サー・アンドリュー・バロン・ "アンディ "・マリー (Sir Andrew Barron "Andy" Murray, 英語発音: [ˈændruː ˈændi ˈmʌri] [ 1] , 1987年 5月15日 - , OBE )は、スコットランド ・ダンブレーン (英語版 ) 出身、イギリス 国籍の元男子プロテニス 選手。ATPランキング 自己最高位はシングルス1位、ダブルス51位。これまでにATPツアー でシングルス46勝、ダブルス3勝を挙げている。身長190cm、体重84kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。「アンディ・マレー 」とする表記も多い。
ロンドンオリンピック とリオデジャネイロオリンピック において、シングルス選手としては男女通じて初のオリンピック 連覇を達成。グランドスラム では3度の優勝経験があり、特にウィンブルドン選手権 では2013年 にイギリス人 選手77年ぶりの優勝者となった。ATPマスターズ1000 優勝14回。生涯獲得賞金ランキング歴代4位。
ロジャー・フェデラー 、ラファエル・ナダル 、ノバク・ジョコビッチ と共にBIG4 と称される。
1歳年上の兄ジェイミー・マリー もプロテニス選手で、ダブルスの元世界ランキング1位[ 2] 。
選手経歴
ジュニア時代
アンディ・マリーはスコットランド のナショナル・コーチを務めていた母親のジュディ・マリー (英語版 ) の手ほどきにより、3歳からテニス を始めた。少年時代はサッカー でも才能があり、スコットランドの名門サッカークラブ「グラスゴー・レンジャーズ 」からスカウトを受けたこともあるが、テニスに専念する。
2003年 フューチャーズ初優勝
2003年からATPチャレンジャーツアー 、フューチャーズサーキットに出場し始める。彼の初大会であるマンチェスター チャレンジャーでベスト8入り。グラスゴー フューチャーズで初タイトルを獲得した。エディンバラ フューチャーズでもベスト4入り[ 3] 。2004年7月にノッティンガム のチャレンジャー大会に出場するも2回戦でジョー=ウィルフリード・ツォンガ に敗れる。ハティバとローマの大会には優勝した。
2004年 ジュニア世界2位
2004年全米オープン の男子ジュニアシングルス部門で優勝。オーストリア 戦のデビスカップイギリス代表 に選ばれるも出場はなかった。この年BBC Young Sports Personality of the Yearを受賞。2003年には世界ジュニアランキングでシングルス6位、ダブルス8位。2004年には2位にランクインした[ 4] 。
2005年 プロ転向
2005年全仏オープン まではジュニア選手の大会にも出場したが、この年からプロテニス選手として本格的な活動を始め、地元のウィンブルドン 選手権大会で4大大会 の本戦にデビューした。初出場のウィンブルドンでダビド・ナルバンディアン との3回戦に勝ち進み、マリーはイギリス の新しい才能として期待を集めた。続く全米オープン では2回戦でアルノー・クレマン に敗れたが、9月末にタイ・オープン で初のツアー大会決勝進出を果たす。2005年末には世界ランキングを一気に64位まで上げ、10代の男子テニス選手としてはノバク・ジョコビッチ に続く高いポジションにつけた。
2006年 ツアー初優勝
2006年2月13日、アンディ・マリーはSAPオープン の決勝でレイトン・ヒューイット を2-6, 6-1, 7-6で破り、18歳9ヶ月でツアー初優勝を果たす。4大大会でも、2度目のウィンブルドン では3回戦でアンディ・ロディック との“アンディ対決”を7-6, 6-4, 6-4で制してさらに評価を高めたが、4回戦でマルコス・バグダティス に3-6, 4-6, 6-7のストレートで敗れた。8月のシンシナティ・マスターズ では、2回戦で当時ランク1位のロジャー・フェデラー に勝利する大金星を挙げ、2006年シーズンにナダル 以外で、フェデラー から勝利をあげた唯一の選手となった。全米オープン で第17シードを得たマリーは、ニコライ・ダビデンコ との4回戦まで勝ち進み、一気に世界ランキング16位まで上昇した。
2007年 トップ10入り
全豪オープン で第15シードを得たマリーは、4回戦で第2シードのラファエル・ナダル に7-6, 4-6, 6-4, 3-6, 1-6のフルセットで惜敗した。2月にSAPオープン で2連覇を達成し、10月第3週のサンクトペテルブルク・オープン でツアー3勝目を挙げた。他にもマスターズでは2度ベスト4に残った。
2008年 全米準優勝 マスターズ初優勝
2008年のシーズンに入り、マリーは5つのシングルス優勝を加えた。ウィンブルドン では初めて準々決勝に駒を進めたが、ナダル に3-6, 2-6, 4-6のストレートで完敗した。ウィンブルドン終了後、7月末のシンシナティ・マスターズ では第8シードで出場。サム・クエリー 、ドミトリー・トゥルスノフ 、カルロス・モヤ 、イボ・カロビッチ を破り決勝進出。決勝で第3シードで同い年のジョコビッチ を破り、ATPマスターズシリーズ 初優勝を達成。
2008年全米オープンでのアンディ・マリー
全米オープン では第6シードとしてセルヒオ・ロイトマン、ミカエル・ロドラ 、ユルゲン・メルツァー 、スタン・ワウリンカ に勝利。準決勝で世界ランキング1位のナダル を6-2, 7-6, 4-6, 6-4で破って決勝進出を決めた[ 5] 。初進出の決勝戦では、第2シードのフェデラー に2-6, 5-7, 2-6で敗れて準優勝になった[ 6] 。10月のマドリード・マスターズ では第4シードで出場。シモーネ・ボレッリ 、マリン・チリッチ 、ガエル・モンフィス 、第2シードのフェデラー を破り決勝進出。決勝ではジル・シモン を6-4, 7-6で勝利し優勝。マスターズ2勝目を挙げる[ 7] 。年間最終戦であるテニス・マスターズ・カップ に初出場。フェデラー 、ロディック 、ジル・シモン に勝利し3勝0敗でラウンドロビン通過するも準決勝でダビデンコ に敗北。最終的には世界ランキング4位で終える。
2009年 世界2位
2009年全仏オープンでのアンディ・マリー
