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この項目では、1950年生まれのバスケットボール選手について説明しています。血縁関係のない2000年生まれのバスケットボール選手については「ケビン・ポーター・ジュニア」をご覧ください。 |
ケヴィン・ポーター (Kevin Porter, 1950年4月17日 - ) はアメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身の元バスケットボール選手。聖フランシス大学出身。ポジションはポイントガード。身長183cm、体重77kg。NBAで4度のアシスト王に輝いた経歴を持つ。
聖フランシス大学卒業後、1972年のNBAドラフトで3巡目全体39位指名でボルティモア・ブレッツに入団。以後、ボルティモア、キャピタル(本拠地はメリーランド州ランドオーバー)、ワシントンと名前を変えていったブレッツで3シーズン過ごした。優秀なパサーだったポーターは1974-75シーズンに平均11.0得点8.0アシストを記録し、最初のアシスト王に輝き、またこのシーズンNBAファイナル進出も経験するが、ゴールデンステート・ウォリアーズの前に敗れている。その後デトロイト・ピストンズ、ニュージャージー・ネッツ、再びピストンズと移籍を繰り返した後、1979-80シーズンに再びブレッツに戻った。キャリアハイはピストンズ時代の1978-79シーズンに記録した15.4得点13.4アシスト(通算1,099アシスト)で、3度目のアシスト王に輝いた。なお当時平均13.4アシストは過去最も高い数字であり、シーズン通算1,000アシストを突破したNBA史上初の選手となった。さらにネッツ時代の1977-78シーズン2月24日のヒューストン・ロケッツ戦では29アシストを記録し、当時のNBA新記録を作った(後にスコット・スカイルズに更新される)。一方でターンオーバーの多い選手でもあり、また1973-74シーズンはリーグで最もファウルをコールされた選手となった。1983年にNBAから引退。
- NBA通算成績
- 659試合出場
- 7,645得点(平均15.1得点)
- 5,314アシスト(平均8.1アシスト)
- 主な業績
- アシスト王 (1975, 1978, 1979, 1981)
- 1試合29アシストは歴代2位
- 史上3人しかいないシーズン通算1,000アシストを突破した選手(他はジョン・ストックトン、アイザイア・トーマス)
NBAを離れてからはフィリピンリーグのトヨタ・カローラズで1年間プレイし、その後シカゴのイェンセン・アカデミー・小学校のバスケコーチを務めた。
外部リンク
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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歴代ベスト10 |
- ①ジョン・ストックトン:15,806
- ②ジェイソン・キッド:12,091
- ③クリス・ポール:11,501
- ④レブロン・ジェームズ:10,420
- ⑤スティーブ・ナッシュ:10,335
- ⑥マーク・ジャクソン:10,334
- ⑦マジック・ジョンソン:10,141
- ⑧オスカー・ロバートソン:9,887
- ⑨ラッセル・ウェストブルック:9,162
- ⑩アイザイア・トーマス:9,061
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プレーオフ 歴代ベスト10 |
- ①マジック・ジョンソン:2,346
- ②レブロン・ジェームズ:2,023
- ③ジョン・ストックトン:1,839
- ④ジェイソン・キッド:1,263
- ⑤クリス・ポール:1,233
- ⑥トニー・パーカー:1,143
- ⑦ラジョン・ロンド:1,136
- ⑧ラリー・バード:1,062
- ⑨スティーブ・ナッシュ:1,061
- ⑩スコッティ・ピッペン:1,048
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