バレット M82 (Barrett M82) は、アメリカ合衆国で開発された大口径のセミオート式狙撃銃である。ブローニングM2重機関銃などと共通の12.7x99mm NATO弾(.50 BMG弾)を使用し、代表的な対物ライフルの1つと見なされている。設計者はロニー・バレットで、彼はこの銃の開発および販売のためにバレット・ファイアーアームズ社を設立した。
概要
原型のM82は1982年に開発され、1986年には改良型のM82A1が開発された。M82A1をさらに改修したM107(M82A1M)も、アメリカ軍を中心に使用されている。
弾薬はブローニングM2重機関銃などで採用された.50 BMG弾を使用する。焼夷弾と徹甲弾のほか、炸裂弾の効果を併せ持つRaufoss Mk 211などもある。12.7mm弾は従来の小銃や狙撃銃の弾丸として使用される7.62mm弾と比較すると重量があり、射程も長い。弾道の直進性も良く、長距離射撃の際に空気抵抗や横風などの影響を受けにくく速度低下が少ない[1]。
開発者のロニー・バレットは元々写真家だった[2][3]。1982年の元日、バレットはナッシュビルのRAMO, Inc.社からの依頼を受け、同社の設計した哨戒艇の宣伝用写真を撮影するべく、パーシー・プリースト湖(英語版)に向かった。この時に撮影された写真は地元で賞を受けたものの、RAMO社による政府への売り込み自体は不調に終わった。しかし、哨戒艇に搭載されていたM2重機関銃に感銘を受けたバレットは、これと同じ.50 BMG弾を用いる半自動の肩撃ち銃が設計できないものかと考えるようになった[4]。彼はかねてより大口径弾を用いる長距離射撃競技の愛好家の1人だった。しかし、当時はこれに適したライフルがほとんど設計されておらず、愛好家らは口径を変更した中古の旧式対戦車銃(ボーイズ銃やPzB39など)か、高価なオーダーメイドのカスタムガンを購入するほかに選択肢はなかった。また、どのような銃を使うにしても、射撃時の反動は非常に大きかった。そのため、バレットは自らを含む愛好家らの要望に応えうる、快適に射撃できる大口径ライフルの開発に自ら乗り出した[5]。
バレットはM82について、後に「ダイニングルームのテーブルの上で設計され、最初の1つは床板も張られていないガレージで作られた」と表現している[6]。バレットは大学も卒業しておらず、科学や工学について専門教育を受けたことは一切なかった[2][3]。銃器設計にあたって頼れるのは、戸棚作りをしていた父を手伝った経験、写真館で作業台や道具を作った経験のみだった。また、最初の設計図が描けたのはもともと絵がうまかったからだという[4]。設計図を持ち込んだ町工場の大半で、バレットのアイデアは一笑に付された。その後、機械工ボブ・ミッチェルの協力を取り付け、彼らは日中の仕事を終えた後、バレットの自宅のガレージに設けた作業場でアイデアの実現を試み、設計図が描かれてから4か月もしないうちに射撃可能な最初の試作銃が完成した。ヒューストンで催されたガンショーにて最初の試作銃の射撃ビデオと改良を加えた第2の試作銃の展示を行ったところ、3人から投資を受けることができた。これを元手にガレージで会社を立ち上げ、自作の銃架に収まる数として、最初の30丁のライフルを組み立てた[7]。
過去に対戦車用として同口径の弾薬を使用するライフルがあったため、発表当初には対戦車ライフルの一種と認識されることもあったが[5]、現在配備されているようなものは戦車の装甲を貫くことはできず、陣地・トラックや多目的車を標的とした対物ライフル(アンチ・マテリアル・ライフル)に分類される。
2016年、M82およびM107はテネシー州議会によって「州のライフル」 (State rifle) に認定された。他の候補としてフリントロック・ライフルやケンタッキー銃(英語版)も挙げられていたが、バレットがテネシー州出身であることから、最終的にはバレット社の50口径ライフルが選ばれた[8]。
特徴
基本構造
本体上面のフレームにはスコープマウントが備えられ、その前方にキャリングハンドル、さらに前方下面に二脚(バイポッド)を装備する。スコープマウント後方にはリアサイトを備える。銃身のカバー(被筒)には放熱口が設けられ、銃口にはマズルブレーキがついており、軽量化のために反動利用式の作動機構としてターン・ボルト・ロッキング・ボルトと、ショート・リコイルする銃身を組み込んでいる。当初(初期型)はキャリングハンドルや折り畳み可能なリアサイトは銃本体に固定されており、取り付け位置の変更はできなかったが、マウントレールを有する中期型ではマウントに取り付けるタイプのものに変更され、位置の変更が可能となった。