5月のインディアンウェルズ・マスターズ では第4シードで出場。トミー・ロブレド 、イワン・リュビチッチ 、第2シードのフェデラー を破り決勝でラファエル・ナダル に敗れ準優勝。第4シードで出場したマイアミ・マスターズ ではフェルナンド・ベルダスコ 、フアン・マルティン・デル・ポトロ 、ジョコビッチ を破り優勝。マスターズ3勝目を挙げる。ウィンブルドン選手権 では、地元の期待を背負いながら初の準決勝に進出したが、第6シードのロディック に4-6, 6-4, 6-7(7), 6-7(5)で敗れて決勝進出を逃した。
ロジャーズ・カップ では第3シードで出場。フアン・カルロス・フェレーロ 、ダビデンコ 、ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 、デルポトロ を破り優勝。マスターズ4勝目を挙げた。同年8月17日付の男子ツアーシングルス世界ランキングで、マリーは初めて世界ランキング2位となり、両膝の故障で戦線を離脱していたナダル を抜いた。しかし、前年度に準優勝の成績を出した全米オープン では4回戦でマリン・チリッチ に敗れ、ここでいったん世界ランキングが後退した。年末ランキングでは2年連続4位となる。
フェデラー /ナダル 2強に対して、2008年全豪優勝ジョコビッチ 、2009年全仏準優勝セーデリング 、2009年最終戦優勝ダビデンコ 、2009年全米優勝デルポトロ 共に次世代No.1候補になった年である。
2010年 ホップマン杯・全豪準優勝
2010年全豪オープンでのアンディ・マリー
ホップマンカップ ではローラ・ロブソン とペアを組み出場。カザフスタン 、ドイツ 、ロシア を破り決勝進出するも決勝でスペイン に敗れる。2010年の全豪オープン では、ジョン・イスナー 、第2シードのナダル 、マリン・チリッチ を破り、イギリス人男子選手として1977年12月 のジョン・ロイド 以来33年ぶりの決勝進出を決めた(1977年度の全豪オープンは、年頭の1月開催 と年末の12月開催の2度行われ、ロイドの決勝進出は年末開催のイベントだった)。この決勝戦でも再びフェデラー に3-6, 4-6, 6-7(11)のストレートで敗れ、初優勝はならなかった。
全仏オープン では4回戦でトマーシュ・ベルディハ に敗れる。ウィンブルドン選手権 ではジル・シモン 、サム・クエリー 、ツォンガ に勝利しナダル に敗れるも2年連続ベスト4入り。ロジャース・カップ ではガエル・モンフィス 、ダビド・ナルバンディアン 、第1シードのナダル らを破り決勝進出。決勝ではフェデラー を7-5, 7-5で勝利し2連覇達成。全米オープンはワウリンカ に敗れ3回戦敗退。上海マスターズ ではジェレミー・シャルディー 、ツォンガ 、フアン・モナコ らを破り決勝進出。決勝でフェデラー に6-3, 6-2で勝利しマスターズ6勝目を挙げる。2010年ツアーで5360ポイントを稼ぎ第5位の成績でATPワールドツアー・ファイナルズ に出場。ラウンドロビンはフェデラー に敗れるもロビン・セーデリング 、ダビド・フェレール に勝利し準決勝進出。準決勝でナダル に6-7, 6-3, 6-7で敗れる。
2011年 マスターズ8勝目
全豪オープン で2年連続となる決勝に進出したが、ジョコビッチ に4–6, 2–6, 3–6のストレートで敗れ4大大会3度目の準優勝となった。年末世界ランキング3年連続4位となる。全仏オープン で初めてのベスト4に進出したが、ナダル に4-6, 5-7, 4-6で敗れた。
ウィンブルドン選手権 で3年連続の準決勝に進出したが、またもナダル に7-5, 2-6, 2-6, 4-6で敗れた。
ウィンブルドン後のデビスカップ ではルクセンブルクのローラン・ブラン に6-0, 6-0, 6-0で勝利し、オープン化後以降8人目のトリプルベーグル達成者となった。
マスターズ1000 では第4シードで出場したシンシナティ・マスターズ ではジル・シモン 、マーディ・フィッシュ らを破り決勝進出。決勝では第1シードのジョコビッチ に勝利し3年ぶりの優勝。
全米オープン でも準決勝に進出し、2011年の4大大会全てでベスト4以上に進出したが、準決勝でナダル に4-6, 2-6, 6-3, 2-6で敗れた。年間での4大大会すべてベスト4入りは男子史上7人目。
2011年楽天ジャパン・オープンでのアンディ・マリー(右)とジェイミー・マリー(左)
秋のアジアシリーズではタイ・オープン 、ジャパン・オープン・テニス選手権 で2大会連続優勝を果たし、第2シードで出場した上海マスターズはスタン・ワウリンカ 、マシュー・エブデン 、錦織圭 らを破り決勝進出。決勝ではフェレール に7-5, 6-4で勝利し優勝。しかし最終戦のATPワールドツアー・ファイナルズ ではフェレール との1試合目を落とした後、太もも付け根の負傷のため大会を棄権した。最終世界ランキング4年連続4位となる。
2012年 全米初優勝 五輪金メダル獲得
ロンドンオリンピック で金メダル獲得を果たしたアンディ・マリー(中央)
2012年は1月にコーチとして往年の名選手でもあるイワン・レンドル を招聘した。全豪オープン では準々決勝で錦織圭 に6-3, 6-3, 6-1で快勝したが、準決勝でジョコビッチ に3-6, 6-3, 7-6(4), 1-6, 5-7 で競り負けた。ウィンブルドン では、イギリス人選手としては74年ぶりの決勝進出を果たすも、フェデラー に6-4, 5-7, 3-6, 4-6で敗れ、1936年大会のフレッド・ペリー 以来の優勝を逃した。それでも、続くロンドン五輪 ではスタニスラス・ワウリンカ 、ヤルコ・ニエミネン 、マルコス・バグダティス 、ニコラス・アルマグロ 、ジョコビッチ を破り決勝進出。決勝でフェデラー を6-2, 6-1, 6-4で破り、地元開催のオリンピックで金メダル を獲得した。イギリス人 選手の金メダリストはジョシア・リッチー 以来104年ぶりとなる。また、ローラ・ロブソン とのペアで出場した混合ダブルスでは銀メダルを獲得した。
2012年全米オープンでのアンディ・マリー
全米オープン ではアレックス・ボゴモロフ・ジュニア 、イワン・ドディグ 、フェリシアーノ・ロペス 、ミロシュ・ラオニッチ 、マリン・チリッチ 、トマーシュ・ベルディハ を破り決勝進出。決勝でジョコビッチ を7-6, 7-5, 2-6, 3-6, 6-2全米決勝史上最長タイの4時間54分に及ぶ激闘を制し、4大大会5度目・初の決勝進出から4年越しでの悲願のグランドスラム タイトル を手に入れた[ 8] 。グランドスラム制覇はイギリス人としては1936年のフレッド・ペリー 以来で、スコットランド生まれとしては初の選手であった。また、グランドスラムを制覇したことでBIG4 の一員として認められるようになった[ 9] 。
