田辺 靖雄(たなべ やすお、1945年4月5日 - )は、日本の歌手、俳優。社団法人日本歌手協会8代目会長[1]。ワイ・アンド・ワイ所属。東京都世田谷区出身[2]。
妻は歌手・女優の九重佑三子。長男はミュージシャンの田辺晋太郎、孫は歌手の田辺ゆうせい。フリーアナウンサーの本村由紀子は義理の娘にあたる。 父親は『紅白音楽試合』(『NHK紅白歌合戦』の前身番組)、『第1回NHK紅白歌合戦』、『第2回NHK紅白歌合戦』で総合司会を担当した元NHKアナウンサーの田辺正晴。四人兄弟で兄にアナウンサーの田辺よしのぶ、姉の伊都子は三原さと志の元妻。その息子で、田辺にとっては甥がミュージシャンの小山田圭吾。
高校時代の遊び場は赤坂 (東京都港区)や六本木で、大原麗子や峰岸徹、中尾彬、井上順らとともに六本木野獣会を結成したのがきっかけで、1961年に渡辺プロダクションからスカウトされ芸能界入り[3]。1963年、梓みちよとのデュエット「ヘイ・ポーラ」(ポールとポーラ(英語版)のカヴァー曲)が大ヒットし、『第14回NHK紅白歌合戦』に「雲に聞いておくれよ」で初出場。翌1964年に発売した「二人の星を探そうよ」も大ヒットして人気歌手の仲間入りを果たす。
1973年に森繁久彌夫妻の媒酌で、TBS系列で放送されたテレビドラマ『コメットさん』等へ出演し人気絶頂だった九重佑三子と結婚。妻が出産・育児のため芸能活動を休止している間はソロ歌手や俳優として活動し、1986年に妻が芸能活動を再開してからは夫婦でのディナーショーやテレビ・ラジオ出演の活動がメインとなり、全国チャリティコンサートなど福祉活動も行っている。
2010年7月1日付けで一般社団法人日本歌手協会代表理事に就任した。
ソロ、デュエットによる主なリリース曲[4]。
など