北方町(きたがたまち)は、佐賀県のほぼ中心に位置していた町で、2006年3月1日に隣接する武雄市・山内町と合併し、新市制による武雄市となった。
日本国内には他に宮崎県北方町(現・延岡市)と岐阜県北方町があるが、読み方はすべて異なっている。
江戸時代には長崎街道が通過しており、現在の町域内に宿駅が設けられていた。明治時代には西杵炭鉱が開発されて石炭産業で栄えた。 1949年(昭和24年)5月24日、西杵炭鉱近隣を昭和天皇の戦後巡幸の車列が通過した際には、従業員が奉迎を行い、天皇も車窓からこれに応えた[1]。炭鉱は、他の唐津炭田とともに1960年代に閉山した。
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