その後の上海マスターズ では決勝でジョコビッチ に7-5, 6-7(11), 3-6とマッチポイントを握るも敗退し3連覇とはならなかった。ATPワールドツアー・ファイナルズ ではトマーシュ・ベルディハ 、ツォンガ に勝利しラウンドロビンを突破するも準決勝でフェデラー に敗退した。最終世界ランキングで初めてナダル を上回り3位となる。
2013年 ウィンブルドン初優勝
2013年ウィンブルドン選手権で悲願の初優勝を遂げたアンディ・マリー
2013年年初に行われたブリスベン国際 では決勝で若手のグリゴール・ディミトロフ を下し2連覇。全豪オープン では準決勝でフェデラー にフルセットで勝利したが、決勝ではジョコビッチ にセットカウント1-3で敗退し準優勝に終わる。3月のソニー・エリクソン・オープン では第2シードで出場。バーナード・トミック 、グリゴール・ディミトロフ 、アンドレアス・セッピ 、マリン・チリッチ 、リシャール・ガスケ を破り決勝進出。決勝でフェレール を2-6, 6-4, 7-6で下し2009年以来4年ぶりの優勝。また、マスターズ1000 の優勝は2011年上海マスターズ 以来となる。
クレーコートシーズンのマスターズ3大会は、2回戦敗退や3回戦敗退など早期敗退が目立った。全仏オープン は腰の痛みにより欠場し、4大大会連続決勝進出も3大会でストップ。9大会連続ベスト8入りもストップした。復帰後のエイゴン選手権 決勝でマリン・チリッチ を下しシーズン3勝目を挙げた。
ウィンブルドン ではベンヤミン・ベッカー 、盧彦勳 、トミー・ロブレド 、ミハイル・ユージニー 、フェルナンド・ベルダスコ 、イェジ・ヤノビッチ を破り決勝進出。決勝戦でジョコビッチ を6-4, 7-5, 6-4で破り、1936年のフレッド・ペリー以来77年ぶりとなる悲願の地元ウィンブルドン優勝 を達成した[ 10] 。
ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ全米オープン では準々決勝でスタン・ワウリンカ に敗れた。9月のデビスカップに出場した後、腰の手術を理由にシーズンを終了した[ 11] 。最終世界ランキングは4位につけた。
2014年 ツアー30勝目 トップ10陥落
カタールオープン からシーズンを開始した。1月22日、第4シードで臨んだ全豪オープン では準々決勝で第6シードのフェデラー に敗れベスト8。3月にはイワン・レンドルとのコーチ契約を終了した[ 12] 。6月7日、全仏オープン では大会第1シードのナダル に6-3, 6-2, 6-1で敗退しベスト4。全仏オープン後に女子テニス元世界ランク1位のアメリ・モレスモ をコーチとして招聘した[ 13] 。女性が男子のトッププレーヤーのコーチに就任するのは異例の事態で、物議を醸した。7月3日、前回王者として望んだウィンブルドン では準々決勝で第11シードのグリゴール・ディミトロフ に敗れベスト8に終わる。ウィンブルドンでベスト4に上がれなかったのは2008年以来6年ぶり。9月4日、全米オープン に大会準々決勝で第1シードのノバク・ジョコビッチ に敗れベスト8。9月28日、深圳オープン でトミー・ロブレド を5-7, 7-6, 6-1で下し、昨年のウィンブルドン以来、1年以上ぶりに優勝した。10月19日エルステ・バンク・オープン でフェレール との接戦を制し、5-7, 6-2, 7-5で勝利しての優勝。ATPポイントで11位から8位に浮上。10月26日、バレンシア・オープン でシングルス決勝でトミー・ロブレド に3-6, 7-6, 7-6で競り勝ち、シングルス通算31回目のタイトルを手にした。ATPポイントで5位に浮上。その他ATPマスターズ1000 では5つのベスト8を飾り世界6位の成績で自身7度目のATPワールドツアー・ファイナルズ 出場を決めた。ATPワールドツアー・ファイナルズ では1勝2敗でラウンドロビン敗退となった。
2015年 デビス杯初優勝 世界2位復帰
2015年全豪オープンでのアンディ・マリー(1)
全豪オープン でグリゴール・ディミトロフ 、ニック・キリオス 、トマーシュ・ベルディハ らを破り2年ぶり4度目の決勝進出。決勝でノバク・ジョコビッチ に敗れ、グランドスラムでは6回目の準優勝となった。全豪での準優勝4回はオープン化以降最多記録[ 14] 。2月23日、世界ランキングでナダル を上回り、2013年10月以来の世界3位となった。
2015年全豪オープンでのアンディ・マリー(2)
3月19日BNPパリバ・オープン シングルス準々決勝が行われ第12シードのフェリシアーノ・ロペス を6-3, 6-4のストレートで下し、6年ぶり2度目のベスト4進出。この勝利により通算497勝目をあげ、ティム・ヘンマン を抜きオープン化以降イギリス人選手最多勝利を記録した[ 15] 。3月31日、マイアミ・オープン 4回戦で第15シードのケビン・アンダーソンを6-4, 3-6, 6-3のフルセットで下し、ベスト8進出したと共に、オープン化以降46人目となるキャリア500勝を達成した。同大会2009, 2013年優勝のマリーは4年連続6度目のベスト8進出となる[ 16] 。決勝まで進むもジョコビッチ に敗れた。
5月でのBMWオープン で決勝において地元ドイツ出身のフィリップ・コールシュライバー を7-6, 5-7, 7-6のフルセットで下し、自身初のクレーコート大会での優勝を飾った。その翌週のマドリード・オープン では準決勝で昨年準優勝の錦織圭 に勝利。決勝では大会2連覇中のナダル を6-3, 6-2で勝利し同大会2008年以来2度目・マスターズ1000 では2年ぶり10回目の優勝。マスターズ1000のクレーコートでの優勝は初。またナダル にはクレーコートでの初勝利を挙げた[ 17] 。BNLイタリア国際 では連戦による疲労のため3回戦の前に棄権した。全仏オープン では準々決勝でフェレール にクレーコートで初勝利し、2年連続のベスト4進出、準決勝ではジョコビッチ に3-6, 3-6, 7-5, 7-5, 1-6のフルセットで敗れた。
