H&K PSG1は、ドイツのH&K社が対テロ特殊部隊向けに同社のG3をベースに開発した、セミオートマチックの狙撃銃である。
なお、PSG1とはドイツ語で「Präzisionsschützengewehr 1」(1号精密狙撃銃)を意味する。
概要と特徴
1972年9月5日に発生した、ミュンヘンオリンピックに参加していたイスラエル選手がテロリストに襲撃された「ミュンヘンオリンピック事件」にて、西ドイツ当局が犯人の狙撃に失敗。その結果、人質が全員死亡という事態を招いてしまった[1]。このような事態の再発を防ぐために、当局は高精度なオートマチック式狙撃用ライフルを求め、それに応える形でH&K社がPSG1を、ワルサー社がWA2000を開発し、最終的にH&K社のPSG1が採用された。
PSG1は、ローラー遅延式ブローバック方式を採用したH&K G3バトルライフルをベースに設計されている。ガスポートを持たないローラー遅延式ブローバック方式のG3をベースにすることで銃身のフリーフロート化が容易であったため、高い命中精度の狙撃銃を比較的短期間で開発することができた。フリーフロート化された銃身はベースのG3に対してヘビーバレル化されており、ライフリングはポリゴナルライフリングである。その射撃精度はマッチ弾薬で1MOA以内であり、このレベルの精度は最新のボルトアクションスナイパーライフルと比較すれば平均的だが、それでも半自動小銃としては例外的であり、かつては「世界で最も正確な半自動スナイパーライフルの1つ」といわれていた。
G3ライフルのレシーバー両側面にはチャネルが成形され、ここは内面で後退・前進するロッキングローラーを支え、外面ではスライドストックを収納するためのものであったが、本銃ではチャネル上にバーが溶接された強化レシーバーを備えている。ほかにも、警察狙撃ユニットの必要性を満たすために様々なアップグレードが施されている。発射中にボルトをバレルに保持する2つのスライド式ロッキングローラーは、通常のG3ライフルのように円筒形ではなく半円筒形となっており、ロッキングリセスの対応する平らな面により正確な位置でロックされるようになっている。 また、M16アサルトライフル同様のボルト閉鎖機構(ボルトフォワードアシスト)を備えており、より静かにボルトを閉鎖させることができる。これは、ベースであるG3がその構造上、ボルトを閉鎖させるのにボルトハンドルを勢いよく前進させる必要があり、その際にその騒々しい音により容易に自身の居場所を発見される可能性があるため、自身の居場所を悟られるのが致命的な狙撃手には静かにボルトを閉鎖させるのは必須の機構である。
PSG1にはアイアンサイトは付属しておらず、Hensoldt ZF6×42PSG1スコープが標準装備されている。スコープには、100〜600mの範囲で調整可能な弾丸落下補正範囲調整機能が組み込まれている。取り外しは可能だが、スコープマウントが専用設計のため他のスコープへの交換は容易ではない。
専用のストックはマットブラックのプラスチック製で、後端のパッドの部分を回転させることにより長さの調節が可能で、チークピースも高さの調整が可能である。これらの調整機能付きストックは現代では珍しくないものであるが、1970年代当時としては先進的であった。フォアエンドには、スリングスイベルまたは三脚用のTウェイレールが取り付けられている。
トリガーユニットは取り外し可能で各種調整可能であり、トリガープルやトリガーストロークを変更することができる。2段階のスプリングがトリガー及びハンマー部分に内蔵されており、1段回目のスプリングの力によりハンマーが一定位置まで移動すると2段階目の強力なスプリングが開放されハンマーを加速し撃針を叩くという構造になっている。射手は1段階目の軽いスプリングの力のみでトリガーを引くことが出来るため、スムーズで軽いトリガープルと撃発の信頼性を両立している。アセンブリ全体がピストルグリップから取り外し可能で、ピストルグリップは上下方向に調整可能なパームレストを備えたターゲットスタイルである。
なお、銃身、ボルト、レシーバー、トリガーグループに至るまで全て専用設計となっているPSG1は、G3の中でも精度の良い個体を手作業で調整して仕上げるG3 SG/1とは異なり、G3系とは完全に別の専用のラインで製造されていた。
2006年には改良型としてPSGA1が発表されており、スコープがシュミット・アンド・ベンダー製に変更。併せてマウントも汎用のものとなり交換が容易となったほか、コッキング時にスコープに干渉しないようにチャージングハンドルの角度がやや変更されている。
採用状況
現在、ドイツのGSG-9、イギリスのSAS、韓国のKNP-SWATなどの、各国の特殊部隊・特殊警察部隊に配備されている。また、日本警察の特殊部隊(SAT)などに配備されているともいわれている。
日本国内では少数ながら狩猟用途で所持許可されている個体もある。