射撃は伏せて行う(伏射、プローン)か、土嚢などで支えるのが一般的とされる。セミオート式を採用しているために連続射撃が可能だが、マズルブレーキから噴出する発砲煙と、発射場所によってはそれに巻き上げられる砂埃が射手を覆うほど拡散する。
初期にはマズルブレーキの能力不足で強い反動を伴っていたが、箱型のマズルブレーキに改めた結果、12ゲージ口径の散弾銃と同程度まで反動が軽減された。バレット社は二脚を立てての片手撃ちや、腰に抱えて連射する(腰だめ撃ち)PR映像を公開しているほか、YouTubeなどの動画共有サイトには、普通のライフルのように構え、砂漠に向かって連射する米海兵隊員を撮影した動画がアップロードされている。
携行性を向上させるため、15秒で組み立てられるように設計されており、分解してケースに収めることで簡単に運搬が可能である[9]。機関部右側面の排莢口ボルト・ハンドルを後方に引くことで、薬室への弾薬装填を行う。
強力かつ長射程であるため、大きな射撃場でないと長距離射撃の効果を確認する発射試験などはできない。実戦においては、湾岸戦争における2km先の人間に対する狙撃[10]や、イラク戦争でアメリカ軍が掃討で使用した際に1.5km先の敵兵の身体を両断する威力を発揮した例[10]がある。
販売
1983年から民生市場向けの販売が始まった。比較的高価かつ長距離射撃競技に特化した製品ではあったが、大口径ながら低反動で射撃が行えるとして売れ行きは好調だった[5]。しかし、小規模な作業場でバレット自身を含む数人が手作業で製造するという体制であったために数が揃わず納品も遅れ、設備投資なども重なって利益はなかなか上がらなかった[4]。政府機関などと大口の契約が結べなかったこともあり、バレットは銀行や友人に150万ドルの借金があった[11]。アメリカ軍は当初これをすでに陳腐化した対戦車ライフルの一種と見なし、採用の必要性を認めていなかった[5]。一方、当時のアフガニスタン紛争の最中にムジャーヒディーンの支援を行っていた中央情報局では、軍用銃としてM82を一定数購入している[7]。
その後、スコープマウントや特殊作戦用小銃などの設計を行っていたディック・スワン (Dick Swan) の誘いを受け、陸軍主催の軍用品見本市AUSAショーにてM82を出品した。バレット自身は手数料を払えずブースを設置できなかったが、暗視装置を出品していたスワンの友人が、大きなライフルに搭載すれば暗視装置が小型に見えるからという理由で、M82を同時に展示することを受け入れた。その後の3日間、バレットは各国の軍人にパンフレットを配って回った[4]。大規模な販売実績は、スウェーデン向けが最初となる。1980年代、国連レバノン駐留軍に参加したスウェーデン軍では、フランス軍が実施した地雷など爆発物の処理方法への関心が集まった。1988年にはスウェーデン軍も同種任務に責任を負うこととなったので、爆発物処理に適した「十分安全な距離から爆発物を射撃して無力化できる、大口径かつ高精度の火器」の需要が生じた。1989年、イェータ工兵連隊(スウェーデン語版)にて、Ak 4突撃銃(G3小銃)、Ksp88(M2機関銃)、そしてM82を用いて爆発物を射撃する試験が行われた。Ak4では爆発物をうまく爆破できず、Ksp88は爆破に成功したものの工兵向け機材としては重量がありかさばるとされたことから、国防装備庁(スウェーデン語版)は比較的軽便ながら十分な精度と威力を発揮したM82の採用を決定し、バレット社と契約を結んだ。1990年に最初の注文分がスウェーデンに到着し、制式名称はAutomatgevär 90(AG 90, 「自動小銃90型」)とされた[3]。
アメリカ軍においては、空軍が最初に契約を結んだ。空軍では滑走路上の不発弾を除去するために20mm機関砲を使用していたが、必要以上の範囲の舗装に過度の損傷を与えるという問題があった。これに代わるものとしてM82が求められたのである。空軍との契約に続き、陸軍および海兵隊からも打診が行われた。1991年、砂漠の嵐作戦(湾岸戦争)が始まると、陸軍および海兵隊、さらにはイギリス軍からも発注が行われた。前線ではその長大な射程を活かし、トラックや兵員輸送車、あるいは人員などの様々なターゲットを広い範囲で無力化する能力が高く評価された[4]。