6月のエイゴン選手権 では決勝でケビン・アンダーソン を破り優勝、ウィンブルドン選手権 ではイボ・カロビッチ 、バセク・ポシュピシル らを破りベスト4に進出するも準決勝でフェデラー に5-7, 5-7, 4-6のストレートで敗れた。8月のシティ・オープン では第1シードで出場するも初戦でティムラズ・ガバシュビリ に4-6, 6-4, 6-7(4)で敗れ、2年ぶりの初戦敗退を喫した。翌週のロジャーズ・カップ では、準々決勝で前回王者のツォンガ に6-4, 6-4で、準決勝で錦織圭 に6-3, 6-0で勝利、決勝でジョコビッチ に6-4, 4-6, 6-3で勝利し同大会5年ぶりの優勝を果たし、世界ランキングは2013年8月以来約2年ぶりの2位となった。翌週のシンシナティ・マスターズ では3回戦でグリゴール・ディミトロフ に4-6, 7-6(3), 5-2と追い込まれるもそこから5ゲーム連取し勝利、準々決勝のリシャール・ガスケ 戦でも4-6, 6-1, 6-4と苦しい立ち上がりながら準決勝に進出、しかし準決勝でフェデラー に4-6, 6-7(6)で敗れた。全米オープン では4回戦でケビン・アンダーソン に6-7(5), 3-6, 7-6(2), 6-7(0)で敗れた。上海マスターズ では準決勝でジョコビッチ に1-6, 3-6で敗れた。BNPパリバ・マスターズ では決勝に進出し、ジョコビッチ に2-6, 4-6で敗れたが、レースランキングで2位となり、ATPワールドツアー・ファイナルズ に第2シードでの出場が決まった。ATPワールドツアー・ファイナルズ では初戦でフェレール に6–4, 6–4で勝利するも、第2戦でナダル に4-6, 1-6で、第3戦でワウリンカ に6-7, 4-6で敗れ、2年連続のラウンドロビン敗退となった。しかし、世界ランキング3位のフェデラー が優勝できなかったため、自身初の年間最終2位 となった。
デビスカップ2015 ではイギリス代表 のエースとして活躍。初戦のアメリカ 戦ではドナルド・ヤング とエースのジョン・イズナー に勝利し、準々決勝進出に貢献。準々決勝のフランス 戦では第2戦のツォンガ 戦に勝利。第3戦のダブルスでは兄のジェイミー・マリー と組み、マユ /ツォンガ 組に勝利、第4戦のジル・シモン 戦も勝利し、準決勝進出を決める。準決勝のオーストラリア 戦では第1戦でタナシ・コキナキス に勝利。第3戦のダブルスでは再び兄ジェイミーと組み、グロス /ヒューイット 組と対戦。フルセットにもつれるも、4-6, 6-3, 6-4, 6-7(6), 6-4で勝利。第4戦でバーナード・トミック に7-5, 6-3, 6-2で勝利し、イギリスを1978年以来の決勝に導いた。決勝のベルギー 戦では第2戦でルーベン・ベーメルマンス に6-3, 6-2, 7-5で勝利。第3戦のダブルスでは三度兄ジェイミーと組み、ダルシス /ゴファン 組と対戦し6-4, 4-6, 6-3, 6-2で勝利。第4戦でベルギーのエースのゴファンに6-3, 7-5, 6-3で勝利し、イギリスに79年ぶりのデビスカップ優勝 をもたらした。また、デビスカップで出場全試合勝利で優勝した。シングルス8勝は1983年のマッツ・ビランデル 以来。
2016年 悲願の世界1位 ウィンブルドン2度目の優勝 全仏準優勝 五輪2連覇
全豪オープン では第2シードで出場。大会前より2月に第1子が出産予定のため、出産が早まった場合全豪を途中棄権することを表明していた[ 18] 。準決勝でミロシュ・ラオニッチ に4-6, 7-5, 6-7(4), 6-4, 6-2で4時間3分の試合を制し、2年連続5度目の決勝進出。決勝でノバク・ジョコビッチ と4度目の対戦で1-6, 5-7, 6-7(3)で敗れ、5度目の準優勝となり、またも初優勝とはならなかった。
2月7日に第1子が誕生[ 19] 。
3月のデビスカップ からツアーに復帰し、日本 と対戦し、第4試合で錦織圭 と7-5, 7-6(6), 3-6, 4-6, 6-3の4時間54分の激戦を演じた。インディアンウェルズ・マスターズ では3回戦でフェデリコ・デルボニス に4-6, 6-4, 6-7(3)で敗れた。マイアミ・オープン では3回戦でグリゴール・ディミトロフ に7-6(1), 4-6, 3-6で敗れた。3年ぶりに出場したモンテカルロ・マスターズ では準決勝でラファエル・ナダル に敗れた。前回優勝のマドリード・オープン では準決勝で2年連続でラファエル・ナダル を破って、2年連続の決勝進出。決勝でノバク・ジョコビッチ に敗れ、連覇はならなかった。5月9日にモレスモとのコーチ契約を終了したと発表した[ 20] 。BNLイタリア国際 では初めて決勝に進出した。決勝でジョコビッチ に6-3, 6-3で3年ぶりにストレート勝ちし、またクレーでジョコビッチに初勝利をあげ、大会初優勝を果たした。全仏オープン では序盤から苦しい戦いを強いられる。初戦は元世界ランク8位のラデク・ステパネク に第1,2セットを3-6, 3-6で取られるも、その後6-0, 6-3, 7-5で逆転勝ち。2回戦でも地元フランスのマティアス・ブルグ に6-2, 2-6, 4-6, 6-2, 6-3と苦戦した。その後はイボ・カロビッチ 、ジョン・イズナー にストレート勝ち。準々決勝では地元フランスのリシャール・ガスケ に5-7, 7-6(3), 6-0, 6-2で勝利し、3年連続ベスト4進出。準決勝でディフェンディングチャンピオンのスタン・ワウリンカ に対して6-4, 6-2, 4-6, 6-2でクレー初勝利を挙げ、全仏では自身初めて決勝進出を果たした。決勝ではノバク・ジョコビッチ と対戦。第1セットを先取するも、6-3, 1-6, 2-6, 4-6で敗れ、初優勝はならなかった。6月にイワン・レンドルを再びコーチとして迎えた[ 21] 。
2016年ウィンブルドン選手権優勝時のアンディ・マリー
芝シーズンではエイゴン選手権 で優勝。ウィンブルドン でも、準決勝でトマーシュ・ベルディハ をストレートで破り、3年ぶりに決勝進出。決勝でラオニッチ に6-4, 7-6(3), 7-6(2)で勝利し、3年ぶりのウィンブルドン及びグランドスラム優勝 を果たした[ 22] 。
