ホウ酸 (ホウさん、硼酸 、Boric acid)もしくはオルトホウ酸 は化学式 H3 BO3 またはB(OH)3 で表わされるホウ素 のオキソ酸 である。温泉などに多く含まれ、殺菌剤 、殺虫剤 、医薬品 (眼科 領域)、難燃剤 、原子力発電 におけるウラン の核分裂反応 の制御、そして他の化合物の合成に使われる。常温常圧では無色の結晶または白色粉末で、水溶液 では弱い酸性 を示す。ホウ酸の鉱物 は硼酸石 (サッソライト)と呼ばれる。メタホウ酸 や四ホウ酸 などホウ素のオキソ酸を総称してホウ酸と呼ばれることもある[1] 。
合成
ホウ酸は主にホウ酸塩鉱物に硫酸 を反応させて作られる。世界最大のホウ酸塩の産出地はトルコ のEti Mine Worksである[2] 。
Na
2
B
4
O
7
∙ ∙ -->
10
H
2
O
+
H
2
SO
4
⟶ ⟶ -->
4
H
3
BO
3
+
Na
2
SO
4
+
5
H
2
O
{\displaystyle {\ce {{Na2B4O7}\bullet {10H2O}+{H2SO4}->{4H3BO3}+{Na2SO4}+5H2O}}}
酸性酸化物である三酸化二ホウ素 (B2 O3 )を水に溶解しても生成する。
B
2
O
3
+
3
H
2
O
⟶ ⟶ -->
2
H
3
BO
3
{\displaystyle {\ce {{B2O3}+ {3H2O}-> 2H3BO3}}}
これらの方法で得られたホウ酸溶液から、ホウ酸の溶解度が温度によって大きく異なることを利用した再結晶 法を利用してホウ酸の結晶が分離される[3] 。
化学的性質
無色の結晶であり、水に対する溶解は吸熱的である[4] 。そのため、10℃の冷水に対する溶解度は3.65 g/100 mLでしかないが、100℃の熱湯に対する溶解度は37.9 g/100 mLと、温度上昇に伴い溶解度が大幅に上昇する[1] 。
H
3
BO
3
(
s
)
↽ ↽ -->
− − -->
− − -->
⇀ ⇀ -->
H
3
BO
3
(
aq
)
{\displaystyle {\ce {H3BO3(s) <=> H3BO3(aq)}}}
,
Δ Δ -->
H
∘ ∘ -->
=
22.01
kJ mol
− − -->
1
{\displaystyle \Delta H^{\circ }=22.01{\mbox{kJ mol}}^{-1}}
加熱により順次水を失い、まず130℃付近からメタホウ酸(HBO2 )を生成し、更なる加熱により酸化ホウ素 となる。メタホウ酸は単純なHBO2 分子ではなく、BO4 四面体を酸素原子が架橋したポリ酸 である[5] 。過去にはメタホウ酸から酸化ホウ素に変化する過程の中間生成物として四ホウ酸(H2 B4 O7 )が生成すると考えられていたが、これは誤りであることが判明している。四ホウ酸は遊離酸としてはホウ酸溶液中にわずかに存在するのみであり、多くは四ホウ酸ナトリウム などの塩の形で存在する[6] 。
H
3
BO
3
→
Δ Δ -->
HBO
2
+
H
2
O
{\displaystyle {\ce {H3BO3 ->[\Delta] HBO2\ + H2O}}}
2
HBO
2
→
Δ Δ -->
B
2
O
3
+
H
2
O
{\displaystyle {\ce {2HBO2 ->[\Delta] B2O3\ + H2O}}}
化学式からは 3 価の酸と予想されるが、水溶液中ではそのような酸解離は認められず、ルイス酸 として働き、水酸化物イオン を受け取り、4配位 となる化学平衡 が存在する[5] 。
H
3
BO
3
(
aq
)
+
H
2
O
(
l
)
⟶ ⟶ -->
H
+
(
aq
)
+
B
(
OH
)
4
− − -->
(
aq
)