軍隊、特に特殊部隊での使用のほか、旅客機の操縦室に立て篭もる犯人を高強度の風防ガラス越しに狙撃して無力化することを目的として、一部の警察SWATがハイジャック犯狙撃用として採用している[12]。
アメリカ軍によって採用された後、バレット社はこの採用実績を利用して宣伝を行った。以後は外国向け販売の割合が増していき、2001年時点では35か国の政府機関への輸出が総販売数の50%を占めていた[11]。
アメリカにおける所持規制の議論
元々が民生用の特殊なスポーツライフルを意図して開発された製品であり、アメリカでは州にもよるが民間人でもスポーツシューティング用としての購入や所持が可能である。一方、アメリカ同時多発テロ事件以降のテロ対策の観点から、規制すべきとの議論がある。
合衆国法典第26編第5845条が定めるところによれば、手榴弾や擲弾銃、大砲に加え、一部のライフルと散弾銃以外で口径半インチ(.50インチ、12.7mm)を超える銃器は、破壊的装置(Destructive device)と定義される[13]。ちょうど.50口径の.50 BMG弾は、破壊的装置と見なされないものとしては、最も強力な弾薬の1つである。
1993年のウェーコ包囲では、籠城していたブランチ・ダビディアン信者がM82を所持していたため、連邦捜査局(FBI)は防護のためにブラッドレー装甲車を投入している[14]。
カリフォルニア州では2005年に民間人の.50口径銃所持が違法化された。これに関連したインタビューで.50口径銃の危険性について問われた時、開発者ロニー・バレットは、「.50口径は優れた記録を持っている。知っての通り、.50口径ライフルが悪用された例は非常に少なく、無いとは言わないまでも、他の口径の銃も手本とするべきであろう記録だ。それに、長いライフルだ。誰かが犯罪者の銃と呼ぶのを聞いたんだろうが、これは5フィート半(≒150センチメートル)かそこらある。犯罪者が使いたがる武器ではない」と述べた。また、戦場以外で何故.50口径銃が必要なのかと問われると、「ターゲットライフルだよ。オモチャだ。高級な大人の趣味のためのオモチャだ」と述べている[14]。この後、バレット社はカリフォルニア州において全製品の販売およびサービスを中止した[7]。
バリエーション
バレットM82
原型。セールス的に振るわなかったため、軍隊他で実際に使用されている例は少ない。
「バレットM82」として一般的に知られている-A1型とは、
- マズルブレーキが四隅を削った長方形のものの側面に孔を開けた“ハーモニカ型”である
- ハンドガードにクーリングホール(冷却孔)がない
- バットストックの補強リブが肉抜きされていない単純な三角形である
といった点から識別できる。
バレットM82A1
M82に小改良を加えたもの。「バレットM82」として一般的に知られているものは、この型である。
A1は製造時期によっていくつかのマイナーチェンジが施されている。初期型(初期/前期型)は、丸い形状のマズルブレーキが備えられていたが、中期型ではマズルブレーキの形状がV字型に変更された。また、この中期型の銃本体上面にロングマウントレールを装備したものも開発され、「M82A1M」の名称が与えられている。そのほか、二脚の形状も一部変更された。
バレットM82A2
対空兵器として使用するため、M82A1を改良したもの。A1とほぼ同様の作動機構を持つ。対空攻撃時に大きな仰角が取れるよう、ブルパップ式に変更された。重量とバランスを支えやすいよう、被筒の前後に設置された2つのグリップを握り、レシーバー部分を肩に担ぐ形で構える。
制式採用されたものの、試験の結果メーカー側が期待したほどの評価を得られず、少数の生産に終わった。
バレットM82A3(M107)
アメリカ海兵隊がM82A1を独自に改良したモデル。アメリカ陸軍でも採用され、陸軍での制式採用名称はM107。
M107CQ
バレット社が独自に開発したM107の短銃身型。“CQ”とは「Close Quarters(Battle)」の略号で、近接戦闘の意。屋内戦闘や車輌などに持ち込んで運用するため、全長を短縮したモデルである。なお、“M107CQ”の名称はバレット社の私的名称で、制式採用された公式な制式番号ではない。
