マーシャル・ネデリン[ 1] 級ミサイル追跡艦 [ 注 1] (マーシャル・ネデリンきゅうミサイルついせきかん、ロシア語 : Корабли измерительного комплекса тип ≪Маршал Неделин≫ 、ラテン文字表記:Korabli izmeritel'nogo kompleksa tip Marshal Nedelin class)はソビエト連邦 (ソ連)・ロシア連邦 のミサイル追跡艦 。計画名は1914計画 (マーシャル・ネデリン)、または1914.1計画 (マーシャル・クルイロフ)、1914.2計画 (マーシャル・ビリュゾフ)で、暗号名は「ザディアーク」(ロシア語:Зодиак、ラテン文字表記:Zodiak、「黄道帯 」の意)。3隻の建造が計画されたが、2隻のみ建造された。艦名 の「マーシャル(ロシア語:Маршал、ラテン文字表記:Marshal)」は「元帥 」の意味で、その名の通り兵科総元帥 (ミトロファン・ネデリン 、セルゲイ・ビリュゾフ )とソ連邦元帥 (ニコライ・クルイロフ )の名前から艦名が採られた[ 2] 。
建造
「マーシャル・ネデリン」を視察するドミトリー・ソコロフ(1984年10月29日)
ソ連戦略ロケット軍(現・ロシア戦略ロケット軍 )の増強と軍備拡張競争 の熾烈化は、それまであった既存の貨物船 を改装したミサイル追跡艦よりも大型で、より高性能の艦を求めた。新型艦には、20年に及ぶミサイル追跡艦の運用実績が加味され、戦略ロケット軍の大陸間弾道ミサイル (ICBM)や宇宙ロケット の追跡や軌道測定、情報処理、人工衛星 や宇宙船 との通信[ 4] という従来の任務に加えて、洋上に着水 した人工衛星や宇宙船の捜索や回収、宇宙飛行士 の救助、有事の際の指揮艦 としての機能[ 2] も任務に加えられた。
マーシャル・ネデリン級ミサイル追跡艦は、1974年7月16日のソ連閣僚会議議決第577-195号、同年8月19日のソビエト連邦国防省 (ロシア語版 ) 省令第00493号と閣僚会議の決議によって建造が決定された。 1977年8月24日のソ連閣僚会議議決第744-244号、および9月13日のソ連国防省省令第00489号により、バルスドプロク中央設計局 (ロシア語版 ) で後にソ連国家賞を受賞する造船技師ドミトリー・ソコロフ (ロシア語版 ) の指導の下で設計され、レニングラード(現・サンクトペテルブルク )のアドミラルティ造船所 で建造されることとなった[ 1] 。1977年11月19日、1番艦「マーシャル・ネデリン」は起工され、1981年10月30日に進水[ 5] 、試験後の1984年8月20日に就役した。
設計
艦体
二重構造の艦体は鋼鉄製で、14の区画に分けられている。氷海での航行を可能にするために、船体はクラスL1の耐氷構造を有する。艦首にはバルバス・バウ を有し、ソナー を有するバウソナーとした。
機関・駆動系
主機は、2基のルスキー・ディーゼル製DGZA-6Uディーゼルエンジン (22,000hp )で、補機にKAVV-10ボイラー (容量10 t/h)を2 機搭載した[ 4] 。巡航速度での燃料消費量は約60 t/日、オイル消費量は約1 t/日で[ 4] 、航続距離は40,000 マイル 以上に及んだ。「マーシャル・ネデリン」は主機の振動が強く、艦体中央部の騒音と振動が特に著しいことから、艦が中速から全速の際には居住区画の乗組員が睡眠できず、戦闘区画で休憩するほどだった。公試後に隔壁を強化することで騒音は軽減されたが、振動は残った。「マーシャル・クルイロフ」は設計段階でこの問題が反映され、騒音と振動の軽減が試みられた。艦内には、ディーゼル燃料5,290 tとM16DRオイル 70 t、M20G2オイル110 tを積載し[ 3] 、最大3 ヶ月の航行が可能になっていた。
艦の電力は、8基の6D40ディーゼル発電機(三相交流 、合計容量12,000 kW 、電圧380 V )が供給した[ 4] 。
「マーシャル・クルイロフ」の艦首。バルバス・バウを示すマークと、2 つのスラスター・マークが見える(2014年10月24日)
艦の位置を微調整するために、本級には直径4.9 mの可変ピッチスクリュープロペラ 2 基に加えて、2 基のサイドスラスター 「VDRK-500」(スクリュー直径1.5 m)と2 基のスラスター 「PU-500A」(スクリュー直径1.5 m)を装備した。スラスターにより、艦は最大6 ノットの速度で移動ができた。さらに荒天下での測定を可能にするため、「アルファ(≪Альфа≫、Alfa)」ジャイロスタビライザーを搭載したほか、艦体の縦横方向の変形を測定する「ラジアーナ(≪Радиана≫、Radiana」船体変形測定装置が搭載された。測定装置は艦体を横切って設置され、艦体の縦方向および横方向の変形を測定した。変形の情報は艦の座標情報に補正され、アンテナの座標計算に反映された[ 3] 。