リオ五輪 の兄ジェイミー と組んだダブルス では1回戦で地元のベルッシ /サ 組に敗れた。シングルス では準決勝で錦織圭 に6-1, 6-4で勝利し、ロンドン五輪に続き、決勝進出を果たす。決勝でフアン・マルティン・デル・ポトロ に7-5, 4-6, 6-2, 7-5で勝利し、男子及びシングルス史上初のオリンピック連覇 を果たした[ 23] 。
リオデジャネイロ五輪開幕時のアンディ・マリー
シンシナティ・マスターズ では準決勝でラオニッチ に勝利し決勝進出。ここまで全仏の決勝で敗れて以降22連勝を果たしていた。決勝ではマリン・チリッチ に4-6, 5-7で敗れた。全米オープン では準々決勝で錦織圭 との3時間57分の激闘の末、6-1, 4-6, 6-4, 1-6, 5-7で敗れた。さらにデビスカップ準決勝 のアルゼンチン 戦でデルポトロ に4-6, 7-5, 7-6(5), 3-6, 4-6で敗れ、イギリス代表の2年連続決勝進出はならなかった。
2016年エルステ・バンク・オープンでのアンディ・マリー
その後、チャイナ・オープン 、上海マスターズ 、エルステ・バンク・オープン で3連勝し、レースランキングで1位のジョコビッチ と415ポイント差まで詰める。世界ランク1位をかけ挑んだBNPパリバ・マスターズ ではジョコビッチ が準々決勝で敗れ、マリーは準決勝で相手のラオニッチ が棄権したため、悲願の世界ランク1位が確定 した[ 24] 。現行の制度になってから世界ランキング1位はイギリス人選手として初の快挙だった。決勝ではジョン・イズナー に6-3, 6-7(4), 6-4で勝利し、4大会連続優勝を果たした。
ATPワールドツアー・ファイナルズ では第2戦で錦織圭 に6-7(9), 6-4, 6-4の3時間20分で苦戦させられるも、ラウンドラビンを3連勝で突破。準決勝ではラオニッチ と3時間38分の激闘の末5-7, 7-6(5), 7-6(9)で勝利し、自身初のATPワールドツアー・ファイナルズ決勝進出を果たす。決勝では全仏以来のジョコビッチ との対戦で年間最終1位をかけ戦い、6-3, 6-4でこれを制し、ATPワールドツアー・ファイナルズ初優勝 を果たすとともに、この年のシーズンを世界ランキング年間最終1位 で終えることを確定させ、キャリア史上最も充実した1年に最高の形で花を添えた[ 25] 。
2017年 世界1位陥落
これまでの実績と慈善活動を称えられ、ナイト (Knight Bachelor)の称号を授与された。男性では29歳の授与は史上最年少[ 26] 。
年初のカタール・オープン では決勝でジョコビッチ に3-6, 7-5, 4-6で敗れ、デビスカップ2016 準決勝からの連勝は28でストップした[ 27] 。全豪オープン では初めてグランドスラム の第1シードで出場して、2回戦でアンドレイ・ルブレフ を6-3, 6-0, 6-2、3回戦でサム・クエリー を6-4, 6-2, 6-4で、それぞれストレートで勝ち上がるも、4回戦でミーシャ・ズベレフ に5-7, 7-5, 2-6, 4-6で敗れた。
2月のドバイ・テニス選手権 の準々決勝ではフィリップ・コールシュライバー の7回のマッチポイントを守り、6-7(4), 7-6(18), 6-1で勝利した。第2セットのタイブレークの20-18のスコアは史上最高タイで、1991年以来史上6度目である[ 28] 。その後決勝でフェルナンド・ベルダスコ に6–3, 6–2で勝利して優勝。3月のBNPパリバ・オープン では初戦でバセク・ポスピシル に4-6, 6-7(5)で敗れた。
その後マイアミ・オープン は欠場、クレーシーズンではバルセロナ・オープン ではベスト4に入ったが、ドミニク・ティエム に準決勝で敗退した。モンテカルロ・マスターズ では3回戦でアルベルト・ラモス=ビノラス に、ムチュア・マドリード・オープン では3回戦でボルナ・チョリッチ に、BNLイタリア国際 では2回戦でファビオ・フォニーニ にそれぞれ敗退したが、第1シードで迎えた全仏オープン では準々決勝で錦織圭 を破り、4年連続のベスト4進出を果たしたが、準決勝でワウリンカ に7-6(8), 3-6, 7-5, 6-7(3), 1-6のフルセットの熱戦で敗れた。
芝シーズンに入り、エイゴン選手権 ではジョーダン・トンプソン に初戦敗退した。ディフェンディングチャンピオンとして臨んだウィンブルドン選手権 では準々決勝でサム・クエリー に6-3, 4-6, 7-6(4), 1-6, 1-6で敗れた。その後は数ヶ月前から続く股関節付近の故障によりシーズンを終了し、全米オープン を含む大会を欠場している[ 29] 。8月21日付の世界ランキングで41週在位した1位から陥落。
年末のスコットランド のグラスゴー で開催されたエキシビジョンにロジャー・フェデラー とともに出場。3-6, 6-3, 6-10のフルセットで惜敗した。しかし、試合途中に演出としてキルト をフェデラーとともに羽織って会場を盛り上げてテニス を楽しんでいた。年間最終ランキングは16位。
2018年 臀部手術で離脱 世界839位
前年からの怪我の影響でブリスベン国際 、更には全豪オープン の欠場を発表。1月8日にメルボルン で故障中の右股関節付近の手術を受け、グラスコートシーズンでの復帰を目標にすると発表した[ 30] 。
6月18日付のATPランキングで157位となり、2008年9月以来の100位圏外となった。同月クイーンズ・クラブ選手権 で復帰し、1回戦でニック・キリオス にフルセットで敗れた。その後イーストボーン国際 に出場してスタン・ワウリンカ に6-1, 6-3で勝利して復帰後初勝利をあげるも、2回戦でカイル・エドマンド に4-6, 4-6で敗れ、更にウィンブルドン選手権 は激しい痛みのために棄権した[ 31] 。その結果世界ランキングは839位まで落ちた[ 32] 。
2018年ウエスタン・アンド・サザン・オープンでのアンディ・マリー
8月のシティ・オープン ではベスト8入りするも、1回戦から3回戦まで全てフルセットで、特に3回戦は午前3時に終了するほど長引き、疲労困憊で準々決勝は棄権した[ 33] 。ウエスタン・アンド・サザン・オープン は1回戦でリュカ・プイユ に敗れた。全米オープン では1回戦でジェームズ・ダックワース に6-7, 5-7, 6-3, 7-5, 6-3で14ヶ月ぶりにグランドスラム での勝利をあげるも、2回戦でフェルナンド・ベルダスコ に5-7, 6-2, 4-6, 4-6で敗れた[ 34] 。
