橋本 実俊(はしもと さねとし)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての公卿。太政大臣・西園寺公相の四男。官位は正三位・参議。橋本家の祖。
文永6年(1269年)正月、10歳で従五位下に叙爵。同年5月に従五位上・侍従、10月に正五位下に昇叙。文永7年(1270年)従四位下・左近衛中将、文永8年(1271年)従四位上・美濃権介、文永9年(1272年)正四位下と昇叙される。文永10年(1273年)春宮権亮、建治2年(1276年)因幡介を兼ねる。
建治3年(1277年)参議に任ぜられて公卿に列す。同年9月従三位。弘安元年(1278年)但馬権守、弘安2年(1279年)には正三位に昇る。参議を辞し、弘安6年(1283年)近江権守を務める。正安3年(1301年)10月25日に出家。暦応元年/興国2年(1341年)2月に薨去。享年82。