菅原 通敬(すがわら みちよし、1869年2月16日(明治2年1月6日)– 1946年(昭和21年)12月18日[1])は、日本の大蔵官僚・政治家。大蔵次官、貴族院議員、枢密顧問官、錦鶏間祗候。
仙台藩士・郡長、菅原通実の長男として生まれる。仙台中学、第一高等学校を経て、1895年7月、帝国大学法科大学政治学科を卒業。大蔵省に入省し大蔵属となり、主税局に配属された。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。
1895年11月、横浜税関倉庫課長に就任。以後、沖縄県収税長、司税官・熊本税務管理局、税務監督官・主税局内国税課、函館税務管理局長、丸亀税務管理局長、神戸税務管理局長、神戸税務監督局長、大蔵書記官・主税局内国税課長、主税局長などを歴任。1915年7月、大蔵次官に就任し、1916年10月まで在任し退官。
1916年10月5日、貴族院勅選議員に任じられ[2]、同成会に属し[1]1938年2月10日まで在任[3]。1922年2月13日、錦鶏間祗候を仰せ付けられた[4]。
その他、東洋拓殖総裁、枢密顧問官を務めた。
Strategi Solo vs Squad di Free Fire: Cara Menang Mudah!