フーリガン(英語: hooligan)とは、サッカーの試合会場の内外で暴力的な言動をする暴徒化した集団のことを指す。
語源
語源には、明確ではないがいくつかの説がある[1][2]。
- 「流行歌引用」説
- 19世紀のイギリスで流行していた歌の中で揶揄される、アイルランド系住民の名がフーリガンであった[4][6]。
- 「集団名称」説
- 19世紀後半にフーリガンボーイズと称するギャング集団が、イギリスで新聞記事となって広まった[4][6]。
いずれかが語源となり、「乱暴者」を意味する一般的な英語として定着した[1]。本来の意味の「フーリガン」とは公共物を破損させたり、悪戯をする者のことを指す[7]が、いつしかサッカースタジアム内外での暴力行為と破壊活動を行う者の総称として「フーリガン」と呼ばれるようになったという[7]。また、「フーリガン」という用語が国際的に認知される以前は、英語で「乱暴者」を意味する「ロウディーズ」(Rouwdies)[8]、「悪漢」を意味する「ルフィアン」(Ruffian)[8]などが使用されることもあった。
特徴
フーリガンの目的とは、労働者階級の者たちが鬱屈した生活のウサ晴らしとして[9][10]、大声を立て暴力を行使するのだとされる[9][10]。その際、試合結果に興奮した者が感情を爆発させ偶発的に暴動を発生させるのではなく[11]、暴力行為を目的とする者が試合内容に関係なく意図的に暴動を引き起こすのだという[11][12]。特徴としては以下の物が挙げられる。
- アルコールを飲用し酩酊状態にある[13]
- 10代から20代の男性により構成される[14]
- いくつかの小集団が示し合わせたかのように集団行動を採り暴徒化する[14]
- 試合日時の如何、試合内容の如何を問わない[15][16]
- スタジアム、近隣都市、交通機関など場所を問わない[15]
- 石、煉瓦、ガラス瓶、木材、ナイフなどを武器として携帯し乱闘や破壊活動を行う[17]
- 外国人排斥を掲げ、宗教差別的態度を採り[18][19]仲間同士で団結する[19]。
またはその国や地域などが持つ民族対立[20]、宗教対立[20]、経済格差[20]などの社会問題や政府に対する不満[20]、国民戦線[21]やネオナチ[22]などの極右勢力との結びつき、一部の者が起こす反社会的行為に対する集団心理的同調などが挙げられ、具体的にフーリガンには大きく3つの種類に分類される。
- 試合の観戦ではなく、暴れることそのものが目的となっている者[23][24]。
- 自ら暴動に加わらず、騒ぎを起こすことだけを目的とする扇動者[25][26]。
- 自ら騒ぎを引き起こすことはないが、他人が騒ぎ始めればその場の空気で加わる者[11][24][27]。
特に1と2のタイプは、警察当局から厳重に監視されており、要注意人物についての情報交換は、国際大会の参加チームなどの状況に応じて、各国警察の間で随時広く行われている[23]。
罰則
FIFAなどは、試合自体の禁止や延期処置だけでなく、このような行為を行ったサポーターに対し、試合会場内への入場禁止処置、更にはチームに対しても罰金や無観客試合、一定期間の国際大会などへの出場禁止といった罰則を科している。
各国の事例
スポーツ競技場における観客の暴動は古代からの問題であり、59年にローマ帝国のポンペイで行われた剣闘士の試合において暴動が発生し死傷者が出た事件[28]や、532年に東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルでチャリオット(戦車)を使ったレース競技がきっかけとなり勃発したニカの乱などが記録として残されているが、現代社会に通ずる「フーリガニズム」と類似した事例は1899年にスコットランドで発生している[29]。
- イングランド
- イングランドのサポーターによる暴動は1960年代頃から頻発するようになり[3][30][31]、1974年5月29日にオランダのロッテルダムで行われたUEFAカップ決勝第2戦・フェイエノールト対トッテナム・ホットスパー戦[32][33]や、1975年5月28日にフランスのパリで行われたUEFAチャンピオンズカップ決勝・バイエルン・ミュンヘン対リーズ・ユナイテッド戦[32][33]、1980年6月12日にイタリアのローマで行われたUEFA欧州選手権1980グループリーグ、イングランド対ベルギー戦[32]などで暴動を引き起こした[3]。
