭に立ち、最後に猛然と追い込んできたゼニヤッタをアタマ差凌いでゴール、大一番で大金星を挙げた[r 8]。ただ、この年のエクリプス賞年度代表馬の受賞は逃し(選出されたのはゼニヤッタ)、最優秀古牡馬に選出されている。
ブリーダーズカップ後に引退を表明した[r 9]。
2011年春より父アーチと同じクレイボーンファームにて種牡馬入り。初年度の種付け料は3万5千ドル [2]。初年度産駒からMarch(母父アンブライドルズソング)が2015年のウッディスティーヴンスステークス(米G2)・ベイショアステークス(米G3)に勝利して産駒重賞初勝利。2017年のディアヌ賞(フランスオークス)をSenga(母父エーピーインディ)が優勝して産駒G1初勝利を果たした。北米種牡馬リーディングは2018年の19位が自己最高。2023年は自己最多の129頭に種付け。18歳となる2024年は2万5000ドルで供用されている。
母の父としての主な産駒
父アーチは1998年のスーパーダービー勝ち馬。ブレイム以外の代表産駒として、デルマーオークスなどに優勝した2006年のカナダ年度代表馬アラヴェイル(Arravale 2003年生、牝馬)などがいる。
母ライアブルは同牧場産の15戦6勝で、名牝スペシャルから2代目に当たる。小柄な馬であるために、本馬の配合相手に大きいArchが選ばれた[3]。
第01回(1984年) ワイルドアゲイン 第02回(1985年) プラウドトゥルース 第03回(1986年) スカイウォーカー 第04回(1987年) ファーディナンド 第05回(1988年) アリシーバ 第06回(1989年) サンデーサイレンス 第07回(1990年) アンブライドルド 第08回(1991年) ブラックタイアフェアー 第09回(1992年) エーピーインディ 第10回(1993年) アルカング 第11回(1994年) コンサーン 第12回(1995年) シガー 第13回(1996年) アルファベットスープ 第14回(1997年) スキップアウェイ
第15回(1998年) オーサムアゲイン 第16回(1999年) キャットシーフ 第17回(2000年) ティズナウ 第18回(2001年) ティズナウ 第19回(2002年) ヴォルポニ 第20回(2003年) プレザントリーパーフェクト 第21回(2004年) ゴーストザッパー 第22回(2005年) セイントリアム 第23回(2006年) インヴァソール 第24回(2007年) カーリン 第25回(2008年) レイヴンズパス 第26回(2009年) ゼニヤッタ 第27回(2010年) ブレイム 第28回(2011年) ドロッセルマイヤー
第29回(2012年) フォートラーンド 第30回(2013年) ムーチョマッチョマン 第31回(2014年) バイエルン 第32回(2015年) アメリカンファラオ 第33回(2016年) アロゲート 第34回(2017年) ガンランナー 第35回(2018年) アクセラレート 第36回(2019年) ヴィーノロッソ 第37回(2020年) オーセンティック 第38回(2021年) ニックスゴー 第39回(2022年) フライトライン 第40回(2023年) ホワイトアバリオ 第41回(2024年) シエラレオーネ