金浦村(かなうらむら)は、かつて石川県河北郡に存在した村。
南北朝時代に「金浦村」、江戸時代に「金浦郷」がこの地に存在し、当村名もこれに由来した。
地理
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、鈴見村、若松村、下田上村、上田上村、角間村、戸室中山村、俵等(たわら)村、新保村、戸室別所村、小豆沢(あずきざわ)村、湯谷原(ゆやがはら)村、折谷村、小菱池(こびしけ)村、大菱池(おびしけ)村、小原村及び魚帰(うおがえり)村の区域をもって、金浦村が発足する[1]。
- 1907年(明治40年)8月10日 - 湯ノ谷村、金浦村及び医王山村が合併して、浅川村が発足する。
行政
村長
代数
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氏名[2]
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就任年月日[2]
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退任年月日[2]
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備考
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1
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宮崎忠章
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不明
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不明
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2
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上田善太郎
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不明
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不明
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3
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本多伊左衛門
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不明
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不明
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4
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北尾榮太郎
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不明
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不明
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5
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鈴永雅臣
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不明
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不明
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6
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堀知勝
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1902年(明治35年)7月25日
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1907年(明治40年)8月9日
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地域
教育
小学校
脚注
関連項目