- 1985年5月29日にベルギーのブリュッセルで行われたUEFAチャンピオンズカップ 1984-85決勝において39人が死亡した事件(ヘイゼルの悲劇)を契機に抜本的なフーリガン対策が行われるようになり、監視法の制定や関係機関による取り組みが行われた結果、1996年前後にはスタジアム内でのフーリガンによるトラブルは過去の出来事と考えられるようになった[34]。
- その一方で、同年にイングランドで開催されたUEFA欧州選手権1996準決勝のイングランド対ドイツ戦[35]、1998年にフランスで開催された1998 FIFAワールドカップ1回戦のイングランド対アルゼンチン戦[36]、2000年4月に行われたUEFAカップ準決勝第1戦のガラタサライ対リーズ・ユナイテッド戦[37]、同年5月17日に行われた同大会決勝・ガラタサライ対アーセナル戦[37]、同年にオランダとベルギーで共同開催されたUEFA欧州選手権2000ではグループリーグ第2戦のイングランド対ドイツ戦[38]など、スタジアム外でのトラブルは発生し続けている[39]。
- 暴動に関与する者達は「ブッシュワッカーズ」(ミルウォールFC)[40]、「レッド・アーミー」(マンチェスター・ユナイテッド)[31]、「ヘッドハンターズ」(チェルシーFC)[40]などといった集団を名乗り、テディ・ボーイ[41]やモッズやスキンヘッズ[42]といったその時代ごとの若者文化と結びついた服装を身につけていたが、1980年代頃から警察当局による取締りが厳しくなると、その監視を逃れるために、デザイナーブランドのシャツや靴といった一般の観客層と変わらない服装を身に付ける[31]カジュアルと呼ばれる形態を採っている[43]。
- オランダ
- オランダでは1970年代にイングランドから「フーリガニズム」が伝播し、1974年5月29日にロッテルダムで行われたUEFAカップ決勝第2戦・フェイエノールト対トッテナム・ホットスパー戦が、国内でフーリガニズムが確認された初の事例とされている[44]。その後、国内では多くのクラブで暴力的な集団が登場し[45]、ある調査によると1970年代に国内で行われた3060試合のうち、6.6%にあたる201試合で何らかのトラブルが発生した[45]。トラブル件数の17%はフェイエノールト、15%はFCユトレヒトの集団によって引き起こされたことから、両者は最も危険な存在として知られた[45]。
- 1985年に隣国のベルギーで発生したいわゆる「ヘイゼルの悲劇」以降、1987年10月に行われたUEFA欧州選手権1988予選のオランダ対キプロス戦での爆発物事件などトラブルが頻発した[46]。これらの問題に対処する為に「サッカーにおけるバンダリズムに関する全国協議会」(LOV)や、「サッカーにおけるバンダリズムに関する中央情報機関」(CIV) による研究と対策が採られ[46]、LOVやCIVと連携した警察当局による取締りの強化が行われている[46]。
- アメリカ合衆国
- 米国ではアメリカンフットボールやバスケットボールの試合会場で時折発生する事がある[47]。特にNCAAのカレッジフットボールなどでその様な状況に陥りやすく、審判・監督・選手・他の観客への暴力行為、民家・店舗への放火や略奪行為、用具の破壊などを行っている。ただ、こういった一連の行為に対しては主催者側なども警備員の増員や監視カメラによる監視、用具の改良をするなどして対処している。
- 2003年11月23日 - 25日、ハワイ大学対シンシナティ大学、ワシントン大学対ワシントン州立大学、クレムソン大学対サウスカロライナ大学、ノースカロライナ大学チャペルヒル校対フロリダ州立大学、カリフォルニア大学バークレー校対スタンフォード大学の各試合会場でゴールポストを破壊するなどした暴動が発生。また、オハイオ州立大学対ミシガン大学では試合後に勝利を祝う学生達が深夜に路上にあふれて暴徒化、駐車中の自動車20台を破壊した[48]。
- メジャーリーグベースボールでもロサンゼルス・ドジャースがワールドシリーズを制覇した2024年10月30日夜に一部の暴徒化したファンが地元のロサンゼルスにおいて、自動車への放火や商品の略奪を行っている様子などを撮影した動画がSNS上に相次いで投稿され、地元警察(ロサンゼルス市警察)が警戒する事態となった[49]。
