宇都宮市の道路愛称事業(うつのみやしのどうろあいしょうじぎょう)は、栃木県宇都宮市が進めている、市内の道路に愛称をつける事業。
概要・経緯
これらは、1980年(昭和55年)3月「道路に愛称を」との議員提案をもとに、1986年(昭和61年)の宇都宮市市制90周年記念事業の一環として実施が決まり、1989年(平成元年)3月までに宇都宮市内125の道路と6つの坂に愛称名がつけられた。道路愛称事業の目的として、郷土愛と地域の連帯感を育てると共に道路表示を明確にすることで利便性の向上を計る側面もある[1]。
2018年(平成30年)8月現在、宇都宮市内の173の道路と6つの坂に愛称がある[1]。
愛称は、道路の路線区間とは一致していない場合もあり、栃木県道63号藤原宇都宮線を例にすると、県道指定は宇都宮市大通り1丁目交差点から塩谷町を経て日光市に至る路線であるが、道路愛称では、大通り1丁目交差点から塙田4丁目交差点までを「東(あずま)通り」、塙田4丁目交差点から大曽2丁目交差点までを「宇商通り」、大曽2丁目交差点から金田町交差点までを「田原街道」、金田町交差点から塩谷町境までが「梵天ゆず街道」とそれぞれ区分されている[2]。
愛称名選考基準
- 古く失われた由緒ある地名の復活および言い継がれた名称[3]。
- 時代と人の生活活動にマッチする名称[3]。
道路・坂の一覧
道路の1~の番号は、出典にも記載されているものである[3]。
愛称の基となる学校名変更により改称[注釈 1]や、地域の要望によって改称されることもある。
河内町および上河内町との合併による区間の延伸[注釈 2]や道路整備工事により区間の延伸、新たな愛称設定で区間短縮[注釈 3]もある[2]。
愛称道路
道路番号の決定
- 1 - 125は、市制90周年の愛称事業により決定[3]
- 126 - 151は、2000年のマップ作製までに追加[4]
- 151 - 171は、2016年のマップ作製までに追加[2]
- 172以降は、その後に追加[1]
通り名一覧
愛称道路対象外
宇都宮市の道路愛称事業外だが、名称がついているものもある。
坂の愛称
A~Fとも、市制90周年の愛称事業により決定[3]
- A.亀の甲坂
- B.小豆坂
- C.狸坂
- D.千歳坂
- E.長坂
- F.柿の木坂
脚注
注釈
- ^ 「宇農前通り」から「白揚高校前通り」へ、「宇女商通り」から「文星女子高通り」へ、それぞれ改称された。
- ^ 「田原街道」が河内町との境→塩谷町との境へ延伸したのち、金田町交差点から先が「梵天ゆず街道」へ変更
- ^ 「清住町通り」のうち、県庁前通りから伝馬町交差点までの区間が「本郷町通り」に分割
- ^ 2016年マップでは「東武馬車道通り」
- ^ 馬車道通りの由来は「東武馬車道通り商店街」のウェブサイトに記載されている。1931年当時、この通りを多くの馬車が行き交い、要衝として栄えていたことが由来。[5]。
- ^ 商店会名としては「みはし通り」
- ^ 萩が多く自生したことから命名「うつのみや 道路愛称マップ」2000年
- ^ 専売公社専用線跡で、自転車・歩行者専用。
- ^ 2018年からは、観光案内上「餃子通り」も使用している。
- ^ 別名は「南大通り」[6]。
- ^ 「宇都宮市のシンボルロードの歴史が分かる資料はないか。」 - レファレンス協同データベース
- ^ 2000年マップ以降は、「白楊高通り」
- ^ 2016年マップでは「バンバ通り」と記載。
- ^ 現在の国道4号線
- ^ 1980年の栃の葉国体を記念して名づけられた 「うつのみや 道路愛称マップ」2000年
- ^ 2000年マップ以降は「文星女子高通り」
- ^ 若草と戸祭を結ぶ道 「うつのみや 道路愛称マップ」2000年
- ^ a b 橋に由来して名づけられた 「うつのみや 道路愛称マップ」2000年
- ^ 大谷街道の北側に位置し、関東自動車 (栃木県)のバス停で「山崎街道入口」というものが存在する。
- ^ 清住町通りの宇大附属学校園入り口交差点と中城坂を下り中城(戸祭城)正門を通り、栃木放送交差点を結ぶ通り。中城(戸祭城)と日光街道を結ぶ街道として古くから存在。
- ^ 清住町通りの宇大附属学校園入り口交差点より、宇大附属学校園正門を通り桜通りを結ぶ道路。明治時代に存在した栃木県師範学校に由来している。
出典
参考文献
- 「うつのみや 愛称道路・坂」1989年12月 宇都宮市建設部道路維持課作製
- 「うつのみや 道路愛称マップ」2000年 宇都宮市建設部土木管理課作製
- 「うつのみや 道路愛称マップ」2016年4月 宇都宮市建設部道路管理課作製
外部リンク