値段は7,000ドルと高額なため、配備される部隊は限られているのが現状である。さらに、構造が複雑で繊細なため、整備に手間がかかり、有効射距離が比較的短いことなどから、一部を除くとほとんど使用されていないともいわれている。
トルコではMKE社がTUFAN-80として、パキスタンでもPOFがPSR-90としてライセンス生産している。
その他のG3タイプの狙撃銃
- T12
- トルコのMKE社が独自に開発したもの。HK33のバレルを延長し、リアサイトを取り外し、PSG1のストックとピカティニー・レールのハンドガードを装備したモデル。
- MSG3
- G3タイプの狙撃銃のなかで一番G3に近い。MSG90タイプの少し短いストックを装備し、リアサイトの位置がG3より少し前にある。
- MSG90
- PSG1の軍用廉価版。
- MSG90 SDN
- メキシコのSEDENA社がMSG90の銃床の顔当てとハンドガードを木製にしたもの。
- モレロス・ビセンテナリオ
- メキシコのDGIM社製。M16風のボルトフォアードアシストを採用したモデル。
- SR9
- サムホールストックを装備したHK91。
- SR9(T)
- SR9にPSG1タイプのトリガーとピストルグリップ、MSG90タイプのストックを装備したモデル。
- SR9(TC)
- SR9にPSG1タイプのトリガーとピストルグリップ、ストックを装備したモデル(映画『山猫は眠らない』によく似たモデルが登場)。
- HSG1
- ルクセンブルクのLUXDEFTECがPSG1にオリジナルパーツをつけたもの。
- PSR90
- POF社が独自に開発したフロントサイトなしのG3SG/1にPSG1のストックを組み合わせたもの。
- MSG 91
- アメリカ合衆国のPTR-91 Inc.社が製造するG3タイプの狙撃銃。光学機器搭載用のレールがあるためかリアサイトが小さく、ハンドガードはオリジナルで、マグプル社のPRS2ストックを装備している。
諸元
- スコープ
- Hensold製6倍x42(光学発光装置付属)・シュミット&ベンダー製1.5-6倍光学式
使用国・組織
登場作品
脚注
- ^ 惨事となった経緯はミュンヘンオリンピック事件#人質救出作戦の失敗要因を参照。
- ^ http://www.specialoperations.com/Foreign/Albania/Default.htm
- ^ http://www.visier.de/bilder/pdf/visier_inhalt_1996-2008.pdf
- ^ Bharat Rakshak (2008年). “NATIONAL SECURITY GUARDS”. Bharat Rakshak. 2009年10月2日閲覧。
- ^ “Unofficial Pistols Page, Equipment”. http://USP.lu - Unofficial Website of Unité Spéciale, Officially Endorsed. 2009年10月6日閲覧。
- ^ “L'Unite d'Intervention de la Police Luxembourgeoise” (French). RAIDS Magazine (March 2006). 2009年9月23日閲覧。
- ^ Lasterra, Juan Pablo (2004年). “UPS Unidad Especial de la Policia Luxembourguesa” (Spanish). ARMAS Magazine. 2009年9月23日閲覧。
- ^ a b Thompson, Leroy (December 2008). “Malaysian Special Forces”. Special Weapons. 2009年11月29日閲覧。
- ^ “www.arrestatieteam.nl - Scherpschutters BBE Politie”. 2010年6月18日閲覧。
- ^ “Pakdef.info - Pakistan Military Consortium: Special Service Group”. Saad, S.; Ali, M.; Shabbir, Usman (1998年). 2009年8月15日閲覧。
- ^ “Grupo Especial de Operaciones - Fusiles de precisión” (Spanish). www.policia.es. 2009年12月10日閲覧。
- ^ Special Weapons, February 2010 issue. Page 67-68.
- ^ “Anything, Anytime, Anywhere” The Unofficial History of the Federal Bureau of Investigation’s Hostage Rescue Team (HRT)
- ^ 軍事専門誌『SATマガジン』2009年1月号
関連項目
外部リンク