大学に入学して最初の研究テーマは解明率がある程度高く、文献も揃っていたミズギワゴミムシ亜科Bembidiinaeの分類学的研究を選んだ[12]が、1955年に出版された「Studies on the Japanese Trechinae」の一部の巻で扱われて記載された[注釈 6]種と、同じく1955年に発表された土生昶申との共著論文[19]以外、その成果は出版されていない。
そこで、調査が行われていなかった鈴鹿山脈にあるいくつかの洞窟を調査してみた。すると、今まで知られていなかった複数のメクラチビゴミムシの新分類群に属する種を採集することができたのである[12]。これには父・益三はもちろん、師匠筋である吉井良三や江崎悌三も非常に驚かされた[12]。成果を知った皆が日本の洞窟には「赤い宝石たち[注釈 10]」が棲んでいて、日本中にまだ見ぬ新種がたくさん潜んでいることを確信したという[12][8]。これらの初期の研究成果は1952年になって「New cave-dwelling trechids of Japan (Coleoptera, Harpalidae)[23]」と「On a cave-dwelling sphodrid found in Japan (Coleoptera, Harpalidae)[24]」の2本の論文として出版された。
博士論文は「日本のチビゴミムシ類 : 特に洞窟種の問題について」(The trechids of Japan, with special reference to the problem of cave fauna)で、5000ページを超える量であった[27]。あまりの厚さのため、そのままでの論文出版はできず、多数の論文に分割して学会誌に掲載された[12]。
日本において、地下水性動物の研究が始まったのは古く、1889年(明治12年)に遡る。この年、宍戸一郎によって東京市ヶ谷の井戸からカントウイドウズムシPhagocata papillifera(Ijima et Kaburaki, 1916)が採集されたのが最初であるが、記載されたのは27年後の1916年になってからだった。
次の発見は、1915年(大正4年)、川村多実二によって滋賀県大津市の井戸からメクラミズムシが採集されたもので、W. M. Tattersallによって6年後の1921年にPhreatoasellus kawamurai (Tattersall, 1921)として記載[28]された。
さらに翌年、1922年(大正11年)にはメクラヨコエビの3新種が記載されたほか、三重県津市の柏原邸の井戸で原孫六によって淡水性のクラゲの1新種が発見され、丘浅次郎と原の共著でイセマミズクラゲLimnocodium iseana Oka & Hara, 1922として記載[29]された。
そして、1951年(昭和26年)10月、兵庫県太子町の井戸から、森本義信によって2種のゲンゴロウが発見される。得られた標本はすぐに上野の元に届き、森本義信はもちろん、三浦や上野自身も兵庫県と京都府を中心に調査を進め、追加個体が得られた結果、1957年に新科(Phreatodytidae)新属新種のムカシゲンゴロウPhreatodytes relictus S. Uéno, 1957と、ケシゲンゴロウ亜科の新属新種メクラゲンゴロウMorimotoa phreatica S. Uéno, 1957とその亜種ミウラメクラゲンゴロウMorimotoa phreatica miurai S. Uéno, 1957として記載[注釈 12][31][32]されるに至った。
帰国してすぐの1967年12月にはハーバード大学のP. J. Darlingtonに客員研究員として招かれ、渡米する。Darlingtonの研究室には、南アメリカのチビゴミムシの標本が極めて充実しており、感銘を受けたと述べている[12]。また、アメリカの洞窟も調査したほか、Darlingtonから指導を受け、議論ができたことは上野にとって大きな財産となった[12]。
2011年(平成23年)に、上野の人生最後の新種記載論文が『Elytra, new series』誌(日本甲虫学会英文誌)の創刊号[注釈 15]に掲載された[45][46]。
その題名は「New Blind Trechine Beetles Belonging to the Kurasawatrechus-Complex (Coleoptera, Trechinae) from Northeast Japan : II. Species from the Owu Mountains」
(東北地方に産するクラサワメクラチビゴミムシ群のチビゴミムシ類 : II. 奥羽山脈に分布する種)であり、最後まで人生をチビゴミムシの研究に捧げたことが現れている。
2014年(平成26年)に曽根信三郎と共著で日本洞窟学会誌『Journal of the Speleological Society of Japan』に発表した、自らが1958年に記載したクボタメクラチビゴミムシの新記録の論文「A new record of Stygiotrechus kubotai (Coleoptera, Trechinae)」[48]が上野の最後の論文となった[46]。
2021年10月には、日本甲虫学会英文誌『Elytra, new series』の特別号(Supplement)『Coleopterological Papers Dedicated to the late Dr. Shun-Ichi UÉNO.』として、追悼論文集が出版された[56]。上野の業績や生涯の解説のほか、彼が生涯研究したチビゴミムシや地下水性ゲンゴロウなどの新種が記載されている。掲載された論文では、新種の種小名にuenoiやshunichiiとして、上野への献名が相次いだ[56][32]。