深圳オープン では2回戦で世界ランキング11位のダビド・ゴファン に勝利するも、準々決勝でベルダスコ に敗れた。9月29日に深圳オープン準々決勝で足首を負傷したとしてチャイナ・オープン 欠場を発表し、シーズンを予定より早く打ち切ることが決まった[ 35] 。シーズンでツアー優勝なしに終わったのは2005年以来のことになった。11月にレンドル とのコーチ契約を解消した[ 36] 。12月末に大坂なおみ と練習し、ツーショット写真を各自のインスタグラム にあげた[ 37] 。年間最終ランキングは240位。
2019年 引退示唆と復帰
年初のブリスベン国際 に出場し、1回戦のジェームズ・ダックワース との復帰戦を6-3, 6-4の白星で飾ったが、2回戦でダニール・メドベージェフ に5-7, 2-6敗れた。1月11日、長年悩まされてきた股関節の故障により自由にプレーすることができないことを理由に、今シーズンをもっての現役引退を示唆した[ 38] 。「ウィンブルドンに出場して(選手としてのキャリアを)終わらせたいとチームに伝えた。だけど、それができるかどうか確信はない」と話した。また、アンダーアーマー との5年間の契約が切れて、新たにCastore (カストレ) とウェア契約を結び、カストレのウェアを身につけて全豪オープン に出場。1回戦でロベルト・バウティスタ・アグート と対戦し、4時間を超える熱戦の末4-6, 4-6, 7-6(5), 7-6(4), 2-6で敗れた[ 39] 。同月29日に自身のSNS で股関節置換手術を受けたことを発表した[ 40] 。その後インタビューで痛みから解放されたと語り[ 41] 、3月末には練習を再開した様子がSNSに投稿された[ 42] 。
2019年ウィンブルドン選手権混合ダブルスでのアンディ・マリーとセリーナ・ウィリアムズ
6月3日にATP公式サイトで、6月中旬に開催されるクイーンズ・クラブ選手権 のダブルスで復帰すると発表した[ 43] 。シングルス復帰は未定だという。迎えたクイーンズ・クラブ選手権 のダブルスにフェリシアーノ・ロペス と組んで出場。1回戦でダブルス世界ランキング1位のロベルト・ファラ /フアン・セバスティアン・カバル 組を撃破して復帰戦勝利をあげると勝ち進み、決勝ではジョー・ソールズベリー /ラジーブ・ラム 組に7-6(6), 5-7, 10-5で勝利し、復帰初戦で優勝を果たした[ 44] 。ウィンブルドン選手権 の男子ダブルスにピエール=ユーグ・エルベール と組んで出場したが、2回戦敗退。ミックスダブルスではセレーナ・ウィリアムズ と組んで出場も、3回戦で姿を消している。8月のウエスタン・アンド・サザン・オープン でシングルスに復帰するも、1回戦でリシャール・ガスケ に4-6, 4-6で敗れた[ 45] 。
ラファ・ナダル・オープンでは14年ぶりにATPチャレンジャーツアー に参戦し、復帰後シングルス初白星を挙げた[ 46] 。珠海選手権 1回戦でテニーズ・サングレン に勝利して、復帰後ツアー初勝利。2回戦でアレックス・デミノー に敗れた。チャイナ・オープン では1回戦で好調のマッテオ・ベレッティーニ 、2回戦でキャメロン・ノーリー を破り、ベスト8入り。準々決勝でドミニク・ティエム に敗れた。上海マスターズ では2回戦でファビオ・フォニーニ にフルセットの末に惜敗したが、ヨーロピアン・オープン では決勝進出すると、決勝ではスタン・ワウリンカ を3-6, 6-4, 6-4で破り復帰後初にして2年ぶりのツアー優勝を果たした。パリ・マスターズ は第3子出産に備えて欠場し[ 47] 、年間最終ランキングは125位。
2020年 コロナ禍での再復帰
昨年11月のデビスカップ 後に再び股関節を痛め、全豪オープン を欠場。3月に復帰予定だったが新型コロナウイルス流行 の影響でツアーが中断になり、復帰は先送りに。4月にはムチュア・マドリード・オープン がオンラインゲーム で開かれ、錦織圭 やラファエル・ナダル らとともに参戦し優勝した[ 48] 。6月にはイギリスのトッププロたちが出場するエキシビション大会「バトル・オブ・ブリッツ」に参加した。
8月よりツアーが再開され、復帰戦としてウエスタン・アンド・サザン・オープン に出場。2回戦では第5シードのアレクサンダー・ズベレフ に6-3, 3-6, 7-5のフルセットで勝利し、復帰を印象づけた。1年8カ月ぶりのグランドスラム となる全米オープン では1回戦で西岡良仁 に対して、6-4, 6-4, 6-7(5), 6-7(4), 6-4のフルセットの逆転勝利を収めるも、2回戦でフェリックス・オジェ=アリアシム に2-6, 3-6, 4-6のストレートで敗れた。全仏オープン は1回戦では第16シードのスタン・ワウリンカ に1-6, 3-6, 2-6のストレートで敗北。年間最終ランキングは122位。
2021年 東京五輪ダブルスベスト8
全豪オープン 出場を予定していたが、メルボルン 行きのチャーター便に乗る直前に受けた新型コロナウイルス 検査で陽性と判定され、出場困難になったため欠場を判断。その代わりの復帰戦としてイタリアのATPチャレンジャーツアー 大会に出場し、準優勝[ 49] 。その後はツアーに復帰し、ウィンブルドン選手権 に2017年以来4年ぶりの出場を果たした。3回戦まで進んだ。
2020東京オリンピック ではシングルス とダブルスにエントリーしていたが、「メディカルスタッフのアドバイスもあり、(単複の)両方をプレーすることは困難と判断した」と、シングルスの欠場を発表[ 50] 。3連覇の夢は断念した。ジョー・ソールズベリー と組んだダブルスは、1回戦で第2シードのエルベール /マウ 組(フランス)を破ったが、次戦で準優勝することになるチリッチ /ドディグ 組(クロアチア)に6-4, 6-7(2), [7-10]で惜敗して4度目のオリンピックが幕を閉じた。
2021年レンヌ・チャレンジャーでのアンディ・マリー
全米オープン では1回戦で第3シードのステファノス・チチパス に4時間49分に及ぶフルセットの末に6-2, 6-7(7), 6-3, 3-6, 4-6で敗れた。試合中からチチパスの度重なる遅延行為に不満を露わにし、試合後もSNSで怒りを見せた[ 51] 。この件も影響し、翌22年よりトイレットブレークや着替えなどのタイムルールが厳格化された[ 52] 。
