この項目では、サウジアラビアの都市について説明しています。ネパールの都市については「ダーラン (ネパール) 」をご覧ください。
ダーラン [1] (アラビア語 : الظهران aẓ-Ẓahrān , 英語 : Dhahran)は、サウジアラビア の東部州 に位置する、同国における石油産業 の中枢を担う都市 である。
1931年 に最初にダーランで油田 が発見され、1935年 にはスタンダード石油 (現在のシェブロン・テキサコ )が油井 を掘った。スタンダード石油は、後にサウジアラビアに the Arabian American Oil Company (ARAMCO; アラムコ)を設立し、現在はサウジアラビア政府が保有するサウジ・アラムコ になっている。
地理
地質
気候
ダーランの気候で特徴となっているのは、夏 の酷暑と冬 の厳寒である。夏には気温 が50℃まで上昇することがあり、暑さに加え、ペルシア湾 の近くでは極めて高い湿度 (85~100%)を記録する。また、ダーランは露点温度 の世界最高記録を保持している。すなわち、2003年 6月8日 に記録した露点温度である[2] [3] 。
冬には、気温が2℃ないし3℃まで下がる。ダーランにおける降水量 の大半は、冬季の11月 から5月 にかけてのものである。
歴史
ダーランへの入植は、1938年 、ちょうど付近で石油の発見された年から始まった。[4]
1950年 には人口およそ7000人。[5]
経済
ダーランでは、サウジアラムコ が本社を構えている。同社は世界最大の規模を誇る石油会社であり[6] 、世界で最も多くの石油、すなわち日産1000万バレル の石油を供給している。その大半は輸出に充てられており、サウジ国内の消費に回されているのは全体の12%に止まっている。(詳しくはサウジアラムコ を参照。)
65年を経てなお、ダーランはサウジアラムコの世界戦略の本拠地であり、同社の金融 部門・地質調査 部門・工学 部門・ボーリング 部門・医療 サービス部門・原材料 供給部門などといった組織を擁している。
人口動勢
ダーランは、人口に数多くの外国人労働者 を抱えている。外国人労働者は、バングラデシュ ・インド ・インドネシア ・パキスタン ・フィリピン などのアジア 諸国、あるいはアメリカ合衆国 ・カナダ ・ヨーロッパ ・南アフリカ共和国 ・オーストラリア ・ニュージーランド 出身の西洋人など、実に多彩な国籍の者から構成されている。また、レバノン人 ・エジプト人 ・パレスチナ人 ・シリア人 ・ヨルダン人 などといった、サウジアラビア以外のアラブ人 もダーランにたくさん住んでいる。2004年 の国勢調査 によると、ダーランの人口は9万7446人。
交通
ダーランのメインゲートへ向かう道(ホバル・ウェイから撮影)
当地は、サウジアラビアにおける石油産業の中枢であるということから、国内交通と国際交通とを問わず、交通手段が極めて豊富である。
ダーランは、同国でも最高級の高速道路 インフラ を抱えている。ダーランの高速道路は1970年代 から1980年代 にかけて近代化され、現在に至るまで国防の要衝として重要な役目を担っている。
1946年 に建設されたダーラン飛行場 は、かつてサウジアラビアの三大国際空港の一つだったダーラン国際空港 (Dhahran International Airport 、空港コード : DHA)を経て、現在ではサウジアラビア空軍 の基地となっている。
今日ではダーラン国際空港に代わって、近郊のダンマーム にあるキング・ファハド国際空港 (King Fahd International Airport、空港コード: DMM)が、ダーラン・ダンマーム ・アル=ホバル (Khobar )を含む大都市圏における航空貨物の商業輸送を提供している。サウジ・アラムコの航空事業部は、キング・ファハド空港に自社ビルと自社ターミナルを所有している。
サウジアラビアの鉄道網は、高速道路や航空路に比べると極めて乏しい役割しか果たしていないがダーランへと繋がる産業用線路は今なお存在しており、線路は首都リヤド へと続いている。
教育
ダーランの学校には、大きく分けて公立校 と私立校 がある。
参照
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
ダーラン に関連するメディアがあります。