著作
CiNii収録の論文以外にも、多数の論文・著作があり、1995年までの著作物は日本鞘翅学会が発行した上野俊一博士退官記念論文集『Beetles and Nature』(Special Bulletin of the Japanese Society of Coleopterology No. 4)所載の「Checklist of Writings by Shun-Ichi UÉNO[57]」に収録されている。
また、1995年から2014年までの著作は『Coleopterological Papers Dedicated to the late Dr. Shun-Ichi UÉNO.』所載の「Check List of Writings by Dr. Shun-Ichi UENO (1995-2014)」(Shimada & Kishimoto, 2021[46])に収録されている。Shimada & Kishimoto (2021)によれば、生涯の上野の著作は627本に及ぶ[46]。
^Habu, A & Ueno, S.-I. (1955). “A new subgenus and two new species of the tribe Bembidini (The Carabidae-fauna of Mt. Hiko, III)”. Mushi, Fukuoka28 (5): 43-47.
^Tattersall, W.M. (1921). Part vii.- Mysidacea, Tanaidacea and Isopoda, in Annandale ,N. Zoological results of a tour in the Far East. Memoires of the Asiatic Society of Bengal, Calcutta 6: 403–433.
^Oka & Hara, 1922. On a New Species of Limnocodium from Japan.日本動物学彙報 10(4), 83-87.
^ abUeno, S.-I. 1957: Blind aquatic beetles of Japan, with some accounts of the fauna of Japanese subterranean waters. Arch. f. Hydrobiol., 53(2): 250–296.
^ abYanagi, T; S. Nomura (2021). “A New Species of the Subterranean Diving Beetle Genus Morimotoa (Coleoptera, Dytiscidae) from Tokushima Prefecture, Japan”. Elytra, New series11 (Supplement): 87-93. CRID1524232505985809920. ISSN21856885.
^Ueno, S.-I. (1996). “New phreatobiontic beetles (Coleoptera, Phreatodytidae and Dytiscidae) from Japan”. Journal of the Speleological Society of Japan21: 1-50. CRID1520853832322693632. ISSN0386233X.
^Niisato, T (2021). “Dr. Shun-Ichi UENO and the Journal Elytra”. Elytra, new series11 (Supplement): 15-30. CRID1521980706172145920. ISSN21856885.
^Ueno, S.-I. & Ran Jingcheng (2004). “A New Guizhaphaenops (Coleoptera, Trechinae) from Western Guizhou, South China”. Elytra32: 15-21. ISSN03875733. NAID10013358135.
^Ueno, S.-I. (2011). “New Blind Trechine Beetles Belonging to the Kurasawatrechus-Complex (Coleoptera, Trechinae) from Northeast Japan : II. Species from the Owu Mountains”. Elytra, new series1 (1): 15-20. ISSN21856885. NAID10030300535.
^ abcdShimada, T; T. Kishimoto (2021). “Checklist of Writings by Shun-Ichi UÉNO (1995-2014)”. Elytra, new series11 (Supplement): 3-14. CRID1521980706172097536. ISSN21856885.
^Sone, S; Ueno, S.-I. (2014). “A new record of Stygiotrechus kubotai (Coleoptera, Trechinae)”. Journal of the Speleological Society of Japan39: 81-82. ISSN0386233X.