2週間後のATPチャレンジャーツアー に出場すると、シーズン閉幕まで毎週試合に出場し、試合勘を取り戻すプロセスを行った。年間最終ランキングは134位。12月に行われたエキシビションマッチ、ムバダラ・ワールド・テニス選手権の準決勝にてラファエル・ナダル と対戦。約5年半ぶりとなったBIG4 対決を制し、6-3, 7-5のストレートで勝利した。
2022年 ツアー通算700勝
シドニー・テニス・クラシックで、第2シードのニコロズ・バシラシビリ らを下し、約2年3か月ぶりのツアー決勝進出。決勝ではアスラン・カラツェフ に敗れて準優勝だった。全豪オープン 1回戦で第21シードのバシラシビリ を1-6, 6-3, 4-6, 6-7(5), 6-4のフルセットの末に再び破るが、2回戦でダニエル太郎 に4-6, 4-6, 4-6のストレートで敗れた。2月7日のATPランキングで95位となり、4年ぶりにトップ100にカムバックを果たした。
3月のBNPパリバ・オープン 1回戦でダニエル太郎 に勝ち、キャリア通算700勝に到達した。現役選手ではBIG4 (テニス) の他3人に次ぎ、2016年の600勝から5年半の年月をかけて挙げた成果である[ 53] 。クレーシーズンはムチュア・マドリード・オープン のみ出場して、2回戦で第14シードのデニス・シャポバロフ を破り、次戦はノバク・ジョコビッチ が相手となった。しかし、食中毒で棄権し、5年ぶりの対戦は実現しなかった[ 54] 。
芝シーズンになり、6月のATPチャレンジャーツアー であるエイゴン・サービトン・トロフィーではベスト4入り。シュトゥットガルト・オープン では準々決勝で第1シードのステファノス・チチパス を、準決勝でニック・キリオス をストレートで破り、決勝進出。決勝ではマッテオ・ベレッティーニ に4-6, 7-5, 3-6のフルセットで敗れて準優勝だったが、世界ランキング47位に浮上。トップ50位入りまで復帰を遂げた。9月にはレーバーカップ に初出場し、フェデラーの最終戦を他のBIG4とともに見届けた。
2023年 チャレンジャー3勝
1月、全豪オープン では1回戦13シードのマッテオ・ベレッティーニ と対戦し、4時間49分もの大熱戦の末にフルセットで初戦突破。この勝利が、史上5人目となる全豪オープンでの50勝目(フェデラー102勝、ジョコビッチ82勝、ナダル77勝、ステファン・エドベリ 56勝)となった。さらに、2回戦のタナシ・コッキナキス 戦では1回戦を上回り自身最長となる5時間45分もの死闘の末、自身11度目となる2セットダウンからの4-6, 6-7(4), 7-6(5), 6-3, 7-5の逆転勝利を挙げた。3回戦で第24シードのロベルト・バウティスタ・アグート に敗れた。2月、カタール・エクソンモービル・オープン で準優勝。
2023年モンテカルロ・マスターズでのアンディ・マリー
3月、マイアミ・オープン からは3大会連続初戦敗退に終わったが、5月のエクス=アン=プロヴァンス・チャレンジャーに出場すると、決勝でトミー・ポールを2-6, 6-1, 6-2のフルセットで下し、2005年以来18年ぶりに3度目のATPチャレンジャーツアー 優勝を果たした[ 55] 。全仏オープン はスキップした後、6月、母国開催の芝のチャレンジャーで2連勝した[ 56] 。
7月、ウィンブルドン選手権 と全米オープン では2回戦敗退。
2023年全米オープンでのアンディ・マリー
2024年 キャリア1000試合達成 そして引退
昨年9月以降、大会で3回戦以降に進めずにいる中、ブリスベン国際 および全豪オープン で初戦敗退。試合後の記者会見で近いうちに現役引退の示唆すると[ 57] 、2月のドバイ・テニス選手権 の2回戦敗退後には、「今夏以降はプレーしない可能性が高い」と述べた[ 58] 。なお、この大会の1回戦ではデニス・シャポバロフ に勝利し、史上5人目となるハードコート通算500勝を挙げた[ 59] 。3月のマイアミ・オープン では久しぶりの3回戦進出となったが、3回戦で靭帯を損傷した[ 60] 。5月に復帰後、全仏オープン では1回戦敗退。クイーンズ・クラブ選手権 の1回戦でキャリア1000試合目に到達し[ 61] 、アレクセイ・ポピリン を破り勝利で飾った。この勝利がキャリアにおいてシングルス最後の白星となった。2回戦を腰の負傷で途中棄権し、手術を受けた[ 62] 。
ウィンブルドン選手権 には兄のジェイミー・マレー と組んでダブルスのみ出場して、1回戦を6-7(6), 4-6のストレートで敗れ、初戦敗退となった。試合後にセレモニーが開かれ、「やめたくないからつらい」と語り、涙を見せた[ 63] [ 64] 。
7月23日、自身のSNSを通じ、パリ五輪 を最後に引退することを発表した[ 65] 。パリ五輪 もダニエル・エバンス と組むダブルスのみの出場となった。1回戦で錦織圭 /ダニエル太郎 組を2-6, 7-6(5), 11-9のタイブレークの末に破ると、2回戦もベルギー組のサンダー・ジレ (英語版 ) /ヨラン・フリーゲン (英語版 ) 組を6-3, 6-7(8), 11-9のタイブレークで勝利し、ベスト8入り。準々決勝でトミー・ポール (英語版 ) /テイラー・フリッツ 組に2-6, 4-6のストレートで敗れ、キャリアに幕を下ろした[ 66] [ 67] 。
プレースタイル
ミスの少ないグランドストローク、予測・反応に長けた守備と攻撃に切り替えるスピードが武器のカウンターパンチャー。その迅速かつ的確な守備により守備位置からウィニングショットを打つことができる[ 68] [ 69] 。彼のプレイはミロスラフ・メチージュ に通じると言われている。
ダイナミックなストローク、両手バックハンドは最高レベルの1人。ティム・ヘンマン はマリーはレイトン・ヒューイット に次ぐ最高のロブを持っていると述べている[ 70] 。リターナーとしても優秀で予測能力とリーチの長さでサービスエースを阻止できる[ 71] 。またマリーはもっともインテリジェントな戦術家の1人として知られている[ 72] 。
プレー中の気持ちの入れ様や、引退が確実視されるほどの故障をしながらテニス選手であり続けることをあきらめない姿勢は、他選手から敬意を示されている[ 73] 。
肉体維持のため、試合後1時間以内にプレーで失われた炭水化物 とタンパク質 の補給に寿司 を食べている[ 74] 。
人物