{\displaystyle {\ce {H3BO3(aq)\ +H2O(l)->\ H^{+}(aq)\ +B(OH)4^{-}(aq)}}}
, pK a
=
9.24
{\displaystyle =9.24\,}
酸解離に関する標準エンタルピー 変化、ギブス自由エネルギー 変化、エントロピー 変化の値が報告されており[4] 、解離に伴いエントロピーの減少が起こるのは、電荷の増加に伴い、イオンの水和 の程度が増加し、電縮が起こり、水 分子の水素結合 による秩序化の度合いが増加するからである[7] 。
Δ Δ -->
H
∘ ∘ -->
{\displaystyle \Delta H^{\circ }}
Δ Δ -->
G
∘ ∘ -->
{\displaystyle \Delta G^{\circ }}
Δ Δ -->
S
∘ ∘ -->
{\displaystyle \Delta S^{\circ }}
Δ Δ -->
C
p
∘ ∘ -->
{\displaystyle \Delta C_{p}^{\circ }}
14.12 kJ mol−1
52.71 kJ mol−1
−129.7 J mol−1 K−1
−192 J mol−1 K−1
水酸化ナトリウム 水溶液による中和滴定曲線
酸解離定数 が小さいため、中和滴定曲線 において当量点は不明瞭となり、塩基による中和滴定 は困難であるが、エチレングリコール などを加えるとエステル を形成し酸解離定数が大きくなり、中和滴定が可能となる[5] 。
H
3
BO
3
+
2
(
CH
2
OH
)
2
⇄ ⇄ -->
H
+
+
BO
4
(
CH
2
CH
2
)
2
− − -->
+
3
H
2
O
{\displaystyle {\ce {{H3BO3}+2(CH2OH)2\ \rightleftarrows \ {H^{+}}+{BO4(CH2CH2)2^{-}}+3H2O}}}
また、ホウ酸を純硫酸に溶解すると硫酸水素イオン と錯体 を形成し、硫酸中で強酸として働く数少ない物質となる[5] 。
H
3
BO
3
+
6
H
2
SO
4
⟶ ⟶ -->
3
H
3
O
+
+
B
(
HSO
4
)
4
− − -->
+
2
HSO
4
− − -->
{\displaystyle {\ce {{H3BO3}+6H2SO4->{3H3O^{+}}+{B(HSO4)4^{-}}+2HSO4^{-}}}}
毒性
ホウ酸は水酸基を2個以上もつある種の有機化合物と強固なキレート 結合を形成する。生体内でおこる食物をエネルギーに変える代謝 反応では、糖 、アミノ酸 、リン酸 などを要素とする多数の補酵素 (コエンザイム )が働くが、ホウ酸が糖に由来する水塩基と結合することで補酵素の機能を失わせ、代謝を停止させる働きがある。腎臓 を持つ哺乳動物は、ホウ酸を摂取しても細胞に届く前に腎臓で濾過され、体外に排出されるためホウ酸の毒性は微弱であるものの、昆虫やダニ、菌類、バクテリアなどに対しては厳しく作用する。[8]
ホウ酸は水溶性 のため扱いやすい反面溶脱しやすいが、揮発や分解されないためシックハウス症候群 の原因にならず、効果も長続きする[9] 。この特性のため、直接殺虫剤を摂取した生物だけでなくその死骸や排泄物を摂取した生物も駆除できる。また、ホウ酸を付加した物体から他の物体へ浸みこむことで、付加した物体に落ちたものを摂取した生物や、産み付けられた卵に対しても効果を発揮する[10] [11] 。
半数致死量 (LD50 )は 5 g/kg 程度で、体重60 kg では約300 g で半数致死量となる[12] 。継続してホウ酸を摂取すると下痢など消化器系の不良が生じる可能性がある[13] 。
その濃度毒性を利用し、通常殺虫剤として利用される[14] ほか、欧米では建築用木材で、シロアリや菌類への防虫防腐剤として塗布されている事が多い。近年では日本でも毒性の低さと長期有効性から優良住宅認可/認定され始め注目を浴びている。
