久永 辰徳(ひさなが たつのり、1977年12月23日 - )は、鹿児島県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
1977年、鹿児島県姶良郡姶良町(現・姶良市)生まれ。1976年夏に高校野球で東海大学付属相模高等学校の原辰徳の活躍が有り全国的に新生児に「辰徳」と言う名前を付けることが流行った。
鹿児島実業高等学校在学時に第74回全国高等学校サッカー選手権大会に優勝。
松澤隆司監督から同校卒業後の東京ガスサッカー部への加入を持ちかけられたものの就職試験がうまくいかなかったため[1]、1996年よりアビスパ福岡へ入団。2002年、横浜F・マリノスに1年間の期限付き移籍。2003年に福岡に戻った後、2004年から2006年までは大宮アルディージャに期限付き移籍。
2007年からは再び福岡でプレーするものの、2009年は二度の右膝半月板損傷の影響もあり、リーグ戦わずか3試合の出場に終わり、契約満了に伴い退団。
2010年7月、九州サッカーリーグのヴォルカ鹿児島に加入、同年11月、引退を表明した。
現役引退後は、地元鹿児島でサッカースクールを運営している。また、FCアラーラ鹿児島の総監督として若年層の指導にあたっていた。2014年からは東京ヴェルディのコーチに就任[2]。同年9月15日、監督の三浦泰年はじめコーチ陣が全員解任されたのと同時に辞任した[3]。
2023年から現役時代の大半を過ごした福岡のU-18のコーチに就任したが、同年8月に山崎哲也監督の退任に伴い、監督に昇格。
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