当初、「マーシャル・ネデリン」には艦首左右舷と船尾に重さ11 tの錨 計3 個を搭載したが、錨の使用試験中にバウソナーを破損したため、左舷錨は舳先に移動した。「マーシャル・クルイロフ」は、建造段階でこの設計に変更された[ 4] 。
居住艤装
「マーシャル・クルイロフ」の乗組員は、航空要員や28人の保安要員、46人の船員を含むと339 人に及ぶ[ 4] 。艦内の気温は、26台の空調装置 「パサート(≪Пассат≫ 、Passat)で一定に保たれた。
標準的な船員室の定員は1部屋につき4人で、士官室は1部屋につき2人である。いずれの部屋にも、洗面台 と個人用のロッカーがあり、士官室にはシャワー室 も設けられた。艦長室は寝室とトイレ、会議室からなり、さらに艦の来客応対をする艦長公室がある。乗組員の休養や運動のために、艦内には2つのプール とシャワー室のある体育館 、サウナ 、図書室 、美容院 があり、150 人収容可能な劇場 では、映画 の上映会や、演奏会 、討論会 、会議 が開催された[ 4] 。食堂 は士官用と乗組員用の2 つがあり、提供されるパン は艦内で焼かれた[ 4] 。就役後の改装で、第1層にフィットネス 用の運動室が設置されたほか、医療区画の側にプールが1つ増築された。これら居住区画のレイアウトは艦ごとに異なり、ビリヤード 室は「マーシャル・ネデリン」では士官室区画の中にあったが、「マーシャル・クルイロフ」は士官室区画の側にある。第1層デッキの船楼の船首には、医療ユニット「メドブローク」(≪Медблок≫、Medblok)と呼ばれる医療区画があり、診察室 や手術室 、レントゲン 室、歯科治療室、さらに回収した宇宙飛行士2名の居住設備を有し、海上で必要な医療を提供することができた[ 4] 。
本級は飲料水430tと清水650t、ボイラー用水50tを積載した[ 3] ほか、70t/日の造水能力がある海水淡水化 プラントが5基装備された。
載貨艤装
洋上の「マーシャル・ネデリン」(1985年8月1日)。艦橋後部両舷にクレーン、左舷第1甲板にZIL-131トラックが見える。
本級の任務の一つに宇宙船の回収があったが、宇宙船回収のためにクレーン を両舷に各1基搭載した。このクレーンは1992年、プレセツク宇宙基地 から打ち上げられた民間宇宙飛行 の試験機スペースフライト・ヨーロッパ・アメリカ500 (英語版 ) のカプセルを回収するために「マーシャル・クルイロフ」が使用した[ 4] 。また、港湾での輸送用に第1甲板にはZIL-131 トラック が搭載されていた。
測定・通信システム
追跡や測定を行う目標の情報は、方向探知機「クーニッツァ(≪Куница≫ 、Kunitsa)」で収集された。目標との通信は、衛星通信送受信装置「シュトーム(≪Шторм≫、Storm、「嵐」の意)」や宇宙飛行士と地上管制室の衛星電話 中継装置「アヴローラ(≪Аврора≫、Avrora、「オーロラ 」の意)」で行われる。これらの電子機器は、操作装置「ザフィールT(≪Зефир-T≫、Zephyr-T)」と情報処理装置「ザフィールA(≪Зефир-A≫、Zephyr-A)」を介して操作された[ 3] 。
電子機器のほかに、光学測定装置として写真記録装置「デャーテル」(≪Дятел≫、Dyatel、「キツツキ 」の意)や赤外線 光学測定器を有する。「デャーテル」は、幅18 cmの空中写真 用フィルムで最大撮影速度4 枚/秒の撮影能力を有する大型カメラ6 台で構成された[ 4] 。
航法システム
本級には、当時最新鋭の航法装置が装備された。航法装置「アンドラメーダ(≪Андромеда≫、Andromeda、「アンドロメダ 」の意)」をはじめ、「マーシャル・ネデリン」には水上艦で初めて衛星測位システム が装備された。さらに、1984年に沿海地方 へ回航された時には、レニングラードの「航海水路研究所(≪научно-исследовательским навигационно-гидрографическим институтом≫)」によって開発された航法装置「スカンディー(≪Скандий≫、Skandiy、「スカンジウム 」の意)」が搭載された。
