戸倉町(とぐらまち)は、かつて長野県埴科郡にあった町である。
2003年(平成15年)9月1日に、更埴市、更級郡上山田町と合併し、千曲市となったため廃止した。
江戸時代は北国街道の宿場町、大正時代から戸倉上山田温泉などで温泉町として発達し、近年は旧更埴市や、長野市・上田市への通勤の利便性から人口が増加傾向にあった。
本項では町制前の名称である戸倉村(とぐらむら)についても述べる。
地理
北信地方の長野地域に位置し、町の中心を千曲川が流れている。
隣接していた自治体
歴史
地名の由来
同地にある鏡台山の山陰に倉科村があり、戸倉はその山陽にあたるので「外倉科」と呼んだ。その後、「科」を取って「外倉」とし、後日「戸倉」と改めた[1]。
他にも鎌倉時代か室町時代かに「土倉」と呼ばれる金融を業とする者の倉があったからとする説もある。
経済
産業
- 農業
『大日本篤農家名鑑』によれば、戸倉村の篤農家は「小出熊次郎、岡本藤次郎、瀧澤勝、瀧澤民治、乃木博、永井寅重、柳澤専次郎、宮本十良右衛門、小出九右衛門、宮本兼助、瀧澤延太郎、坂井量之助、高野覚治、中村留三郎、高野育太郎、山崎菊次郎、柳澤立志郎、柳澤喜市、柳澤義美、中村周平、瀧澤菅四郎」などがいた[2]。
- 商工業
- 店
教育
- 戸倉上山田組合立戸倉上山田中学校
- 戸倉町立五加小学校
- 戸倉町立更級小学校
- 戸倉町立戸倉小学校
交通
鉄道路線
道路
脚注
参考文献
- 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 商工興信合資会社編『商工興信録 本州中部地方』商工興信合資会社、1919年。
- 年表戸倉町の今昔 戸倉町教育委員会 昭和49年3月30日。
関連項目
外部リンク