- なお、米国ではこの様な状況を単に“暴徒化”や“暴動”と呼んでおり、“フーリガン”などといったように明確な定義はしていない。
- 日本
- 日本国内では「フーリガン」という言葉は、前述のような暴力と破壊活動を目的とした不良集団としてではなく、単に「試合に熱狂するあまりに騒動を起こすスポーツファン」として扱われることがある[50][51][52][53][54]。こうした観客によって起こされる一連の騒動は日本国内でも古くから発生しており、東京六大学野球で発生したリンゴ事件、プロ野球で発生した1950年代の平和台事件や1970年代の遺恨試合騒動などが記録として残されているが、「フーリガン」「フーリガニズム」として関連付けられるものかは定かではない。因みに阪神タイガースファンは過去にフーリガン化して道頓堀近隣の飲食店前にある像を道頓堀川に投げ込む騒動を起こした。[55]
- Jリーグでは1993年の創設以降、試合内容に興奮したサポーター同士による衝突や小競り合いなどの事例は毎年数件程度発生している。衝突事件としては2005年4月23日に日立柏サッカー場で行われた柏レイソル対名古屋グランパスエイト戦[56][57]、2008年5月17日に埼玉スタジアム2002で行われた浦和レッドダイヤモンズ対ガンバ大阪戦(当該項参照。この事件でサポーター2名がガンバ戦のスタジアム来場永久禁止となった)[58]、人種差別事件としては2010年5月15日に宮城スタジアムで行われたベガルタ仙台対浦和戦[59][60]、2011年5月28日に行われた清水エスパルス対ジュビロ磐田戦[61]などが挙げられるが、2008年9月20日に日立柏サッカー場で行われた柏対鹿島アントラーズ戦での鹿島サポーターによる試合妨害などの問題行動について一部メディアにより「ヨーロッパのフーリガンを想起させる深刻な事態」と報じられた[62]。
- 2008年8月10日には当時の横浜F・マリノスサポーター団体JUST GEDO代表の清義明が翌日開催の横浜FCとのダービーマッチのための席取りに訪れていた横浜FCサポーターを暴行、日本国内でのF・マリノスの試合の永久追放処分を受けている[63]がベトナムでのACLには国外のため処分が適用されないことを悪用し、ベトナムで応援活動を行っていたことを暴露している[64][65]。
- 2014年3月8日に埼玉スタジアム2002で行われた浦和対サガン鳥栖戦において浦和サポーターにより人種差別的横断幕が掲出された問題に対して国内外で様々な反応が起こった[66]。この問題に関してJリーグは浦和への譴責処分と併せ、3月23日に行われる第4節の清水エスパルス戦を無観客試合として開催することを発表した[67](詳細参照)。
- 2023年8月3日、名古屋市港サッカー場で開催された天皇杯4回戦名古屋グランパス戦後に名古屋サポーターに挑発を受けたとし、芝生スタンドからピッチを経由し名古屋サポータースタンドへ乱入。
- その様子はメインスタンド側の観客からもYouTubeに多数投稿[68]され、名古屋の横断幕の毀損、略奪、さらにパニック状態と化したバックスタンド側観客が逃げ惑う中、最終的に名古屋ゴール裏まで到達。その間に警備員への暴行も多数行い最終的には70人以上の入場禁止者を出し、数名はJFA初の全カテゴリーでの観戦禁止処分と、浦和に対しての2024年大会の天皇杯出場禁止処分が下された[69][70]。
- 他にも2023年は仙台サポーター団体によるジュビロ磐田選手バス取り囲み事件[71][72]などが起きている他、前述の名古屋戦後に行われたリーグ戦での浦和対名古屋では2年連続で試合前に名古屋サポーターへの殺害予告[73]をXで行う、選手への誹謗中傷など、ネット上でのフーリガン行為が深刻化している。
- また、2002 FIFAワールドカップの際には国外からのフーリガンの大量流入が懸念されていたが[74][75]、フーリガンの入国阻止を目的として2001年11月13日に出入国管理及び難民認定法が、フーリガン条項(第5条第1項第5号の2、24条4号の3)の規定を加えて改正され[74][75]、2002年3月1日より施行された[74][75]。入国管理局と警視庁の連携により、同年5月26日から決勝戦終了までに、65名に及ぶフーリガンの上陸拒否を実施した[74]。
- その他、渋谷駅周辺の若者がサッカー、ハロウィンなどに関連して度々暴徒化して問題となり、渋谷区の条例整備にまで至った。
脚注
関連項目
参考文献