8歳のときに通っていた小学校で、児童16人と教員1人が射殺されたダンブレーン事件 (英語版 ) に遭遇[ 75] 。マリーはクラスメートと一緒に現場となった体育館へ向かう途中だったが、教師の指示で校長室の窓の下に隠れ、兄のジェイミーも別の教室に隠れて難を逃れた。マリーは犯人が運営する学童クラブに通っており、知り合いだった。事件の後、両親の離婚や兄との別れ等家庭でもつらい出来事が続いたため呼吸困難や不安障害に苦しんだが、その中でテニスが逃げ場所になったと話している[ 76] 。
2015年に、選手からコーチに転向したナイジェル・シアーズの娘、キム・シアーズと9年間の交際期間を経て結婚。2021年3月には4人目の子供が誕生した。[ 77] 2009年にマリーがPS3 の「Call of Duty: Modern Warfare 2 」に夢中になり、毎日7時間もプレーしていたことでキムの怒りを買い、一度破局している。[ 78]
国民意識
イギリスには難しい民族の問題が数多くある。その1つに、スコットランド人 とイングランド人 の間の敵対感情があり、迫害された歴史からスコットランド人のなかには自らをイギリス人と思わない人々も存在する。1936年以来76年ぶりのイギリス人としての優勝が期待された2012年ウィンブルドン選手権 の決勝では、会場にユニオン・ジャック に負けない数のセント・アンドリュー・クロス旗 が翻った。
しかし、マリーは自身を「スコットランド人であるけれども、イギリス人でもある(Scottish, but also British.) 」と認識している。BBC のインタビューでは、「もともと僕の家はニューカッスル から移ってきた一家で、自分は4分の1イングランドの血が入っている。それにコーチはスコットランド人だけれど、ガールフレンドはイングランド人なんだよ」と答えている[ 79] 。
2014年9月18日に行われるスコットランド独立住民投票 について「スコットランドにとって大いなる日。結果にわくわくしている。決行しよう」と賛成票を当日ツイッターで呼びかけた(マリー自身は投票時点ではロンドン近郊に在住しており、投票権を持たない)。
記録
※オープン化以降
29歳で初めての世界ランク1位
ATPランキングではジョン・ニューカム の30歳に次いで2番目に年長。
オリンピック金メダルと全米オープン優勝の2冠
2012年に記録。史上初にして唯一。
ウィンブルドン選手権とオリンピック金メダルの2冠
2016年に記録。ラファエル・ナダル に次いで史上2人目。
オリンピック金メダルと年最終戦優勝の2冠
2016年に記録。史上初にして唯一。キャリアで達成した選手も他にアンドレ・アガシ のみ。
オリンピック1大会でメダル獲得「2個」
マイク・ブライアン ら6人とタイ記録。
オリンピック「2連覇」、および優勝「2回」
ロンドンオリンピック とリオデジャネイロオリンピック で達成。シングルスでは男女通じて史上唯一。
全部門では他に女子ダブルスのジジ・フェルナンデス /メアリー・ジョー・フェルナンデス 組とビーナス・ウィリアムズ /セリーナ・ウィリアムズ 組。
全豪オープン最多準優勝「5回」
2010–2016 最多記録。
グランドスラム準決勝連続進出記録「5」
2011年全豪–12全豪 歴代5位タイ記録
グランドスラム ベスト8連続進出記録「9」
2011年全豪-2013年全豪。歴代7位記録。
また、2013年全仏を挟んで2013ウィンブルドンからも記録を更新しておりこちらは現在歴代8位タイ記録。
年間で4大大会全ての準決勝に進出
2011年に記録。史上6人目
上海マスターズ決勝進出「4回」
ノバク・ジョコビッチ とタイ記録。
上海マスターズ「2連覇」
ノバク・ジョコビッチ とタイ記録。
上海マスターズ決勝進出「3連続」
6–0, 6–0, 6–0で勝利
デビスカップ2011 ルクセンブルク戦、対ローラン・ブラン戦。ステファン・エドベリ ら9人も記録。
タイブレーク史上最高スコアタイ 20-18
2017年ドバイ・テニス選手権 準々決勝、対フィリップ・コールシュライバー 戦第2セット。1991年以来6度目。
デビスカップ出場全試合勝利(シングルス8勝、ダブルス3勝)
デビスカップ2015 で記録。シングルス8勝は1982年 のジョン・マッケンロー 、1983年 のマッツ・ビランデル に次いで3人目[ 80] 。計11勝は1982年のマッケンローの12勝に次いで2番目。
グランドスラム優勝
成績
略語の説明
W
F
SF
QF
#R
RR
Q#
LQ
A
Z#
PO
G
S
B
NMS
P
NH
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
グランドスラム
大会最高成績
大会
成績
年
ATPファイナルズ
W
2016
インディアンウェルズ
F
2009
マイアミ
W
2009, 2013
モンテカルロ
SF
2009, 2011, 2016
マドリード
W
2008, 2015
ローマ
W
2016
カナダ
W
2009, 2010, 2015
シンシナティ
W
2008, 2011
上海
W
2010, 2011, 2016
パリ
W
2016
オリンピック
G
2012 , 2016
デビスカップ
W
2015
世界ランキング
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021
2022
2023
2024
順位
65
17
11
4
4
4
4
3
4
6
2
1
16
240
125
122
134
49
42
–
脚注
^ 「Murray」 『Wiktionary英語版』 2011年8月10日 03:01 (UTC)、および「Rhymes:English:-ʌri」 『Wiktionary英語版』 2011年8月14日 19:56 (UTC)等参照。
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外部リンク
テニス男子シングルス世界ランキング1位
1973年8月23日のATPランキング 導入以降の記録
(最初に在位した年-最後に在位した年 - 在位総週)
2023年9月2日付、そのときの1位は強調●表示,
アンディ・マリー 獲得タイトル ウィンブルドン(オープン化以後)男子シングルス優勝者
2000年代 2010年代 2020年代
※2006年までは年間最優秀新人選手