植物では濃度にもよるが、1年草全般で有害であり、樹木によってはギンモクセイ やゴールドクレスト などはホウ酸に弱い。逆に少量では必須栄養素となり肥料として市販もある。土壌から抜けにくいため施肥濃度には注意を要する。作物から人体への影響はほとんどない。
用途
水酸化カリウム 水溶液の中和剤としても用いられる。工業用メーカーは、アメリカ合衆国 ・トルコ ・ロシア ・チリ ・ペルー ・アルゼンチン 。日本 は全量を輸入に依存。用途はホウ酸塩ガラス 、ガラス繊維 、ホウ素系合金鉄、目に入った場合の中和(後述)。
ホウ素 の高い中性子 捕獲能力を利用して、原子炉 の核分裂で生成する熱中性子 への毒物質 [注 1] として利用される。この場合は容易に水溶するホウ酸として利用することが多く、ホウ酸水の場合は冷却材 も兼ねる。なお、放射性核種の原子核崩壊 は熱中性子がなくても自発的に起こるものであるため、吸収剤としてのホウ素は役に立たない。従って、崩壊熱 で原子炉が高温となる状態は、別の手段で冷却を行う必要がある。
小学校5年の理科の実験(物の溶け方)で溶解度 の実験を行なう際、食塩(塩化ナトリウム )と並ぶ代表的な試薬 。ホウ酸のほうが溶解度が低いため、水に良く溶ける塩化ナトリウムと溶解度を比較したり、水温を上げた場合に両薬品の溶け方がどう変化するかなどの実験で用いられる。
ゴキブリ 駆除の食毒剤として、ホウ酸団子 (10 % - 50 %) が使用される場合がある。完成された市販品があるほか、タマネギ ・米ぬか ・ジャガイモ をペースト状にして、ホウ酸を混入させることで自作することも可能だが、ペット が誤飲すると、脱水で死に至る場合がある。市販の「ゴキブリキャップ」などは、ホウ酸と餌の混合物を収容ケース内に収めたもので、ゴキブリは収容ケースに開けられた小さな穴を通過し内部の毒餌を食べることができる。ホウ酸濃度が高いと(30%以上)二次駆除も可能となる。
シロアリ 防除薬剤としてホウ酸が用いられる場合も増えてきている。各シロアリの毒性閾値はイエシロアリで3.0、ヤマトシロアリで<3.0、アメリカカンザイシロアリで1.0(kg/㎥BAE)。
アリ 駆除にホウ酸液が使用される場合がある。ホウ酸1: 砂糖1: 水適量 (約10)※溶媒のH2 Oはお湯でなければ溶けない。市販の「アリメツ」もそれに類似した製剤である。また、ホウ酸と糖蜜などとの混合物を収容ケース内に収めた製剤も用いられる。
かつては農薬 (殺虫剤)としても用いられていた。(現在は登録失効)
眼科 領域においては、結膜嚢の洗浄と消毒に、また目薬 の保存料としても用いられる。特に、塩基性の薬品が目に入った際の中和剤として用いられる。
ホウ酸は単独では溶解度が低いが、特殊生成すると水への溶解度が大きく増加する。この濃い水溶液はセルロース用の難燃剤 (SOUFA: ソウファ)として用いられ、処理した木材は不燃木材として市販されている[15] 。その他樹脂への応用が研究されている。
販売されなかった新聞を繊維状に加工し、ホウ酸を塗したものが、セルロースファイバー として住宅用断熱材 として利用される。日本では数パーセントの住宅に使用されているに過ぎないが、アメリカでは住宅用断熱材として40 % 前後のシェアを占めている。駆虫性・透湿性・耐水性・防火性・防音性を兼ね備えているが、施工に専用の機材を必要とするなどの欠点もある[16] 。
結晶構造
ホウ酸の結晶は水素結合 による層状構造からなる。層間の距離は318pm である。
脚注
注釈
^ 減速材 は中性子のもつエネルギーを低くするためのもので核反応を促進する役割があり、冷却材 は発生する熱を吸収する役割のものであり、この場合はいずれとも役割が異なる。
出典
参考文献
関連項目
外部リンク