M107A1
全体的に軽量化し、マズルブレーキをQDL(Quick-Deploy Large)型サプレッサー(ハイダーやマズルブレーキを外さなくとも、上から被せるように装着できるタイプのサプレッサー)対応の円筒形状に変更したM107の改良型。なお、“M107A1”の名称はやはりバレット社の私的名称で、制式採用はされていない。
バレットM95
M82A1を、運搬しやすいよう小型軽量化したもの。M82A2同様にブルパップ式を採用することで全長を短縮した。M82A2以上の軽量化と小型化を実現し、ボルトアクション式の作動機構となった。当初の名称はバレットM90だったが、発表後に改良を加えたため、M95に変更された。レシーバー部分などはM82A1から転用されている。
- 全長:1,143mm
- 重量:10,700g
- 装弾数:5発
バレットM99
M95をさらに簡略化、軽量化したもの。M95と同様にボルトアクション式で、弾倉が廃止された単発の狙撃銃となっている。命中精度は高く、1,000ヤード(約915m)での着弾範囲が4.09インチ(約103.88mm)以内に収まったという世界記録を持つ。[要出典][15]
- 重量11kg
- 有効射程2000m(最大射程2600m)
XM109ペイロード
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25x59Bmm対物グレネードを使用する大口径対物ライフル。形状はM82に似ているが銃身が短く、初速は425m/s[16]と大きく低下しているが、装薬量の関係から有効射程はM82とほぼ同等の2,000mで、口径が拡大されたことで運用できる弾頭が増え、通常弾以外にも徹甲弾、徹甲焼夷弾、多目的榴弾、徹甲榴弾、成形炸薬弾、開発中のBORS信管を用いた空中炸裂弾などが使用可能になる。
- 全長:1,169.4mm
- 重量:15.10kg
- 装弾数:5発
XM500
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M82/M107の発展後継型として開発され、2006年に発表されたアメリカ陸軍向けのプロトタイプ。口径12.7mm、全長1,168.0mm、重量11.80kg、装弾数10発でブルパップ式。
作動方式がM82のショートリコイル方式からガスオペレーション・ロータリーボルトロック方式に変更されている。このため、銃身は固定されており、M82より精度的には有利な構造となっている。
レシーバー上部にはピカティニー・レールを標準装備し、照準眼鏡などのオプションを装備しやすいよう改良された。
遊戯銃
日本国内ではVFCがガスガン、日本国内の実銃を有するコレクターからの協力を受け、採寸を行った[17][リンク切れ]スモーキーズガンファクトリーがエアーコッキングガンと、それぞれ販売を行っていた。
海外では、中国のSNOW WOLF(スノーウルフ)社がM82A1及び銃身の短いCQB仕様の電動ガンとM99のエアーコッキングガンの製造を行っている。また、ハリケーン社と、バレット社のライセンスを取得した台湾のSOCOM GEAR(ソーコムギア)社は、コンバーションキットを販売している。
現在、継続して販売を行っているのは、SOCOM GEAR社とSNOW WOLF社の2社[注 1]。
採用国
登場作品
脚注
注釈
- ^ SOCOM GEAR社はライセンスを取得しており、寸法などは実銃を忠実に再現している。SNOW WOLF社製電動ガンは弾倉が小さい、銃身が長いなど異なる点があるが、SOCOM GEAR製の電動ガンの重量が約10kgに対して約5kgと、サバイバルゲームなどで使用しやすい重量となっている。また、双方ともメカボックスが組み込まれているため、実銃では不可能なフルオート射撃ができる。
- ^ なお、このプロップガンは長大な全長に比して軽く、クラレンス役のカートウッド・スミスは「いかにも重そうに芝居しなければいけなかった」と語っている(『ロボコップ』ULTIMATE EDITION メイキングコメントより)
出典
参考文献
関連項目
外部リンク
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