森下 仁之(もりした ひとし、1967年12月9日 - )は、静岡県浜松市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。
国士舘大学を中退し、1987年に発足したPJMフューチャーズ(1995年に鳥栖フューチャーズへ改称)に入団。チームが解散した1996年に現役を引退した。
1997年より母校の静岡県立浜名高等学校のコーチに就任。2001年よりコンサドーレ札幌U-15コーチに、2002年に札幌U-15監督にそれぞれ就任。2007年に札幌の育成部部長を務めた。2008年、ジュビロ磐田U-15コーチに就任。
2009年、アビスパ福岡トップチームヘッドコーチに就任。同年11月18日から2011年まで福岡のチーム統括部長を務めた。
2012年よりツエーゲン金沢の監督に就任[2]。2014年にはJ3リーグで優勝し、金沢をJ2リーグ昇格に導いた。2016年をもって監督を退任した[3]。
2017年、九州産業大学サッカー部の監督に就任[4]。
2018年、ギラヴァンツ北九州の監督に就任[5]。しかし、シーズン開幕後にJ1・J2経験のある外国人FW2名を補強するなどしたにもかかわらず、第12節終了時点でチームは最下位に転落、ホーム・ミクニワールドスタジアム北九州でリーグ戦6戦全敗であった事など成績不振を理由として、リーグ戦4連敗を喫し通算2勝2分9敗となった第14節終了後の6月17日に解任された[6]。
2019年、中国リーグに参戦するFCバレイン下関の監督に就任した[7]。2020年1月20日、北海道コンサドーレ札幌U-18の監督に就任すると発表された[8]。