マストは前後に2本あり、後部マストの頂部にはソ連海軍の大形艦に共通の捜索レーダーである、MR-310U「アンガラーM」 (マーシャル・ネデリン)またはフレガート (マーシャル・クルイロフ)の3次元レーダー 1基を搭載した。また、航海用レーダー として前部マストにP-10 (レーダー) (ロシア語版 ) 「ヴォルガA(≪Волга-A≫、Volga-A、NATOコードネーム 「ナイフ・レストB」)」と「ヴァイガチ(≪Вайгач≫、Vaigach)」の2 基を搭載した。さらに、ソナー としてGAS MG-349「ウージュ(≪Уж≫、Uzh)」ソナーとMG-7「ブラスレット(≪Браслет≫、Braslet、「ブレスレット 」の意)」可変深度ソナー からなるMGK-335「プラチナ(≪Платина≫、Platina、「白金 」の意)」システムを搭載した[ 3] 。
航空艤装
後方からみた「マーシャル・クルイロフ」(1991年)ヘリコプターの飛行甲板と格納庫が見える
ソ連海軍のミサイル追跡艦は、遠隔測定装置を搭載したヘリコプター が離着艦可能な飛行甲板 と格納庫 があったが、本級にも2 機のKa-27PS を格納可能な格納庫と幅22mの飛行甲板が艦尾に設けられた。離着艦の管制のために、格納庫の間に航空管制所があり、ミサイル追跡艦で初めて「プリボートB(≪Привод-В≫、Privod-B)」自動着陸装置と夜間信号灯を搭載した[ 4] 。また、ヘリコプターに給油する約105 tのジェット燃料 を搭載する[ 3] 。
搭載艇
本級には、66 人乗りの密閉式救命ボート 4 隻[ 4] に加えて、宇宙船曳航用の作業艇(マーシャル・ネデリンのみ)や司令艇[ 4] 、作業艇が搭載された。
兵装
本級には本格的な兵装として、「TKB-12(≪ТКБ-12≫)」ユニット2 基の搭載スペースが確保された。これは、砲弾120 発を搭載したAK-630M 30 mmCIWS 6 門と、MP-123「ヴィンペル-A(≪Вымпел-А≫、Vympel-A、NATOコードネーム「ドラム・ティルト」)」射撃管制レーダー からなるユニットだが、これらは実際に搭載されたことはない。
これらに加えて、艦対空ミサイル として携帯式防空ミサイルシステム である9K32(SA-N-8) または9K34(SA-N-8) 、9K38(SA-18) の発射機を若干搭載した。
同型艦
本級は、情報収集艦 「ウラル 」が完成するまでは、ソ連最大の調査艦[ 2] だった。ソビエト連邦の崩壊 前後の予算不足により、3番艦「マーシャル・ビリュゾフ」は建造中止、1番艦「マーシャル・ネデリン」は退役したが、2番艦「マーシャル・クルイロフ」は2022年現在もロシア海軍で就役中である。
艦名
計画名
建造地
シリアル番号
起工
進水
就役
退役
現在
マーシャル・ネデリン
1914
アドミラルティ造船所
No. 02514
1977年 11月19日
1981年 10月30日[ 5]
1984年 8月20日
1998年 5月30日
スクラップ として売却、解体
マーシャル・クルイロフ
1914.1 (19141)
No. 02515
1982年 7月22日
1987年 7月24日
1990年 2月23日
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太平洋艦隊 で就役中
マーシャル・ビリュゾフ
1914.2 (19142)
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起工前に建造中止。
脚注
^ 統合幕僚監部 はマルシャル・ネデリン級ミサイル観測支援艦 と表記している。
出典
^ a b c “錨上げ!: ロシア造船業の揺籃の地 ”. 2019年8月4日 閲覧。
^ a b c d e f g h ノーマン・ポルマー (英語版 ) :編著、町屋俊夫:訳『ソ連海軍事典』 原書房 1988年 ISBN 4-562-01975-1 P.448
^ a b c d e f g h i j k l m n o “КОРАБЛЬ ИЗМЕРИТЕЛЬНОГО КОМПЛЕКСА ≪МАРШАЛ КРЫЛОВ≫ ПРОЕКТА 19141 ”. 2019年8月10日 閲覧。
^ a b c d e f g h i j k l m n “Корабль ≪Маршал Крылов≫: единственный в своём роде ”. 2019年8月10日 閲覧。
^ a b Курочкин А. М、Шардин В. Е『Районзакрытый для плавания』、М.: ООО ≪Военная книга≫、2008年、P.72、 ISBN 978-5-902863-17-5
関連項目